14 因縁の睨み合い
「逃げるか。まあどこへ向かおうと、宝玉の輝きは我が目から逃れられぬ。まずは邪魔者を排除するか」
人の海に紛れたマルツィアたちを見送って、
「手元に朝の宝玉がないのだろう。司るものを半分失った不完全な神が、私に勝てるはずがない」
白竜は不敵な笑みを浮かべる。
「おお、確かにそうかもしれぬな。そなたに勝とうとは思わぬ。宝玉を取り返せればそれで良い」
「宝玉を取り戻すことは、マルツィアの魂を嚙み砕き消滅させることと同義だろう。そうなればマルツィアは
「ふむ、そうか? しかしな、おぬしにとっては、どちらでもそう変わらないだろう」
「どういう意味だ」
「わからぬか」
白竜は嘲るような調子で顎を上げた。
「魔道都市ハルーンおよびこの近辺の土地には、我らが故郷とは異なる
ミネは、鈍器で頭を殴られたかのような衝撃を覚え、脳内が真っ白になるのを感じた。
そうか、なぜ今まで気づかなかったのだろうか。ミネは思わず、広場の出口で右往左往する人間たちへと視線を向けた。目を
確かにこの地に来てからは、何度も生まれ直して磨かれ、
その理由が、この地には輪廻が存在しないからであるとすれば。
「では彼女は」
一方のマルツィアは人間だ。いかに神が守り慈しんだとしても、魂に定められた寿命からは逃れられない。彼女の生は、永劫の時を過ごす
彼女が魂だけの存在となり輪廻の輪を彷徨う期間には、途轍もない
「短慮よのう。おぬし、あの巫女が前世で死した時、その魂を西方へと投げただろう。我の追跡を躱すためだったのだろうが、結局おぬし自身があれを輪廻の輪から外してしまったのだ」
白竜の言う通り、全てはミネが引き起こしたことなのだ。絶望が全身を満たす。
愛おしい我が巫女、我が妻。これまで共に過ごした時間が、走馬灯のように駆け巡る。
我が妻。時々男に生まれたけれど、あれはあれで刺激的だった。
蟻姿で触角をふりふりする仕草も愛らしかった。雌だった。
そういえば、アメーバになった時は本当にどうしようかと思ったが、そんな暮らしも彼女とならば幸せな日々だった。
そして、亜麻色の髪に木々の緑を映したかのような美しい瞳のマルツィア。東方では見慣れない姿に最初は戸惑いを覚えたが、常に前向きで明るくふわふわとした彼女は、いつの世も変わらない愛おしい人だった。
――どうかご無事で。
そう、マルツィアはミネの無事を祈った。ここで心折れて負けるわけにはいかない。もし今後、彼女が生まれ直すとしても生まれ直さないとしても、輪廻の先を追うのはミネの自己の押し付けであり、マルツィアはマルツィアただ一人。天寿を全うすればマルツィアという存在は消えてしまう。それは、前世でもその前でも、変わらない理屈であった。
「私はマルツィアと共に過ごすのだ。この二千年。彼女が一つ一つの生を幸福に過ごせるようにと祈ってきた。マルツィアは若く、残された寿命はまだ長い。魂を摘み取らせてなるものか。このようなところで、そなたに邪魔だてされては困るのだ」
「図々しいことこの上ない。良いか、我が至宝を奪い取ったのはあの巫女なのだぞ。どちらに正義があるか、火を見るよりも明らかだ」
「しかし、彼女がそうせざるを得なかった原因はそなたにある」
忘れたとは言わせない。たった数十年前の出来事なのだ。
元はといえば、白竜がミネに戦いを挑み、永遠の朝を望んで夜の宝玉を粉砕しようとしたことが始まりだった。人間は金や権力を求めて闘争するが、神も根本的な行動原理は同じということ。つまり白竜は、自分が司る朝を殺める夜を、世界から抹消しようとしたのだ。
その戦いの最中、人の身であるか弱い巫女を守ったミネは、瀕死の傷を負う。ミネの巫女であり妻でもあった彼女――シノは、ミネを助けるために白竜の岩屋に忍び入り、聖水を損ねて宝玉を呑み込んだ。
「悪事が積み重なれば、どちらが悪の源であったのか、わからなくなるものよ」
白竜は悠然と言うだけで、攻撃を仕掛けて来る様子はない。ただ、のんびりと会話を続けるだけだ。その様子に違和感を覚えたミネは、ふと、胸に過ぎった違和感を口にした。
「待て、そもそもそなた、どうやってここに来た。この都市は魔術師たちが巡らせた結界で覆われているはず」
「ふむ、やっと気づいたのか。マルツィア、マルツィアと、いつまで
「黙るのだ。私の質問に答えろ」
白竜は目を細めてやや離れた水路に視線を向けてから、顔を戻してにやりと笑んだ。
「おぬしが最初にここへやって来たのと同じ方法だ、黒竜」
「つまり」
ミネが最初にマルツィアに接触したのは、彼女が使い魔と契約するために世界の狭間を訪れた時だった。人間とは異なる理の中で生きる存在が集う異界から、魔力の潤沢な者を呼び出すことができる、その場所は。
「聖ソリーチェ寺院の
「おお、黒竜よ。急に慌ててどうしたのだ。急ぐことはない。約百年ぶりの再会ではないか。さあ、ゆっくりと語らおう」
白竜の低い笑い声が、心底忌々しい。
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