第20話 スローライフ配信者。雨を楽しむ
ポツポツと窓の外から聞こえる音で俺は目が覚めた。
窓の外を見てみると雨が降っていて、とてもじゃないけれど出かける気分にはなれない。
「んー……どうするか」
ここのところ、俺はずっと外に出てアクティブに活動してきた。あまり家の中でどうこうするってことはなかったから、いざ雨が降るとどう過ごしていいのかわからなくなってしまう。
「んー……そうだ。漫画でも読むか」
俺は先日、修二君と一緒ニショッピングモールに行った。そこで話の流れでモール内の本屋に行き漫画を買ったことを思い出した。
俺は漫画を手に取り、それを読み始める。最近では電子書籍の勢いもあるけれど、やっぱり紙の本でしか摂取できない栄養というものは存在すると思う。
ページをめくるこの感覚。ペラっとするこの一瞬。これが丁度良い休息になると俺は個人的に思う。
電子だとページめくりはボタン押すだけで一瞬で終わる。それはそれで良いと思うのだけれど、やはり情緒という面では紙の方が優れている。
というわけで、俺は今流行っている漫画を読み始めた。この漫画はたしか映画にもなっていたな。主題歌も人気で街中歩いていて聞かない日はほとんどなかったと言っても過言ではないほどだ。しかし、俺はそんな人気作でも見に行く機会なんてなかったけれど。
別に意図的に避けていたわけではない。人気だから逆に触れたくないとかそんな逆張りは俺にはない。なにせ、人気のダンジョン配信に飛びついたくらいだから。でも、俺が跳びついた時には時は既に遅く、レッドオーシャン状態だったのはとても悲しかった。
世の中にダンジョン配信者が多すぎなんだよ。
しかし、この漫画読み始めると中々に面白くてページをめくる手が止まらない。続きを早く読みたくてうずうずしてくる。
なるほど。これは人気になるのがよくわかる。気づいたら主人公に共感していて、主人公を自然と応援している。
これが物語の力というやつか。久しく忘れていたような感覚だ。人間、忙しすぎると物語に触れる時間がなくなる。しかし、それではダメなんだよな。フィクションにも触れる時間というのは時には必要なのかもしれない。
ポツポツと振っていた雨音もザーザー降りへと変わっていく。余計に外に出ることはできなくなった。
雨の音というのは割と目立つものではあるが、なぜか耳障りに聞こえないんだよな。ちゃんと耳に入っているのに情報量として気を取られることはない。
むしろ集中力が増す気さえしてくる。今度から作業用BGMは雨音にしようかな。どこか動画サイト探せば雨音の素材くらいあるだろう。
漫画を読み続けているとあることに気づいた。もう昼前の時間帯である。いつもなら小腹がすき始めている時間帯であるが、集中して漫画を読んでいた影響からか腹があまり減っていないのである。
いや、正確には減っているのかもしれないけれどそれに気づかないほどに俺は漫画に熱中していた。
雨の勢いが更に強くなる。窓の外を見てみると庭に大きな水たまりができている。水たまりに垂れる雨。ぴちょんぴちょんと水面に跳ねている様子は延々と見ていられる。
外にいる時に急に雨に降りだされると嫌である。これから出かける時に雨に降られると憂鬱な気分になる。しかし、今の俺は外にでかける予定もないし、家での時間も楽しめている。そういう状況の雨というのは風情があって中々に良きものであると思う。
まあ、今日は平日だし、朝から雨が降っているので通学や出勤している人たちにとってはふざけるなという話ではありそうだけれど。
「そろそろ、なにか飯でも作るか」
雨に癒されていたところだけど、この雨の中外に出るのは嫌なので家の中にある食材だけでなんとか飯を作るか。俺は冷蔵庫を開けた。
「えーと……なにが残っていたっけ」
冷蔵庫の中を見てみるとそんなに食材は多くなかった。一人暮らしの冷蔵庫らしいと言えばらしい。どうせ買い込んだところで賞味期限を過ぎるのがオチだからな。1人で消費しきれるわけでもないし。
とりあえず、卵とバターがあるな。これでオムレツが作れる。
冷凍庫の方を開けてみると冷食のミックスベジタブルが中に入っていた。これも混ぜて野菜オムレツにでもするか? うん。彩がきれいだし映えそうだ。
と言っても、別に俺はSNSに飯画像を上げているわけでもない。料理はそこそこ好きだけど毎日作るってほどでもないからな。たまにと言うか、まあまあの頻度で出来合いの総菜買ったり弁当買ったりするし。
普段、飯の画像をあげているのに、この日だけあげないってなった時に「こいつサボったな」って思われるのも嫌だしな。
というわけで、特に誰に見せるわけでもないのに俺は料理を作り始める。まずは卵を割り、それをボウルの中に入れる。泡だて器でかき混ぜて塩、コショウを少々、味付けをする。
熱したフライパンにバターを投入して馴染ませる。そこにミックスベジタブルを入れて軽く炒めてから、かき混ぜた卵を入れる。卵をゴムベラで混ぜながら半熟になるまで強火で焼く。
そろそろいいかな。手前から卵を包み、更に反対側からも卵を包む。そして、それを更に盛り付けて、ミックスベジタブル入りのオムレツの完成だ。
うん。実にご機嫌な昼食になった。余ったミックスベジタブルはコンソメスープにして、使い切ってしまおう。
「では、いただきます」
俺は自分で作ったオムレツを食べてみた。一口食べると半熟のトロトロとした感じと加熱されたミックスベジタブルのしんなりとした歯ごたえが妙にくせになる。
うまい。これは実にうまい。流石に本物のシェフには敵わないものの、俺もそこそこいい線行くくらいの腕前ではないかと錯覚してしまう。
コンソメスープを飲んでみると中々にコクがありうまいな。野菜もしっかり取れているし栄養バランス的には良いのでは?
オムレツとコンソメスープを完食した俺はそのまま畳の上でごろんと横になった。食べた後というのはなぜか眠くなってしまう。
会社で働いていたころは昼寝なんてするわけにはいかなかった。けど、今はそういうのはガマンしなくてもいい。
漫画でも読み続けると意外と体力を使うもので、集中力やらなんやらまで奪われていて、その影響でも眠くなっているのかもしれない。
俺は畳の上で目を瞑り、しばらくゴロゴロしていた。
◇
俺が意識を取り戻すともう夕方くらいだった。雨もすっかり止んで今なら買い物で外に出ることができる。
冷蔵庫の中もロクなものが残ってなかったし、買い出しにでも行くかと俺は玄関へと向かった。そして、庭先にあるマナナッツの鉢に目を向ける。
目を向けて、俺は二度見をした。
「へ……? え!?」
俺は驚いた。なぜならば、マナナッツ。それからツボミが生まれていたのだから。
「マ、マジかよ。これがマナナッツのツボミ」
俺は口をあんぐりと開けてそのツボミを見ていた。キレイな赤紫色をしたツボミ。少し白が混ざった色合いでとてもキレイである。
ツボミの状態でこれであるから、開花したらどれだけ美しいことやら。俺は期待に胸が膨らんだ。
「あ、いや。違う。そうじゃない。まずやるのはこれだろ!」
俺はポケットの中からスマホを取り出して、マナナッツのツボミを撮影した。
そうだ。人生なにが起こるかわからない。撮れる写真は撮れる内に撮っておくべきなのである。
「よし、これでマナナッツがツボミを付けた証拠が手に入った」
これはSNSにアップすべきだろう。飯画像はアップしないけれど、マナナッツは別だ。なにせこれは俺以外に育成成功例がないからな。きっと期待して見てくれてる人も多数いるはずだ。
俺はマナナッツのツボミの写真をSNSにアップした。その反応が楽しみではあるが、すぐに反応というものは集まって来ない。みんながこの投稿を認知するまでの時間。買い物に行って時間を潰そう。
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