20 「まあ、良いか」というしかありません②

 聞き慣れた声に顔を上げれば、思わず声が裏返る。


「お、お父様」


 父アウレリオとはあまり親密な仲ではない。気まずい気分で向かい合う。何か言いたげな父。視線を泳がせる娘。


 やがてアウレリオは少し視線を逸らせて頬を掻き、軽く咳払いをしてから言った。


「竜が退治されて天へと昇るのを見たぞ。良くやった、マルツィア」

「お父様……」

「さすがはヴィスアニ家の魔術師だ。そして使い魔。ご苦労だった。が、それは別として、人間の男姿で娘に近づくな」


 え、そこ? と感動が凍りつく。


「ふむ、そなた、人型よりも優美かつ屈強な黒竜こくりゅう姿が好きか。ならば」

「い、いやーっ! だめだめだめ! お父様、蛇見たいんですか。物好きですか!」

「しかし蛇ではなく竜なのだろう。東方では神聖な存在と言われ」

「何でも良いです。お願いだから人間の姿でいてくださいっ!」


 生まれて初めて父から労われたという喜びに浸る間もない。


「うむ、そうだな。そなたは昔から、私がそなたと同じ生き物の姿で過ごすのを好んだ。なにせ、竜の姿ではつがえぬからな」

「つが……」

「前世までは結ばれていたのだぞ。思い出したのではなかったか?」

「ううん、そうなんですけど、魂がいなくなっちゃったからかな、やっぱり昔の記憶はぼんやりとしていて」

「な、なんだと? まあ仕方がない。我々はまたここから始めれば良いのだ。さて、今回はどうするか。婚姻の書類を書くのか、それとも」

「ぷしゅー」


 そこで、アウレリオが口を挟む。


「何だかわからないが、ひとまず待て、使い魔。妙なことを申すな。使い魔は人と婚姻など結べないぞ」

「何?」

「使い魔は人に魔力を与える存在だ。伴侶となり得る者ではない」

「ならば私は使い魔ではない!」

「では何者だ。我々に理解できるように申せ」

「我が名は高峰たかみね

「まあ良く聞け」


 アウレリオは、高らかな名乗りを遮り身体をミネに寄せ、その耳元に囁いた。


「魔術師はかつて迫害されていたというその歴史から、排他的な文化を持つのだ。それゆえ」


 さらに一段声が低くなる。


「異国の神のハルーン滞在など決して認めんぞ」

「そなた、もしや全て理解して」

「しかしだな」


 アウレリオの声が再び大きくなった。


「使い魔ならば、奇怪な力を使う者がいても不思議ではない。なにせ使い魔は、もとはと言えば別世界の住民なのだからな」

「……ぐぬぬ……!」


「おおい、マルツィア嬢!」


 奥歯をギリギリいわせるミネとは対照的に、ぺこぽこと可愛らしい足音がしそうなほど身体を弾ませつつ、丸々とした老人魔術師が水路を迂回して駆けて来た。その肩には、真っ白しおしおなフェレットが乗っている。


「あ、長老。ヴィットーリオ・エマヌエーレも元気になったのね、良かった」


 フェレットがククッと鳴き、長老はふおっふぉと笑って顎鬚を撫でた。


「マルツィア嬢、見事だったぞ。使い魔と協力し、ハルーンを襲った魔物を退治したのじゃ。皆、遠ーーーくからその勇姿を見ておった。そなたらは、英雄じゃ!」


 英雄、英雄! マルツィア嬢万歳! 火のヴィスアニ家万歳! 蛇っぽい使い魔万歳!


 英雄を称賛する声が、魔術都市ハルーン中に響き渡る。ちょっと、というかかなり恥ずかしい。


 対してミネは、先ほどまでの悔しそうな顔はどこへやら。まんざらでもない様子である。


「ふふん、これまで何千年も神として崇め奉られてきたが、英雄というのもこう、胸がぞわぞわとして、踊り始めたくなるものだな」

「じゃあしばらく英雄生活を楽しみましょうか。どうやら私、夜の神様になったみたいだし、後世では最強の魔術師なんて言われるようになるかも」

「しかしマルツィア嬢」


 浮足立った気分は、長老の一声で急に萎む。


「そなた、刻印があるのになぜ魔術を扱えたのじゃ」

「え? ……いやだなあ、あれはミネさんの力でして、私は何も」

「臭う。臭うぞ。ふむ、ひとまず事情聴取じゃ。サンティ総督が聴取室で待っておるぞ」

「うわっ、どうしよう」


 マルツィアはミネと顔を見合わせるが、不遜な神には、ちっとも怯えた様子がない。


「何を躊躇っているのだマルツィア。正直に話せば良い。それで我々を追放するのなら、本土とやらで永劫の生を二人楽しく過ごそう」


 マルツィアが真に神と同等の存在になったのならば、老いないかもしれないし、死なないかもしれない。けれどもしかすると神になったというのは勘違いで、今のマルツィアはただの動く死体なのかもしれない。それならばいつか腐……いいや、考えるのはやめよう。


 何はともあれ、前例がないので確かなことはわからない。ミネと二人、手さぐりで把握していくしかない。


 未知のことに不安は消えないし、前途は多難。けれどこれまでだって、もう二千年もそうして困難を乗り越えてきたのだ。


 二人ならば、きっと全てうまくいく。


 マルツィアはふっと頬を緩めて、ミネの手にひっそりと指を絡めた。


「そうですね。何とかなります。まあ良いか、の精神で乗り切りましょう。ミネさん、改めてですけど、今生でも会えて良かった。私を見つけてくれて、ありがとうございました」


 少し驚いたように目を見開いてから、ミネはマルツィアの手を握り返した。



<本編 おわり>

🐍番外編に続く🐍

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