番外編 全てが終わり、始まった場所 ~けっこう昔。僕は生まれたてほやほやの火の神です~
1 にょろにょろ元気な蛇の子でした
僕は蛇。にょろにょろ元気な蛇の子だ。
山をにょろにょろ、田んぼをにょろにょろ。生まれたばかりの僕は、清々しい太陽の光を浴びたり浅い水辺を泳いだりするのが本当に楽しくて、にょろにょろにょろにょろ暮らしていた。ひとりで。
そう、僕はいつもひとりぼっちだったんだ。だけどそんなある日。
「なんだありゃ。変な模様の蛇だぞ」
僕は、見慣れない人間の男の子たちに囲まれていた。
「うわ、本当だ。背中にうんこみたいな柄があるぞ」
「やーい
がーん。僕ってうんこの柄があるの? にょろっと身体を動かして背中を見てみたけれど、あんまり良くわかんないや。
でもさ、今までひとりぼっちだった僕だけれど、変な模様のおかげで人が集まって来てくれたんだ。きっと幸せの印だね、背中のうんこ。
ねえみんな。一緒に遊ぼうよ! 僕は男の子たちの方へと近づいた。すると。
「うわっ、こっちに向かって来る」
「お、怒ったのかよ糞蛇」
「噛まれると危ないぞ!」
ガキ大将みたいな大柄の子が、足元から小石を拾い上げた。どうするのかなと思って、男の子の四角い顔と、ぐにょんと高い鼻を見ていたら、彼はこちらへ向けて、えいっと石を投げた。
にょろにょろっ。
僕は身体をうねらせて避ける。次の小石が飛んでくる。それもにょろっと躱して、僕は男の子たちに向けて突進する。
そっか、こういう遊びなんだね。降って来る石を避けて男の子たちのところまで行けたら勝ちだ!
僕は軽やかな身のこなしで降り注ぐ塊から逃げて、すごい勢いでガキ大将の目の前、に……痛っ! いたたたたたっ!
けっこう大きな石が尻尾を押し潰し、あまりの痛みに身体をくねらせた。
「今だ!」
号令と共に、石がビュンビュン飛んで来る。痛い、痛いよ! もう降参するからやめて!
僕は、ガキ大将の裸足の指に噛みついた。ガキ大将は、きゃん、と悲鳴を上げて、僕を踏みつけた。尻尾が石に押さえつけられているから、僕は逃げることができない。
「この悪蛇め。おい、火を持って来い!」
しばらくして、鼻たれ子分の一人がどこかから
全身を赤い炎の腕に抱きすくめられて、僕は声にならない悲鳴を上げた。
「ははは、ざまあみろ。俺は首長の息子なんだぞ。偉い人間様に楯突くとどうなるか、これでわかったか。せいぜい苦しめ糞蛇!」
男の子たちの笑い声が、遠く去って行く。僕は炎の中で、身体をくねらせた。
熱い、苦しい、助けて。
ひどいよ、どうしてこんなことをするの? 僕はただ、一緒に遊びたかっただけなのに。
動物を殺すのも、生きるためなら仕方ない。僕だってご飯を食べるもん。でもさ、ただ意地悪をするために生き物を燃やすだなんて、あんまりだ。
人間は、なんて残酷なんだろう。これまで出会った猫さんたちも、ちょっと怖い目をして僕を見ていることがあったけれど、ここまでひどい仕打ちはしなかった。世界は美しく、清らかなんだと思っていた。でも、違ったんだ。
世の中は薄汚く、理不尽で、悪意に満ちて。絶望したよ、こんな世界。全部全部消え去ってしまえば良い。とくに、我が物顔で木を切り野を焼く人間なんて大嫌いだ。
あんな奴ら、呪ってやる。
僕の全身で、激しくてどろどろとした感情が渦巻いた。
その途端、炎の中から楽しそうな笑い声が湧いてきて、焼け焦げた僕の全身を包み込む。
——ひどいね、憎いね、わかるよその気持ち。
ちらちらと舞う火の粉たちが、僕に話しかけてくる。
——恨みは何にも変え難い活力だね。
——苦しみは最高の刺激になる。
——絶望が大きいほど、魂が去った後の肉体には大きな
——その巨大な虚に、多くの神力を宿すことができる。
——良い器を見つけた。
——そうだ、我が神に献上しよう。
——そうしよう……。
「きゃあ、火事!」
がさり、と葉っぱを踏み分ける音と一緒に、女の人の声がした。次の瞬間、僕に語りかけてくれていた火の粉が散り散りになった。何が起こったのか頭が追いつく前に、身体に何度も布が叩きつけられる。ぶたれているのかと思ったけれど、どうやら違うみたい。女の人はそうやって火を消そうとしてくれていたんだ。
でももう遅い。僕は、もうそろそろ。
「なんてひどい。まだ小さな子どもだったのに」
女の人は布で僕の身体を包むと、柔らかく腕に抱いてくれた。僕の肌はまだ熱を持っているはずだがら、そんなことをしたら熱いだろう。それでも彼女は嫌な顔を全くしない。
ぽつり。焼かれて真っ黒になった僕の身体に、雫が落ちた。女の人が、涙を流したんだ。
どうして僕のために泣いてくれるの? 君は人間なのに。人間は、僕をいじめる存在なのに。あの悪ガキみたいに、君も僕を憎まないの?
「苦しかったでしょう。ごめんなさい」
彼女が呟いた。
「人間が、ごめんなさい。どうか許して」
彼女は少し歩くと僕を地面に置いて、すぐ側に膝を突いて石で穴を掘り始めた。やがて、その穴に僕を丁寧に寝かせると、上から土をかけた。
外の世界からの光が薄れる中、女の人の声が聞こえた。土が降って来る時の、どさどさという音に遮られて途切れ途切れだったけれど、多分こう言っていた。
「許して。どうかせめて、来世では長く生きて幸せになって」
許して、だって? ふざけないで。そんなことできるわけがない。僕は殺されたんだよ。……でも。
ひとりぼっちだった僕を生まれて初めて抱きしめてくれたあの人は、温かくて柔らかくて、なんだか桜の花のような良い匂いがして。とっても優しかったなあ。
最期にあの人に出会えて良かった。
土の中で、僕の意識は薄れて消えた。
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