第21話 スローライフ配信者。マナナッツの今後を心配する

「ふんふふーん」


 俺は鼻唄をうたいながら自転車を走らせた。最寄りのスーパーまで行き、そこで食材を調達する。でも、今日は気分が良いので今日の分の夕食はスーパーのパック寿司にしようか。


 俺は数日分の食材を買い、更にパック寿司を買ってから家に戻った。パック寿司を食べる。最初は鉄火巻きから。醤油を少量つけてから食べる。うまい。


 続いてサーモンを食べる。うん。うまい。でも、俺としては炙ってあるサーモンの方が好みである。


 そろそろイクラを食べるか。ぷちぷちとした食感がうまいんだよなあ。


 気分がいいところに寿司を食べたことで俺は更に気分があがっていた。その勢いのまま、俺はSNSを開いた。すると、やはりと言うべきかかなりの反響があった。


 マナナッツのつぼみが出てきたこと。その投稿が拡散されて多くの人の目に止まっている。


『すごい! このつぼみけっこうかわいい』

『マナナッツのつぼみってこんな風になっているんだ』

『開花が楽しみ』


 好意的なコメントが多くて俺は嬉しくなった。あったけえ。インターネットあったけえな。


 ただ、このままつぼみのまま成長させていくというのも悠長というか、1度植野教授のところに相談しにいくべき案件である。


 例えば、このまま開花したとして、それが結実するかどうか。そこまでわからないのである。


 このマナナッツの花を受粉させなければ、結実なんてしないだろうし、結実にも条件があったりする。


 例えば、同じ株の植物の花粉では受粉しないとか。そうなると別の株を用意してやらないといけないわけで、もし、マナナッツの受粉条件がそれなら割と詰んでいる可能性がある。


 せっかく。ここまで育てたのだから、受粉の方法をミスって結実しませんでしたなんてしょうもないオチはしたくない。


 まあ、願わくばこのマナナッツ単体でも完結できる自家受粉ならそれに越したことがない。もし、他の株が必要なら……どうしよう。


 期待半分、不安半分のまま、俺は風呂に入り、それから就寝した。


 後日、俺は1日に数本しかないバスに乗って植野教授がいる大学を目指した。もちろん、アポはちゃんと取ってある。俺はマナナッツの株を持ちながらバスに乗るというシュールな状況に耐えて大学に無事にたどり着いた。


 植野教授にマナナッツのつぼみを見せてみる。教授も俺のSNSを見ていて、その時から興味を持っていたようである。相談したいことがあると言ったらすぐに食いついてくれた。


「ふむふむ、うーん……」


 植野教授がマナナッツのつぼみをマジマジと見ている。


「なるほど。たしかにこれはつぼみであるな。この感じ。私の見立てだと、後数日で開花するようだ」


「本当ですか? いやあ、嬉しいな」


「ただ、狩谷さんが懸念していた通り、この株だけで繁殖できる保証というものはない。つぼみが数か所ついているから、自分の花粉で受粉できるタイプいわゆる自家受粉可能であれば問題はないんですけどね」


 最初は1個だったつぼみもあれから数個生えてきた。ちゃんと複数の花を咲かせてくれるみたいでそこは嬉しかった。でも、自家受粉できないとなると世界に1株しかないこのマナナッツはどうすればいいんだろうか。


「そんな。それじゃあどうすればいいんですか?」


「狩谷さん。これを見てください」


 植野教授はとある写真を見せてきた。その写真には見覚えがある。


「あ、マナナッツの苗木だ!」


「そうです。狩谷さんからもらった土でマナナッツを植えてみたら、マナナッツが成長したのです。これはその中でも成育が早い方で、恐らくは狩谷さんのマナナッツの成長スピードに追い付くでしょう」


「成育が早い方?」


「ええ。色々な環境でマナナッツを成育させましたから。温度、湿度、二酸化炭素濃度、与える肥料等々、環境を変えたことで生育の速度に差が出ました」


「す、すごいですね」


 これがプロの研究というやつか。運が良かっただけの素人の俺じゃこんな設備もないし、環境を変えるなんて発想も出ないや。


「やはり、狩谷さんからもらった土。その微生物とPh値がかなり重要になってきているようです。もし、こちらでもマナナッツが開花したのであれば、その時はお見合いをさせてみましょう」


「いいんですか?」


 俺は植野教授の提案を前のめりになって聞いていた。俺からしたら願ってもないチャンスである。


「はい。やはり、狩谷さんは先駆者ですので、みんな狩谷さんのマナナッツがちゃんと最後まで成長することを望んでいるように見えます。私もその1人ですから、そのお手伝いをしたいのです」


 植野教授が俺に向かって手を差し出してきた。俺はそれに握手で応じた。


「ありがとうございます。植野教授。俺1人だったら不安すぎて、マナナッツを最後まで成長させることはできなかったと思います」


 万一の時は、植野教授のバックアップがあると考えれば気が楽になる。仮に、俺がマナナッツを枯らしてしまっても、かわりはいるのである。まあ、それも本当に万一の話で、俺はこのマナナッツを枯らすつもりは絶対にない。


 ここまで来たら、もう愛着がわいているというか、世界初の結実もこの株でやりたいという気持ちでいっぱいである。


「そうだ。狩谷さん。提供していただいた土ですが、その中の微生物を繁殖させようと言う話が出ているのです」


「なるほど……?」


「私は微生物の繁殖に関しては門外漢なので、別の専門家に依頼する形になるのですが、彼に土を提供してもよろしいでしょうか」


 特に断る理由はないかな。科学の発展に寄与できるのであれば、俺としても嬉しいことである。


「ええ。大丈夫ですよ。たまたまウチの庭にいた微生物なだけなんで。その所有権を主張するなんておこがましいことはできません。うちの土でよければいくらでも実験に使ってください」


「ありがとうございます。では、また土がなくなったら分けてもらうこともできますか?」


「ええ。もうどんどん持ってきますよ」


 俺としても、なんで珍しい微生物が俺の家の庭にいるのか理解できていないところはある。だから、この微生物がいついなくなっても不思議ではないわけで、そうなる前に専門家がこの微生物の生態を解き明かして繁殖をできるようにしてくれた方がありがたい。


 俺が変にわがまま言って科学の発展の未来が閉ざされる方が辛い。


「狩谷さん。このつぼみの現在の状況。写真に撮ってこちらでデータとして扱ってもよろしいでしょうか?」


「ええ。大丈夫です」


「わかりました」


 植野教授はマナナッツのつぼみの撮影をした。いろんな角度でつぼみ撮影をしている。このつぼみの写真のデータも貴重なデータということか。


 改めて考えてみると俺ってすごいことをしたんだなと思ってしまう。9割以上は運に恵まれただけにすぎないけれど、その運をつかんだんは間違いなく俺が色々と行動したからである。


 ダンジョン配信者になり、マナナッツをゲットして、それを植えて……ダンジョン配信者として成功していたらマナナッツなんてものはもうポリポリと食べてなくなってしまっていたし、ダンジョン内でいくらでも手に入るものを植えて育てようなんて発想にはならなかった。


 田舎に引っ越してきたのもダンジョン配信者として活動していたらやらなかったことで、悲しいけれど俺がダンジョン配信者として芽が出なかったことが、マナナッツが花結ぶことに繋がったと考えれば必要な犠牲だったと言えるだろう。


「おっと、そろそろバスの時間ですね。俺はこれで失礼します」


「ええ。またいつでも来てください。私でよければいくらでも相談に乗ります」


 俺はマナナッツの鉢を抱えて大学を後にした。また、バスに乗ってマナナッツを運ぶということをするのである。周囲の視線に耐えながら、俺は帰宅をした。

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