第19話 スローライフ配信者。男2人でホラー映画を見る
「そろそろ映画の上映時間っすね。映画館の方に向かいますか」
「そうだな。そろそろ移動した方が良いかも」
俺たちは映画館に向かう。券売機でチケットを購入しようとする。
「えーと。どこの席にしようかな。狩谷さんは普段どの席に座っているんすか?」
「俺はできるだけ後ろにするかな。階段の最上段の列にしてな。だって、俺身長高いし、後ろの人の邪魔にならないように気を遣ってんだよ」
「あー。学校とかでもよくありましたね。前の人がでかくて黒板見えないから席変わってくれって言うの」
「あるある。俺、後ろのやつにそれ言われて好きな子の隣を逃したことあった」
「うわー。それテンション下がるっすね」
今思い出しても苦い思い出である。小学生の時の話だし、隣の席になったからと言って付き合えるとかそういう話ではないけれど、当時はものすごく悔しかった。
「でも映画館は席が階段状になっているし、そこまで気にしなくてもいいんじゃないんすか?」
「まあ、後ろの人がもし、子供だったり、それ並に身長が小さかったらどうしようとか色々考えてしまうわけだよ」
「たまにいますよね。子供並に身長低い人」
「俺の元カノにもいたな。身長が140cm台の子が。相手から告白してきたからOKしたけど、あまり長続きはしなかったな」
「へー。そうなんすねえ。なんか、身長差があるカップルとか結構いますよね」
「さすがに40cm近く身長が離れていると不便なことの方が多かったからな」
なぜか身長トークで盛り上がってしまった。映画館の席を決めるのに全く不必要な会話である。これも、平日の昼間というあまり人が混んでない時間だからできたことである。後ろに順番待ちの人がいたらこんな悠長な会話してられない。
俺たちは結局、丁度真ん中くらいの席のチケットを購入して映画館に入場した。
俺と修二君は隣に座って映画の上映を待った。映画の予告編という名の宣伝を見ながら待っている。
「そろそろやつが来ますね」
「ああ。来るな」
頭にビデオカメラを付けた謎の生物。映画泥棒。そろそろ本編の上映が始まるぞ。
映画の本編が始まった。ホラー映画を映画館で見るのは実は久しぶりだったりする。学生時代に友人たちと見に行ったきりか? 懐かしいな。
社畜時代は友人たちとも疎遠になったし、彼女とデートするって言っても映画を見るとラブロマンスばかり。元カノもホラーは苦手な方だったな。
映画の内容は、とある大学の演劇サークルでの話。夏休みに孤島の洋館で合宿をすることになった演劇サークルの面々。
劇中の怪人が現れて惨劇が起こるというものだった。最初に怪人の姿を見た女子大生。そのことを周りに言うもまともに取り合ってくれない。
彼女の友人の女子大生。これが修二君が好きだというアイドルの女の子が演じている。その修二君が好きなアイドルの子が怪人を目撃する。
最初は悲鳴をあげるもすぐに笑う。どうせ、誰かが怖がらせようとしているだけだと、単なる冗談だと思って怪人に近づく。
しかし、怪人は彼女の首を絞めながら持ち上げる。ここで彼女も異常に気づいた。手足をバタバタさせて、そのまましばらくすると手足がだらーんと垂れさがる。
翌日、彼女の無残な姿が発見されて、演劇サークルの間に激震が走り、これから惨劇が始まるのだ。
……いや、修二君の推しが序盤で死んでる。修二君って確か、この子を目的にこの映画を見たんじゃなかったっけ? まだ始まって10分程度しか経ってないような気がするけれど、え? 後1時間以上この映画あるよ。修二君は推しが死んだ状態で苦手なホラーを見続けることになるの?
控えめに言って修二君には同情をせざるを得なかった。映画の内容というものはできるだけネタバレされない方が良いのかもしれない。でも、これに至っては序盤にちょい役しか出てない等の情報は欲しいのではないかと思ってしまう。
そのまま映画は進み、サークルの部員たちが次々と殺されていく中、最後に残った男女2人がなんとか怪人を撃退して孤島からの脱出に成功する。
これでハッピーエンド……かと思ったら、最後に怪人の死体がむくりと起き上がり、不気味な笑い声をあげて終わるというホラー映画にありがちな後味の悪い終わりとなった。
上映終了後、修二君の方を見るとかなり青白い顔をしていた。腕を見るとなんか鳥肌が立っている。
「え、あ、な、なんすか。最後のアレ! 2人が元の日常に戻って終わりで良いじゃないっすか! どうして怪人が復活したところを流すんすか!」
「さあ? またこの怪人を使って続編映画を出すつもりなんじゃないかな? その伏線ってやつ?」
我ながらかなりメタいことを言ってしまったような気がする。
「なんか推しを見に来たのに、損した気分っす。動画配信だったら、推しが死んだ時点で視聴やめてるっすね。映画館だし、途中退室するのはなんか嫌っすから最後まで見たっすけど」
「修二君はホラー苦手だからね」
「やっぱり苦手なもんは無理して見るもんじゃねえっすね……あ、狩谷さん。トイレとか大丈夫っすか?」
「いや、俺は大丈夫だけど」
「……俺は行きたいっす」
「それじゃ、トイレの前で待ってるよ」
俺がそう言ったら、修二君が俺の手首を掴んできた。
「なに?」
「一緒に来て欲しいっす」
まさかの連れションだった。社会人にもなってやるとは思わなかった行為である。
「もしかして、ホラー見た後は1人でトイレにいけないタイプ?」
修二君が恥ずかしそうにコクリとうなずいた。
「まだ昼間だよ」
「あの怪人は昼間にも出たっすよ!」
まあ、幽霊とかじゃないし昼間に出ることもあるだろう。怪人に昼夜の概念とかあるのか知らんけど。
「わかったよ。それじゃあ、ついていくよ」
「ありがとうございます」
こうして、俺は修二君と一緒に男子トイレに入ることになった。ショッピングモール内のトイレは割かしキレイであった。よく掃除が行き届いていて気持ちが良い。
修二君が小便器の前に立ち、用を足し始めた。俺も釣られて、小便器の前に立った。
「え? 狩谷さんもするんすか?」
「うん。なんかトイレに来たから出さないと損かと思って」
また後でトイレに行きたくなったら面倒だ。ここで無理矢理にでも出しておけばトイレに行く回数を減らせる。
用を足した後に、ちょうど昼過ぎあたり。まだ昼食を食べてないので腹が減っている状態である。
「飯、どこで食いますかね?」
「フードコートで良さそうだけど」
「そっすね。そこが手軽に食えますからね」
というわけで、俺たちはフードコートに移動して飯を食うことになった。
修二君はたこ焼きを。俺は海鮮丼を頼んでそれぞれ食べ始める。
「それにしても、さっきの映画怖かったっすね」
「まあ、そうだな。パニックホラー系はどうしてもこちらの戦力が制限されてしまうからね」
「ああ、そうっすね。狩谷さんはダンジョンに潜った経験とかあるんすよね。やっぱり、武器とかちゃんと持っているからモンスターが怖くないとか?」
「怖くないと言えば嘘になるかな。1歩間違えば死ぬのはホラーと変わらないというか」
「うーん……これだけダンジョンが流行っているんだから、ダンジョンを題材にしたホラーとかできそうじゃないっすかね」
「ダンジョン×ホラーか。たしかに。ありえそうと言えばありえそうだな。でも、ダンジョンともなるとこちらも武器を使えるわけでいくらでも対処できそうだけど」
ゾンビだって銀製の武器に弱いし、ゴーストだって清められた武器に弱い。そうした特効武器があるからそいつらは全く怖くない。
「ダンジョンの武器が通用しないような相手だったら怖くないっすか?」
「たしかに怖いな」
人間は基本的に弱い。ダンジョン配信者は武器を持っているからモンスターに立ち向かえているわけで、その武器が制限されたり役に立たないと絶望感が半端ないだろう。
「ダンジョンって閉鎖空間だし、絶対怖いと思うっす。俺、そういう映画撮ってみようかな」
「修二君映画撮ったことあるの?」
「ないっす。素人っす」
アイディア自体は良さそうだけど、クリエイティブなメンバーが足りてないという悲しい結果に終わった。
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