第23話 スローライフ配信者。ホームセンターに行く

 今日は自転車を走らせてホームセンターへと向かった。その道中はいつも行くスーパーまでの道のりと途中まで一緒である。


 田舎道ももう見慣れたもので、新鮮さというものもなくなってきた。


 でも、いつもの光景と感じるからこそ落ち着く風景というのもあるもので、俺はこの景色が気に入っている。


 いつも曲がらない道を曲がる。その先をじっと走ったところに目的地であるホームセンターがあった。


「うわ、でけえな!」


 俺は思わずそう言ってしまうほどにホームセンターは巨大だった。駐車場も広いし、建物もかなり大きい。都会でこんな店を構えたら、それだけでサラリーマン4桁人数くらいの生涯年収は飛んでしまうくらいの規模であろう。


 田舎は土地代が安いと言っても限度がある。しかし、こんな店を出せて繁盛しているってことは、それだけホームセンターの需要は大きいってことだろうな。


 俺は駐輪場に自転車を止めて、ホームセンターの外を見てみる。店先には園芸用の植物が並んでいる。色とりどりの花があれば、野菜の苗、果樹の樹などもある。


「これはブルーベリーの樹か。すぐに収穫できるけど、まあそこそこ高いな」


 経済的にそこまで余裕があるわけでもないから買うのはやめておくか。庭に植えるだけの面積はあるけれども、自転車で持って帰るのも面倒だしな。こういうのはもっと経済的に余裕ができて、車も持てるようになってから考えよう。


 俺は店先の植物をじっくりと見て楽しんでいる。買わずともこうした植物の苗たちを見ているだけで心が癒されるというものだ。


 俺は都会育ちだけど、こういう植物を見るのが案外好きだし、元から田舎暮らしの適正はあったのかもしれない。


 もし、俺が都会で順風満帆な生活をしていたら、自分のこういう一面に気づくこともなかったと思うと、人生とは不思議な縁でできているものだと思う。


 今となってはブラック企業勤め時代も良い思い出……なわけあるか! あそこの会社はクソだ。一生恨んでやる。


 そんな怨嗟えんさの心も植物を見ていると癒されるものである。でも、あそこの上司、経営陣を許したわけではない。


 まあ、買うつもりがない植物を見ていても仕方ない。今の俺はマナナッツと、ジャガイモと、マリーゴールドを育てている。まだ庭にはスペースがあるけれど、今のところはこの3つを重点的に育ててみよう。


 俺はホームセンターに入った。中の内装は白い床と区画整理された棚がキレイに並んでいて清潔感の塊のような店である。


 色々な商品が売られていて、それらを見ているだけで1日が潰せそうである。テーマパークに来たみたいでテンション上がるなあ。


 こっちのコーナーにはノコギリが売っているな。ノコギリと一口に言っても色んな商品がある。DIYをするなら必須なアイテムだ。


 俺もマイノコギリが欲しいな。そうすれば、DIY配信とかできたりするんだろうか。いいなあ。DIY。やったことないけど。楽しそう。


 都会にいた頃ならDIYなんてやろうとも思わなかったな。別に都会でもできるんだけど、人は田舎に住むとなぜDIYをやりたくなるのだろうか。この心理は研究されているのだろうか。


 いかん。なんか学術的な思考に染まってきた。別に俺は学者というわけでもないし、学者になれる頭も持っているわけでもない。


 偶然、マナナッツを育てることができただけの運がいい素人なんだ。


 こっちのコーナーにはドリルがある。ドリルか。かっこいいよな。男のロマンってやつだ。


 ドリルが欲しい人はドリルが欲しいんじゃなくて、穴が欲しいって言うのはロマン的には正しくない。ドリルそのもののかっこよさを知らないからそんなことを言えるんだ。


 とはいえ、ドリル……そこそこお高い。欲しいけれど、今のところ穴を開ける予定はないし買えないか。


 俺に経済的余裕があれば買ってから使い道を考えるなんて、パワープレイもできただろうに……本当に金を稼ぐ手段がもっと欲しい。


 収益化が通って金を稼げるようになったはいいけれど、まだまだ専業で余裕ある生活をするには辛いところがある。今のところ、配信業、動画編集、新村さん(農家)の手伝い等で生活費の足しにする程度だ。貯蓄だってできやしない。


「お、ここにはキャンプ用品があるな」


 テント、寝袋、カセットコンロ、スモークチップ、虫よけスプレーなんかもあるな。キャンプ用品一式セットって言うのも売っている。いかにも初心者はこれ買いましょうみたいなスターターキット感がある。


 キャンプか。俺も結構アウトドア好きだし、行ってみたいな。真木さんとかキャンプ好きそうだよな。バーベキュー好きは大体キャンプ好きも兼任していると思う。


 キャンプの醍醐味と言えば、やっぱり焚火の音を聞いて癒されることだよな。いいなあ。焚火のパチパチとした音。想像しただけで心が落ち着いてくる。


 暖炉がある家ならば、そういう音も毎日聞けるんだろうか。いいなあ。暖炉がある家。そんな金持ちの家みたいなところに住んでみたい。


 すごいな。ホームセンター。この空間にいるだけでやりたいことがどんどん増えていく。田舎は娯楽がないイメージを持っていたけれど、十分すぎるほど楽しめるものはある。


 自然の中にいるだけでもかなり楽しい。娯楽というか、人生を楽しめるかどうかというのはその本人の資質次第な気がしてきた。


 都会にはたしかに娯楽が溢れているけれど、それは誰かが用意した娯楽だ。田舎の娯楽は……こう創造性があるようなイメージだ。自分の中にあるやりたいことを見つければ、無限に楽しみが広がっていく。


 どっちが良いとか悪いとかではないけれど、俺はどちらかと言うと田舎向けの人間だとは思う。


 さてと、次のコーナーに移るか。ここはペット用品のコーナーだな……


 俺はここで自分の心の中にある願望に気づいた。


 それは、愛に飢えている人間ならば誰しもが感じることであるとは思う。


 ペット飼いてええええぇぇぇえええ!!!!


 犬、猫、ウサギ、亀、もうこの際なんでも良い。モフりたい。とにかくモフりたい。俺のスローライフにはもふもふが足りないんだ。あ、亀はモフれないか。


 しかし、俺にペットを飼う経済的な余裕はない。自分の暮らしだけでも精一杯なのである。


 ペットはとにかく金がかかる。餌代もかかるし、ペットによっては空調代もかかる、さらに病気をしたら病院に診てもらわないといけないし、珍しい動物なんかは専用の動物病院を見つけなければならない。


 しかも、生活に制約もできる。長期間の旅行にも制限がかかる。ペットを置いていくわけにはいかないし、その間誰かにペットを見てもらわないといけない。


 俺はとにかくぬくもりに飢えている。正直言って、彼女と別れてさみしい気持ちはある。ここにいる人たちも温かいけど、別に一緒に暮らしているわけではない。


 ペットがいればその寂しい気持ちも埋まるのだろうか。そんなことを考えてしまう。


 一人暮らし。のびのびとできて自由だけれど、その反面ずっと独りだと寂しい感情が徐々に蓄積されていく。


 そして、ある時。こういうペット用品のコーナーに来た時に、その寂しさが爆発する。


「…………」


 俺はペット用品コーナーの隣をみた。そこはぬいぐるみコーナーがあった。そこには色々なかわいらしいぬいぐるみがたくさんあって、触ってみた感じもふもふとしていて癒される。


 ペットを飼うには責任をともなう。しかし、ぬいぐるみを迎え入れるのは楽だ。


 俺は気づいたら、羊のぬいぐるみを手に取っていた。1番もふもふしてそうで、なんかもこもことしていたからだ。


 その羊のぬいぐるみを買って、俺は帰宅した。ぬいぐるみだからそこまで手痛い出費にはならなかった。


 でも、俺に新しい家族のようなものができた。羊のぬいぐるみ。名前はそうだな……白くて丸っこいから白丸しろまるにしておくか。

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