第17話 スローライフ配信者。農作業の手伝いをする

 少しながらも配信業で収入を得ることができるようになった俺は生活というか心に余裕ができ始めていた。


 いつものスーパーに買い物に行き、総菜を1つ多く買うことができて食という娯楽を楽しめるようになっていた。と言ってもその総菜も値引きシールを貼られたもので、まだまだ適正価格で買うようなことはできてないけれど。


 そんな生活にも微妙に余裕が出始めた頃、また例によって朝早くに起きてしまったので、朝焼けが見えるような時刻の早朝散歩に出かけると新村さんがまた早朝から農作業をしていた。


「おはようございます。新村さん」


「お、蓮君じゃないか。また朝早いね。いいことだ」


「新村さんこそ、朝早くからお疲れ様です」


 新村さんは朝早くて本当に感心する。新村さんはクワで畑を耕している。


「蓮君もやってみるかい?」


「え? いいんですか?」


「ああ。もちろん、手伝ってもらった分のお礼はするつもりだ。ちょっと待ってな」


 新村さんが畑の脇に置いてあったクワを持ってきて俺に手渡してきた。


「こうやってやるんだ」


 新村さんが畑をクワで耕す。慣れた手つきでザックザックと耕していく。俺も見様見真似でやろうとしてみた。


「おっと。持ち方が違うな。こう、真ん中と根本の部分を持つんだ」


「あ、はい」


「基本的な位置はそこで、後は各自が持ちやすいように細かい位置は調整しても良いぞ」


「なるほど」


 俺は新村さんと同じようにクワを畑にザクっと入れてから手前にササっと引く感じで畑を耕していく。


「1度にそんな大きく耕さなくても大丈夫だ。数回に分けて確実に耕していこう」


「こんな感じですかね」


 俺は新村さんのアドバイス通りに畑を耕してみた。新村さんはうんうんと頷いている。


「おお。中々に上手いじゃないか。しっかりとできているな。初めてにしては上出来だ。はっはっは。筋がいいじゃねえか。どうだ? 蓮君。俺の跡を継がねえか?」


「いやいや。新村さんもまだ引退するようなお歳ではないでしょ」


 正確な年齢はまだ聞いてないけど、新村さんは見た目的には40歳くらいに見えるからまだまだ現役だろうか。


「ははは。ちげえねえな。まだまだ女房子供を養わないといけねえしな」


「へえ。新村さんってお子さんがいたんですね」


「ああ。今年中学生になった娘と小学生の息子がいるな」


「そうなんですね」


「ああ。娘は最近、どうも俺に冷たくてな。まあ、年頃と言えばそうなんだけど、父親としては悲しい」


 新村さんはクワの音が少し鈍る。先ほどまでの軽快な音とは違って、娘に冷たくされている話をした時に鈍い音がし始めた。


「お父さんというのも大変ですね」


「ああ。蓮君も将来家庭を持つとわかるぞ。父親の苦労ってやつがな」


「あはは、随分と先の話になりそうですね」


 仕事をやめて彼女に振られた俺にはまだまだ縁遠い話である。


「なんだ。蓮君にはそういう相手がいないのか?」


「まあ、いたにはいたんですけどね……」


「そっか。悪いことを聞いちまったな」


「いえいえ。大丈夫です。もう随分と前の話ですから……それに、今にして思えば、そこまで良い彼女でもなかったような」


「そうなんか?」


「ええ。まあ、その仕事をやめたらすぐに別れを告げられましてね。かと言って、俺がブラック企業に勤めていたときも精神的な支えになっていたかと言われると、そうでもないような。むしろ、会社では上司に媚びへつらい、プライベートでは彼女のご機嫌取りする日々で休まる日がなかったかな」


「あー。それは辛いな」


「当時の俺はそんな彼女でも好きだったんですけどね。でも、結構、精神的にやられていて冷静な判断ができなかっただけで、今こうして平穏な日常を生きていると……もっと早く別れていても良かったなって思えてしまうんです」


「ははは。まあ、なんにせよ未練がないことは良いことだな。男がいつまでも昔の女を引きずってたらいけねえ。前を見ないとな前を」


 そんな雑談をしながら、俺たちは畑を耕していく。元カノの愚痴を聞いてもらえて、俺は少し気が楽になったような気がした。色々と俺もうっぷんが溜まっていたんだろうな。


「新村さんの奥さんはどんな人なんですか?」


「まあ、なんだ。ちょっと口うるさいけど、こんな俺に付いてきてくれる良い女房だよ」


 新村さんは声を上ずらせながらそう言う。照れくさそうに笑っていて、それだけで新村さんが奥さんのことを好きなんだってことが伝わってくる。


「へえ。良いですね」


「まあ、口うるさいって言っても俺が酒飲みすぎているのが悪いんだけどな。がはは」


「そんなに飲むんですか?」


「まあ、仕事終わりの1杯はどうしてもやってしまうな」


「それってほぼ毎日じゃないですか?」


「ああ、だから最近は年齢のせいもあってか酒を取り上げられちまってるんだ。休肝日を作れとか言ってきてなあ。まあ、女房の方が正論なのはわかってんだけどなあ」


「そうですねえ。新村さんの健康を心配してくれる良い奥さんじゃないですか」


「そうだなあ。宅飲みは止められても、付き合いでの飲みはそこまで強く否定してこないしな」


 そういえば、この前の小料理屋行った時も新村さんは俺を口実に飲みにいけるとか言ってたっけ。


 完全に頭ごなしに否定せずに譲るべきところは譲る。まさしく良い奥さんだと思う。


「ふう……」


 俺は額に滲んできた汗を手で拭った。かなり、疲れてきた。これでも、ダンジョン配信者をやっていた時期は体を鍛えていたけれど、それでも農作業は疲れる。俺がまだこの作業に慣れていないというのもあるのだろうか。


「いやあ、良い汗かいてきましたよ」


「ああ。この時期は朝と言えど水分補給はしっかりとしないと危険だからな。少し休憩しようか」


 新村さんは未開封の500mlサイズの麦茶のペットボトルを俺に渡してきた。


「ほら。これでも飲みな」


「え? 良いんですか? ありがとうございます。では、いただきます」


 農作業で疲れた体にミネラルたっぷりの麦茶が入る。渇いていた体に水分が吸収されて生き返るようだ。


「ああ、うまいですね麦茶」


「俺は発酵している麦の方が好きだけどな。ははは」


「ははは。また奥さんに怒られますよ」


 俺も仕事終わりにビールを飲むことはあった。だから、新村さんの気持ちはわかってしまう。


 仕事終わりのあの魔力に逆らえない気持ちが。


 休憩もそこそこにして、俺たちはまた作業を開始した。そして、気づいたらぼちぼちと登校途中の小学生が見えるような時間帯になってきた。


「ふう。蓮君。お疲れ。あんまり付き合わせすぎても悪いから、そろそろ終わりにしようか」


「え。俺はまだまだいけますよ」


「おお、すごいな。さすがの若者の体力だ。でも、流石にこれ以上拘束するわけにはいかねえ。ほら、これは報酬だ取っておいてくれ」


 俺は新村さんからお金を受け取った。報酬は3000円ほど。2時間働いてこの金額はまあまあもらえた方だろう。


「蓮君。また忙しい時期になったら、手伝ってもらうこともあるかもしれない。その時はよろしくな」


「ええ。時間があったらいつでも手伝いますよ」


 今のところ定職についてない俺にとっては時間しかないけれど……と言っても動画の編集作業や配信での報酬。新村さんの手伝い等で定職に就かずともお金は入ってきているのである。


 このままいっそのこそ、定職につかずにフリーで仕事をしていくかなと、そんな人生設計が浮かんできた。なにも会社に属することだけが人生じゃないんだ。


 そんな思考が俺の中で芽生え始めてきた。ただ、やはりそうした場合は自由だけど生活が不安定で、それはそれで大変であることは間違いない。

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