第22話 スローライフ配信者。マナナッツの謎に触れる
今日は雑談配信がてら、マナナッツの様子をみんなに見せることにした。
マナナッツのつぼみが出たから、その様子を配信で見たいという声が多くあり、これはやらないわけにはいかなかった。
枠を取ってみると既に待機所に結構な人間がいる。まあ、大半が俺を見に来たというよりかはマナナッツを見に来たような人ばかりだろうけど。
それじゃあ、庭先で配信を始めるとしようか。
「はい。どうも。こんにちはー。レンです。よろしくお願いします」
まずは挨拶から始める。マナナッツはまだ画面に映していない。せっかくだからちょっとじらしてやろうか。
:こんにちはー
:配信ありがとー
:マナちゃんの様子はどうかな? わくわく
「そういえば、この前オムレツを作ったんですよね。オムレツと言えば牛乳を入れる派閥かそうでない派閥に別れると思うんですけど、みんなはどっちなんですかね? ちなみに俺は入れない派です」
:私は入れるかなー
:オムレツ作ったことない
:オムレツ作れんの? すげー
「マナナッツがつぼみを付けた日もオムレツを食べてましてね。その時は雨が降ってたんですよね。雨の音って聞いていると癒されますよね」
:わかる
:なんか良いよね
「これからは作業BGMとして雨の音を採用しようかなと思っていたところなんですよ」
:今来た。マナナッツはもう見せた?
「人が集まってきたし、そろそろウチのアイドルのマナナッツを見せちゃいましょうかね」
;きちゃあああああ
:写真で見たらけっこうかわいかった
:はよはよ!
相変わらずのマナナッツ人気である。これだけ人気だともっと色々な人のところで育って欲しいけれど、微生物入りの土が増えないことにはそれも叶わないことか。植野教授たちにがんばって微生物を増やしてもらうしかないか。
マナナッツが育つ土。商品化したらかなり売れそう。
「というわけで、こちらがそのマナナッツです。どうぞ~」
俺はカメラを動かしてマナナッツを映した。少し開きかけたツボミのマナナッツが画面に映し出される。
:おおおお!!!!
:かわいいいいい!
:少し開きかけてるね
:おめでとう \500
「わあ、投げ銭ありがとうございます。そうなんですよね。ツボミも少し開きかけていて、後少しで開花ってところですかね。こっちのツボミはまだ閉じたままだけど」
最初につけたツボミはもう開きかけている。このちょっとずつ成長していく変化していく様子が中々に愛おしい。
:開花したらまた配信して欲しい
:花が咲いたら、次は実かな?
「あー。実はどうなんでしょうかね。マナナッツの結実の条件とかもよくわかってないし、そこら辺は難しいかもしれませんね」
:レンさんならいけるって
「なんですか。その根拠のない信頼は。俺ならいけるって変なプレッシャーかけないでくださいよ」
:そもそも芽すら出なかったマナナッツを育てた男だ。面構えが違う
「まあ、そこに関しては本当に運が良かっただけと言うか、俺がすごいんじゃないんですけどね」
すごいのは俺の庭にある微生物なのである。この珍しい微生物の正体は実のところ俺もよくわかっていない。
ダンジョン産の植物に作用する微生物。一体何者なのだろうか。まさか、この微生物もダンジョン産のものとか言わないだろうな。
いや、流石にそれはないか。別に俺の庭にダンジョンが生えてきたわけでもないしな。
:それにしてもマナちゃんって成長早いね。果実をつける植物だから数年。下手したら10年単位は覚悟していたけれど
「あ。言われてみれば確かに」
ツボミが生えてきたことが嬉しすぎて気にも留めなかったけれど、果樹の植物にしてはツボミを付けるのが早すぎるような気がする。
果樹はもっと成長が遅いと言うか、それこそ数年単位で樹になっていくイメージだけど、このマナナッツはまだ樹として育ち切っていないのに花を付けている。
「ダンジョン内の植物だから、もしかしたらこっちの植物とはなにか違うというか、そういう常識が通用しないのかもしれませんね」
この辺のことはどうなんだろうか。素人の俺ではまるで想像できないから、植野教授の見解を聞いてみたいところではある。
:そもそもマナナッツもその辺に落ちているもので、ダンジョン内でも樹になっているところを誰も見たことがないんだよね
「あ、確かに。俺もダンジョン配信者やっていた時にマナナッツの樹を見たことない」
コメント欄で指摘されて気づいたけれど、マナナッツのその生態。かなり謎に包まれているのではないだろうか。
ダンジョン内で落ちていて、腹をすかせた人が偶然食べて、一時的に力を得られる効果が判明した木の実。
誰がいつどこでなんのためにダンジョン内にこれを置いているのか……その謎は深まるばかりである。
「うーん……まあ、考えていても仕方のないことですね。ダンジョン自体、謎が多くてまだ未解明の部分が多いので」
:せやな
:もう、そういうもんだと思って諦めるしかない
:ダンジョンの解明は専門家に任せるしかない
そういうのは良い大学出て、頭が良い人たちに任せればいいのである。俺は所詮、三流大学の出。難しいことはわからないのだ。
◇
先日の配信の後、俺は植野教授に電話をしてみた。マナナッツの生態。それに対する植野教授の見解とやらを訊きたかったのだ。
「と言うわけで、果樹にしては成長が早すぎると思ったので、植野教授がその辺をどう思っているんですかね」
「そこは私も疑問に思っていたところですね。結論から言えば、ダンジョン内の環境は本来は植物が生育するには相応しくない。そんな環境で育つ植物だから特殊なことが起こっていると考えられます」
「特殊なこと……ですか」
「例えば、狩谷さんは植物が成長するのになにが必要だと思いますか?」
なんか試されているような気がするな。義務教育で学んだ理科の知識がここで活きるというわけか。
「まずは水は不可欠ですよね。後は土や日光やら肥料やらがあると成長が早まると思います」
「その通り。実はダンジョン内って日光もなければ、土に栄養があるわけでもない。更に言えば雨も降らないから水もほとんどないんですよ」
「あっ……確かに言われてみれば」
植物にとって最悪の環境とも言える。
「そんな中で育つ生命力が強い植物。それが、急に植物が成長するのに適した環境に置かれたらどうなるんでしょうか」
「うーん……栄養が少ない状態でも生きられるものに栄養を与えたら……滅茶苦茶成長するってことですかね」
だとしたら、果樹っぽい植物なのにやたらと成長が早いのも納得できてしまう。
「その通り。ただ、もう1つの可能性として……栄養がありすぎて腐ってしまう。そう考えられませんか?」
植野教授の言葉に俺はハッとした。過剰な栄養。それは時には人間にも毒である。その他の生物にとってもそれは同じことだ。植物も栄養を与えすぎるとかえってダメになると話で聞いたことがある。
「あれ? 栄養がありすぎて腐る……もしかして、今まで他のマナナッツが成長しなかったのって……」
「ええ。発芽の段階から栄養過多すぎて腐ってしまったのではないかと、私はそう仮説を立てたのです」
「それじゃあ、どうして俺のマナナッツは成長したんですか?」
「考えられる要因はいくつかありますが、有力説としては、過剰な栄養を排出することができたから。ですかね」
「過剰な栄養……それを排出するとなったら」
「適切な栄養。理想的な栄養状態でものすごい成長をすると私は考えています」
ここで俺はあることに気づいた。
「もしかして、マナナッツが特定の微生物が必要なのって、そいつらを栄養にしているんじゃなくて、そいつらに過剰な栄養を請け負ってもらっているとかですか?」
「はい。私も同じようなことを考えていました。まだ研究段階なのでなんとも言えませんが、その可能性が有力説だと思います」
「そ、そうだったんですね……植野教授ありがとうございます。マナナッツの理解が深まったと思います」
「いえいえ。とはいえ、私が言ったこともあくまで仮説にすぎません。真実はまだなんにもわかっていない状態ですから」
マナナッツの真実。それが明かされる日は来るのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます