第29話 スローライフ配信者。花の命の短さを知る
今日もまた目覚める。今日の天気はくもり。10月ということもあってか、それなりに涼しい気候である。
まあ涼しすぎて逆に肌寒いと言うか、秋になったばかりだと言うのにもう冬の足音が聞こえてくる。
秋……秋ってなんなんだろうな。最近、秋の訪れなんてものを感じたことがない。
でも、秋の味覚というものはスーパーとかで売られるようになるし、そこで秋を感じるしかないんだろうな。
栗、サツマイモ、松茸。ああ、松茸が食べたくなってきた。薄く切られたものではなくて、分厚い松茸。
ハッキリ言えば松茸はうまいかどうかで言えば、値段相応の味ではないとは思う。あんなのただの希少なだけで値段が釣り上がっているだけだろと。
でも、俺は松茸が高級キノコという情報を食いたいんだ。だから、松茸は値段が高いことに価値があると思っている。
まあ、今はそんな情報を食うほどの経済的な余裕はないわけだし、寝起きから目覚めてくると段々腹が減ってきた。
今日の朝食は別に秋を感じさせるものではない。ただのトーストにブルーベリージャムを塗ったものだけ。
散々、秋の味覚がどうこう言っていたのにこれである。季節感もなにもあったものじゃない朝食をとりながら俺は今日の予定を漠然と考えていた。
新たに動画編集の案件を1つ入れているから、それをこなすとして他になにかできることはないだろうか。
配信のネタ探しというものもしてみようかなとは思っている。配信者は常にネタ切れとの戦いだからな。
配信のネタ探しに庭へと出てみよう。なにか庭先になにか面白いものが見つかるかもしれない。
もしかしたら、俺の庭にダンジョンが生えてきて……なんて展開もありえるかもしれないな。そうしたら撮れ高としては十分すぎる。
そんな滅多にありえないおうな妄想をしながら庭に出てみると、俺は衝撃的なものを目にしてしまった。
「え? マナナッツ。花がなんか枯れてね?」
マナナッツの花がなんか元気がない状態になっていた。俺はそっとマナナッツの花弁に触れてみる。すると。ぽろっと花弁が落ちてしまった。
「うげ! マナナッツ!? おい、どうしたんだよお前。もう寿命なのか!?」
花が崩れ去っていくのを見るとなんだか悲しい気持ちになってくる。
あれだけ俺を、みんなを笑顔にしてくれたマナナッツの花が枯れ始めているのだ。
「や、やべえ。これ……どうすればいいんだ」
俺は何か選択を見誤ったのだろうか。なにせ、マナナッツは今まで育成成功例がなかった植物である。
枯れそうになった時の対処方法なんて俺は知らない。どうすればいいのか。それもわからずに俺は途方に暮れていた。
「一体……なんなんだ。マナナッツ。お前本当に大丈夫なのかよ」
マナナッツに語り掛けても、返事がかえってくることはなかった。当たり前だ。花がしゃべるわけないのである。
俺の脳裏によみがえってくるのはマナナッツとの思い出。初めて植えた時のこと、芽が出た時のこと。成長していく度にワクワクして、これが本当にマナナッツだと嬉しいと思っていた。
そして、遺伝子的にもほぼマナナッツに間違いないと教えてもらって、それで本格的に愛着がわいて、ツボミが出た時は感動して……それから、開花した時に喜びが爆発して。
そんな思い出ばかりが……!
「死ぬな! 死ぬなマナナッツ!」
俺は必死に語り掛けるしかなかった。それでも植物が応えてくれることはない。死ぬなと言われて死なないのなら誰も苦労はしないのである。
今日はもう本当になにもする気が起きない。でも、依頼された動画編集の納期はきちんと決まっている。やる気がない中でも俺は動画編集の作業をした。
いつもよりも作業効率が落ちているような気がする。マナナッツのことばかりが気にかかってしまい作業に集中できない。
俺の心をここまで乱すなんて、それほどに俺にとってマナナッツの存在が大きいことを思い知らされた。
「く、くそ……」
俺はふと上を見上げた。デスクの上にいる白丸。そのもふもふに触れてみた。
「ああ……いやされる」
もふもふのヒーリング効果で俺の荒んだ心はマシになってきた。やはりもふもふの力は偉大である。
だが、そのもふもふの力にも限界がある。
心を癒しきれるものではなかった。昼食の時間。俺は自転車を走らせて飲食店へと向かった。
そこで大量に料理を注文してなかばやけ食いになる形で飯を食べ始める。
ストレスが溜まってくるとどうしても腹が減ってしまう。食わなきゃやってられないという状況。
それだけ俺の心は悲しみに支配されていた。
そして、悲しみの連鎖は続く。やけ食いしたものだから、俺のサイフにもかなりのダメージを追った。
泣きっ面にハチ。というよりかはもう自明の理。やけ食いの代償は大きい。サイフにダメージを与えるし、場合によっては健康を害する。
でも、わかっていても止められないものである。
家に帰ってみた。マナナッツの様子を見てみる。
「あ、あああ……」
俺はショックを受けた。マナナッツの花の1つが完全に花弁が抜け落ちてしまっている。
なんてことだ。今ままで一緒にいたのに、どうして……俺はハゲてないけれど、ハゲた人の気持ちもこんなものなのだろうか。
いや、それはちょっと違うかもしれない。知らんけど。
「ん?」
抜け落ちた花。そこをよく見るとなんだかちょっと膨らんだものが見える。
「これは……?」
俺はよく目を凝らしてみてみた。もしかして、これって……
「結実か!?」
花弁は確かになくなった。しかし、それと同時に実を結んでくれたのか!?
「う、うひょおおお! マナナッツが結実した! え? しているよね? これ」
この膨らみもその内大きくなるよね? やった! なんだか生命の神秘というものを感じる。
まるでこのマナナッツの実が妊婦の腹のような。膨らんでくると嬉しいみたいな。
いや、俺は別に彼女を妊娠させたことないから知らんけども。
「マナナッツ。お前、ついに実ができるのか。できるんだな!?」
俺はマナナッツに話しかける。でも、当たり前のように答えは返ってこない。
でも、それでいい。さっきまで絶望していた俺だが、希望に変わった。
マナナッツは死んだわけじゃない。むしろ成長の過程で花を落としただけなんだ。
そう考えると気が楽になった。午後からの作業もがんばれる気がする……
「おえ……」
やけ食いしすぎてなんだか妙に腹が重い。だめだ。肉体的にきつい。こんなんじゃ午後の仕事がんばれるわけがない。
やけ食いなんてするもんじゃなかったな。反省だ。
というより、作業している場合じゃねえ! さっそく、これを写真に撮らないと。
『マナナッツの花が抜け落ちて、実ができました。この実が大きくなると良いですね』
よし、SNSに投稿。花がなくなったのは残念だけど、実ができたんなら仕方ない。これが子供の成長というやつだ。
俺に子供はいないから、知らんけども。
SNSに投稿して昼下がりまで編集作業を続けていた。
「んー」
パソコン作業で凝った肩を伸ばす。ついでに休憩するか。そして、SNSのチェックもしておこう。
俺のマナナッツの結実にコメントが寄せられていた。
『実ができたの!?』
『すごい! 世紀の大発見だ!』
『この時を待っていた』
『マナナッツの量産に成功するかも?』
『まあ、マナナッツはその辺で拾えるし、量産するメリットはなさそう』
『メリット云々とかじゃねえんだよ。養殖はロマンなんだよ!』
養殖はロマン。確かに、天然で撮れるものでも養殖が成功すると妙に嬉しくなるよな。
でも、天然資源もいつまでもあるものじゃない。水産資源なんかも撮りつくしたら回復に時間がかかる。
もしかすると、このマナナッツ栽培は今後のダンジョン配信者の助けになるのかも? 知らんけど。
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