聖女リストラ(2)
「ァ、ガガガガガガガ……ガガガガガ……ァ」
二つの剣が、クルクルと縦に回転する魔道具があった。
それが金属音の正体だった。
そして視界いっぱいには黒ずんだ血、思わず吐き出しそうになる。
そして、装置に磔にされた人がいた。
絶え間なく回転する刃によって、その人は頭からまっすぐ下へ、一刀両断され続けていたのである。
「ァ、ガガガガガガガ……ガガガガガ……ァ」
しかし、声が聞こえてくる。
何度も何度も体を真っ二つにされて、
とっくに死んでいるハズなのに。
いや、待てよ……
何度も身体を斬られる?
そんな事があるのか?
まさか、斬られた瞬間に再生している?
私はゾッとして、呼吸ができなくなった。
この装置には関わらない方が良い。
私は剣の回転装置から、距離を置きながら、天守閣のベランダへ通り抜けようとした。
「……ガガガガ、ァ、ァァァ、タ、ス、ケ、テ……タノヴ……タ、ス、ゲ、デ……」
助けて?
私は、明確な言語を耳にして、思わず振り返った。
剣で斬られ続ける人間は、血飛沫をあげながら、確かに私の方を凝視していた。
「あなたは、ひょっとすると魔王、なんですか?」
私は恐る恐る尋ねた。
これほどの回復能力をもつなど、人間ではない。
強い魔族。
おそらく少なくとも、魔王軍幹部クラス。
私は胸が高鳴るのを感じた。
魔族……
現在は全て狩り尽くされて、モンスター鑑賞園にしか残っていないと思ってたけど。
ここに残っていたのだ。
私の憧れた聖女の冒険は、
勇者パーティの物語は、
ハラハラドキドキの血戦は、
ここから始まるのかもしれない。
コイツを解放してやろうかな。
戦って殺されるのも悪くない。
「チ、ガヴ…………オ、レハ……ユウ、シャ、ダ……」
「え、勇者?」
「オレハ、ユウシャ、アレクだ」
勇者、アレクだと?
私は自分の腑が煮えくり返るのを感じた。
身体中から怒りが沸々と湧いてくる。
生きていたのか、勇者。
「お前が! お前が魔王を倒してたせいでっ! 私の聖女として冒険者になる夢が叶わなくなったんだっ!!」
「タス……ケテ……タス……」
「聞けよ人の話をぉぉっ!!」
コイツが勇者アレクならば、私の人生を滅茶苦茶にした張本人ならば、
死ぬ前に一言二言文句を言わせて欲しいものだけど。
このままじゃ拉致が空かない。
「…………」
回転する殺戮装置は、至ってシンプルな構造だった。
まるで100年前の魔道具だ。これなら小学生止まりの私の知識でも、簡単に停止させることができる。
「……………」
装置に手をかざし、脳内で念じる。
たちまち機械は無力化され。回転式の刃はゆっくりと失速していった。
「あなたは、女神か……それとも天使か……」
装置のなかから、彼の声がした。
「これは、夢なのか? こんなことがあっていいのか?
ひょっとするとオレは、天国へ来てしまったのか?」
「いいえお爺ちゃん、ここは現実ですよ」
「現実……そうか。
あなたには、なんとお礼を言ったらよいか……?」
素っ裸でフルチン、ボロボロの勇者アレクは、ゆっくりと顔をあげて私を見た。
え?
私は声を失ってしまった。
彼の顔。
80年前に魔王を倒したという、勇者アレクの顔立ちは!
「イ・ケ・メ・ン……!!」
まごうことなきハンサムだった。
年は20代くらいに見える。
目の合った瞬間、どきりと背筋に電撃が走るようだった。
(イヤイヤ、惑わされるなアリスっ!)
私はぶんぶんと左右にかぶりを振った。
(こいつは勇者アレクなんだ。コイツのせいで私の人生は滅茶苦茶になったんだ。許しちゃダメだ。
例えイケメンだとしても、いけないんだっ!)
「なぁ、麗しき天使様……
どうか、オレの頼みを聞いて欲しいんだが……」
「はいっ! 天使アリスですっ! いったいなんのご用でしょうかっ?」
私はひっくり返った裏声で、しどろもどろになりながら返事した。
顔が真っ赤で熱くなっていた。
なんだこれは?
なんだこれはなんだこれはっ?
まさか、恋?
私がこの男に、一目惚れしてしまったとでもいうのだろうか!?
「おっぱいをしゃぶらせてください」
「は………?」
脈絡も品性もない彼の言葉に。
私の中に生まれた"熱"は、夢幻のように儚く霧散し、キンキンに冷えてしまったのだった。
(続く)
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