第26話 スローライフ配信者。受粉させる
今日から10月である。9月も終わってそろそろ肌寒い季節に……
「暑い……」
なってなかった。朝晩は確かに寒い。しかし、なぜか日中が暑いというバグみたいな現象が発生している。
確かに10月は平均気温で言えば涼しい季節ではある。しかし、その実は寒い時間帯と暑い時間帯を交互に行き来していて、その平均がちょうどいい涼しさみたいな気温になっているだけである。
実際に涼しい時間帯なんてほんのわずか。こんなもの詐欺だろ。どうなってんだよ地球。
しかし、これからの季節。考えなければならないこともある。それはマナナッツのことである。
今はマナナッツは庭に置いてあるけれど、これが冬になるとどうなるのだろうか。
越冬できるのかどうかはわからない。もしマナナッツが寒さに弱いのであれば、なにかしらの対策を講じなければならないということだ。
しかし、俺にはそのデータがない。一発勝負でマナナッツが寒さにどれくらい耐えられるのかを見極めなければならないということか?
植物は寒さに弱い種類もあるからその辺は本当に難しい。
せっかく、マナナッツが開花したんだからこのままきちんと最後まで面倒を見たい。そう思って、俺はある人物を頼ることにした。
それは植野教授である。彼は以前、マナナッツを色々な環境で生育していると言っていた。ということは、寒さに対するデータもあるのではないかと思ったのだ。
というわけで、俺は植野教授に連絡してみることにした。後で折り返し電話をしてくれるとのことで、その時を待っていた。
俺のスマホの着信音が鳴る。植野教授からだ。俺はその電話に出る。
「もしもし、狩谷です」
「狩谷さん。植野です。お話はうかがっております。マナナッツの成育環境のデータを知りたいのですね。本来なら研究途中のデータなので公表はしたくいないのですが、狩谷さんには土の件でお世話になっているので特別にお教えしましょう」
やった。植野教授に土を渡しておいて良かった。と言ってもこの土もたまたま手にいれたものだけれど。俺は特に苦労なんてしてないんだよな。
「結論から言うとマナナッツの越冬は部屋の中に入れるだけで十分でしょう」
「そうなんですか?」
「ええ。気温が10℃を下回るような環境でもマナナッツは枯れませんでした。狩谷さんがお住まいの地域では真冬でもマナナッツの成育に大きく影響を及ぼすほどの低い気温にはならないと思います」
「なるほど……」
10℃を下回る環境に置かれたマナナッツが少し不憫な気もするが、実験のためならば仕方ないか。枯れてはいないみたいだし。
「しかし、それでも成長が他のマナナッツに比べて遅い傾向にあります。なので、部屋の中で多少は温かくしておくことでより確実に越冬できるかと思われます」
「ありがとうございます。気温を見ながらその辺はこちらで調整します」
「ええ。狩谷さんのマナナッツは今や人気ですからね。枯れないことをこちらでも祈っております」
そんなこんなで植野教授との電話を終えた。マナナッツの越冬のための準備も特に必要ないとのことで気が楽になった。
さて、マナナッツのことは一旦置いておいて、庭の裏手にあるジャガイモとマリーゴールドの様子を見てみるか。
こっちもかなり育っていて開花を目前としているくらいである。8月の下旬くらいに植えたので、それぞれの開花時期は計算すると今月当たりかな。
マナナッツも開花したのはうれしいけれど、こちらも開花して欲しい。ジャガイモを収穫して食べてみたいな。
ジャガバターとか食べてみたい。他にもポテトサラダも作ってみたいし、今から色々なジャイモ料理のレシピが頭の中を駆け巡って楽しみである。
「ふー……」
俺は空を見上げてみた。なんていうか、こういう生活も段々良いなと思えてきた。
ブラック企業時代は時間の流れが滅茶苦茶になっているような気がした。仕事中の1日がやけに長いくせに、1年が終わるのはあっと言う間という感じだった。
仕事中は時間が早く過ぎて欲しいのに、余暇時間は終わって欲しくないという気持ちでいっぱいだった。
でも、今はやりたいこと、楽しいことがたくさんあるし、明日、明後日、来月、再来月の楽しみがあってワクワクとしてくる。
植物を育ててみるのもそうだし、成長が楽しみすぎて時間が過ぎるのも悪くないと感じてしまう。
俺は今、最高に人生が充実している。仕事をやめて、ここに来る決意をして良かったと思う。勇気を出したというか、思い付きで1歩行動してみてそれが成功して本当に良かった。
「さてと……庭の整備でもしてみるか」
定期的に生えてくる雑草。これを駆除しないと庭は荒れてしまう。定職に就いていない俺には時間がたっぷりとあるから、こうした庭いじりの作業に時間を費やすことができる。
草むしりとか、小学校の頃に課外授業とかでやらされたことがあったけど、あの時は退屈だったな。
でも、今は不思議と自主的にやってしまう。自主的にやるのと無理矢理やらされるのはやっぱり違くて、自主的にやるのはかなり楽しい。
こうして俺は日が暮れるまで庭いじりに奮闘していた。
◇
翌朝、目覚めてみるとマナナッツのツボミがまた開花していた。
「おお! 2つ目の花だ! おお!」
俺はスマホでマナナッツの花を撮影した。今回はもったいぶらずにすぐに投稿する。
『マナナッツの花。2つ目が咲きました!』
最初の開花から割とすぐの出来事だった。このまま他のツボミもどんどん開花して欲しいところではある。
花が2つ咲いたということはこれで結実ができるようになったということだろうか。
この2つの花を交配させることによって、実を付けることができるか。それは俺にもわからない。
同じ株の花では結実しない植物もあるし、その逆もある。
でも、やってみないことには始まらないか。
俺はその日、筆を買ってきた。この筆を使って、受粉作業をしてみようと思う。
マナナッツの花に筆を付着させる。これで花粉が付けばいいんだろうけど、どうだろうか。
この花粉を別の花にちょいちょいとつける。こういう受粉の方法もあると、小学生の時に習った記憶はある。
このやり方で合っているのかはわからないけれど、これで結実できたらいいなあと思うしかない。
俺はもうやれるだけのことはやった。素人にしては十分だろう。これで結実まで育たなくても俺のせいにしないで欲しい。
後は天に祈りながら待つだけだ。頼む。結実してくれ。
「がんばってくれよマナナッツ」
俺はマナナッツの花に触れてみる。優しく撫でるとマナナッツの花が揺れた。なんとなく喜んでいるようには見えるけれど、どうだろうか。
「まあ、ここまで育ってくれただけでも十分嬉しいけどな。お前は本当に大したやつだよ。育ってくれてありがとうな」
今思えば、俺がここまでこれたのもマナナッツが育ってくれたおかげなのだ。もし、普通のマナナッツと同じく育たなかったら、今の俺は間違いなくなかった。
配信で収益を得るなんて夢のまた夢。植野教授ともコンタクトを取れずに人間関係も希薄なものになっていたかもしれない。
少なくともこのマナナッツは俺に多くの人を結び付けてくれたんだ。そこは本当に感謝している。
俺は自室へと戻ってデスクへと向かった。そこにはデスクの守り神である白丸がいた。
「白丸。マナナッツを受粉させてきたぞ。多分。これで成功していると思う」
俺は全く根拠がないことを白丸に語り掛ける。
「白丸。お前の先輩は今、実を結ぼうとがんばってくれていると思う。お前も応援してやれよ」
俺は白丸の頭を撫でてみる。もふもふしてとても気持ちが良かった。
「うん。大丈夫だろう。白丸がもふもふしていることだし」
全く根拠がないもふもふ。でも、もふもふだから仕方ない。
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