第18話 スローライフ配信者。ショッピングモールに行く
俺は今、修二君と電話をしている。この近所では貴重な若者というか歳が近いと言うと、彼はまだ20歳未満なので俺の方が図々しくなってしまう。
修二君は俺とよく話してくれるし、配信も見てくれるし、そこは本当にありがたい。
「狩谷さん。今度、市街地の方に行きませんか?」
「市街地か。そこではまだ遊んだことはないかな」
一応は、俺が住んでいるところの市にも街はある。ここは本当に農村って感じだけど、一応は市街地となっている場所もあるのだ。
俺がこの家に引っ越してきた時も、一旦は市街地まで駅で向かって、そこからバスでこの村に来たという交通経路であった。
「市街地は良いですよ。ショッピングモールがあるし」
「ふんふん。他には?」
「……えーと……。ショッピングモールの中に映画があるでしょ……ボウリング場もあるし。フードコートもレストランもあるから食事には困らない」
どうやらほとんどのことがモール内で完結できるようである。都会の感覚に慣れているとどうにも1つの施設で完結できることに不思議な感覚がする。
「まあ、俺もたまには市街地の方に行ってみたいね」
「でしょ。ここの田舎の空気も悪くないけれど、たまには人が多いところに行きたいっすよね」
人が多い……? あれで? 駅周辺でもそんなに人が多いようには感じられなかったけれど。
むしろ俺は市街地でも人が少ないことに感動さえ覚えていたような気がする。都会だと人が多いからどうにも早歩きをしないといけないような空気があるからな。
人の流れに沿って移動して……なんとも
「じゃあ、今度、休みの日を合わせていきましょうよ」
「あ、ああ。そうだな。そっちの都合に合わせるよ」
俺はフリーというかほとんどが休日みたいなものだし。配信スケジュールも自分で決められるからな。
「実は見たい映画があるんすよねえ。でも、1人で見たくないというかなんというか」
「ん? 1人で見たくない?」
「そうっす。まあ、言ってしまえばホラー映画なんすけどね。狩谷さんは平気っすか?」
「まあ。別に平気と言えば平気だな。ダンジョン内にはゴースト系とかスケルトン系とかゾンビ系とか。そういうモンスターもいたし、それである程度耐性は付いてる」
「そうなんすか。ダンジョン。恐ろしいところっすね」
修二君の声が少し震えている。よっぽどホラーが苦手なんだろうな。
「それにしてもホラー苦手なのに、どうしてホラー映画を見たいって思ったんだ?」
「あー。実はね。俺の好きなアイドルが出ているんすよねえ。その子が出るドラマや映画は大体チェックしてるっす」
「なるほど。だから見たいってわけか」
こういう好きな俳優が出ているからその作品を見るって人は一定数いるわけで。日本のエンタメ業界は作品のイメージにあったキャスティングよりも、その時人気の俳優・タレントをキャスティングするようにしているって言うのも、こういう戦略なんだろうなとは思う。
「というわけで、ホラーなんで昼間に見たいっす。夜はどうしても怖いので」
「なるほど……」
なんとなく、俺を誘ってきた理由がわかってきた。恐らくは他の友人たちは昼間に捕まらないから、スケジュールに融通が利く俺に白羽の矢が立ったわけか。
まあ、どんな理由にしろ誘われたら嬉しいわけで断るつもりはない。
「わかった。それじゃあ、またスケジュールが決まったら連絡してくれ」
「はい」
◇
というわけで、俺と修二君は平日の真昼間から遊ぶことにした。修二君も生き物を相手にする養鶏所で働いているため、土日に必ず休めるというわけではない。だから、基本的には平日に休みを取ることができるのである。
修二君の車で市街地に向かっていく俺たち。村を抜けて市街地の方にいくと人がまばらに見え始める。
「いやあ。平日だからあまり人がいないっすね」
「そうだね」
都会だと平日の昼間でも人が多いけどなあ。修二君に本物の都会ってやつを見せてやりたい気分になってきた。きっと驚くことだろう。
「そろそろモールに着くっす」
修二君はショッピングモールの広い駐車場に車を停めた。広々とした駐車場。運転に自信がない俺でも安心して駐車できると思う。ペーパードライバーの俺はもう何年も運転してないし、ましてや駐車なんてしてないからな。
「それじゃあ、映画の時間までその辺で買いしましょうか」
「うん、そうだな」
俺たちはショッピングモールを見て回ることにした。この広いショッピングモール。初見ではどこになにがあるのかさっぱりわからない。俺は修二君に案内されるがままについていった。
「ここは雑貨屋っすね。まあ、見ていくだけでも結構おもしろいっすよ」
ゆったりとした店内BGM。照明が明るくて白を基調にした壁紙と床で清潔感溢れる雑貨屋である。店の入口にはかわいらしい猫の置物が売り物として置かれていて、これが客寄せ効果になっているのかもしれない。
「うーん……色々な雑貨があるな。こっちは食器のコーナーか。シンプルながらに良いデザインだな」
「買うんすか?」
「うーん……俺は一人暮らしだし、そんなに食器を使わないからな」
自炊しない日もあるし、そこまで食器の出番はないのはなんとも悲しい。1人暮らしをするには十分な食器はあるし、これで彼女ができて同棲したらまた食器を買い足すことになるのかもしれない。
そんなこと言っても取らぬ狸の皮算用ではあるが、田舎は人が少ない分本当に出会いがないなと痛感してしまう。都会にいてダンジョン配信者をしていた時も出会いなんて全くなかったけれど。そんな都合よく有名な美少女配信者を助けてバズったりなんてしなかった。
だって、考えてもみて欲しい。美少女配信者の大半は囲いがいるわけで、その囲いを利用しない美少女配信者がどれだけいることか。「俺がこの子を守らなきゃ」とナイト気取りの男たちが美少女配信者の周りに常にいるのである。そいつらが大体ことを片付けるから、通りすがりの俺が美少女を助けました! なんて展開はないのである。美少女を助けて仲良くなりたければその囲いになるしかない。これが現実なのである。
俺も正直、ダンジョン配信者を始めた時は美少女配信者を助けてそこから仲良くなるみたいな妄想をしたことはあった。でも、現実を知ればそんな妄想はありえないことがわかって悲しかった。
「あ、ブックスタンドがある。俺、ちょっとこれ欲しいっすね」
「ふーん。ブックスタンドか。修二君ってなにか本でも読むの?」
「漫画とか結構読むっすよ」
「へー。そうなんだ。俺、最近の漫画はよくわからないな」
「そうなんすか?」
「うん。ブラック企業に勤めていた時は漫画を読む余裕とかもなかったからね。そこで一旦読まなくなってから、漫画はあまり買ってないかな」
「あー。なるほど。自然消滅ってやつっすか」
自然消滅。言い方的には正しいのかわからないけれど、大体そんな感じで読んでいたものを読まなくなるのは今のご時世ありえるだろうな。
娯楽というものは時間と心に余裕がある時じゃないと中々手が出せない。そして、1度その余裕がなくなってしまったら、もう1度埋めるのは意外と難しいのかもしれない。
本当にブラック労働は悪い文明だ。娯楽産業の衰退につながってしまう。日本が誇る文化を守るためにも、人間がもっと余裕を持てる労働環境に改善されるべきだと俺は思う。
「もう1度漫画とか読んでみようかな」
「あ、だったら、俺オススメの漫画とか色々あるっすよ。後で本屋に行きましょうよ」
「おお、それは良いね」
読んでいる漫画が同じなら共通の話題というものができて、もっと修二君と仲良くなれるかもしれない。
会話のデッキは多いに越したことはないからな。楽しみが1つ増えた。
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