第16話 スローライフ配信者。投げ銭を受け取る
「そういえば、収益化できるようになったので投げ銭できるようになったんですよね。まあ、俺に投げ銭してくれる人なんて誰もいないでしょうけど」
俺は自嘲気味にそんなことを言ってみた。決して催促するつもりはなかった。ただ、その機能がついたことを紹介したかっただけなのに……
:お、なんだこのボタンは? \1200
「え、あ、ちょ……あ、ありがとうございます! え、良いんですか? 送る相手間違ってませんか?」
まさかの投げ銭が飛んできて俺はしどろもどろになってしまう。全くの予想外の一撃。
「わ、わあ。ありがとうございます。今後の活動に活かしますね……あ、そうだ。ついでに今のマナナッツの成育状況も見てみますか?」
この配信に来ている人はどちらかと言うと俺に興味があるというよりかはマナナッツの方に興味があると思う。だから、それを見せることの方が視聴者的にはありがたいことだろう。
せっかく、人が来てくれたんだ。その需要はできるだけ満たしたい。
「ちょっと待っててくださいね」
俺は配信部屋から出て、マナナッツの鉢を取りに行った。そして、それをカメラに映した。
結構成長してきて茎が伸びて葉の数も増えてきた植物。俺としては結構愛着がわいてかわいいと思うけれど視聴者はどう思ってくれるのだろうか。
「はい、こちらが現在のマナナッツの状況です」
:きちゃああああ!
:これを見に来た
:ちゃんと育ってるね \900
「わわ。また、ありがとうございます。やっぱり、マナナッツの成育状況とか気になりますよね。俺も枯らさないようにひやひやしながら慎重に育てています」
:植物は種類によって育て方全然違うからその辺は難しいよね
「ええ。そうなんですよね。自分の育て方が正解かどうかもわからなくて……」
:マナちゃんの水代 \3000
「え……3000円!? 高い! こんなにもらっていいんですか? ありがとうございます。これで水道代払ってきます」
まさか、こんなに投げ銭してもらえるとは思わなかった。収益化してもどうせ大したお金は入って来ないだろうと思っていただけに、これは嬉しい誤算とでも言うべきだろうか。
流行りのダンジョン配信で稼げるならまだしも、それ以外の要素で結構もらえるなんて思いもしなかったな。
:俺もマナナッツ植えたけど、まだ芽が出てこないんだよね
「他にも植えた人がいるんですよね。みんな芽が出てないみたいですけど、芽が出ると良いですね」
:もしかして発芽に結構時間かかるのかな?
「いや、そんな発芽に時間はかかるとは思わなかったですねえ。1週間以内にはもう芽が出ていたとは思います。その辺はちょっと覚えてないですけど」
なにせ、初めて芽が出たのが飲んだ日の帰り。二日酔い中だったからなあ。あんまりその時の詳しい状況も今となっては思い出せない。
:そっか。1週間経っているし、もうダメかもしれないね
コメントしてくれた人の顔は見えないけれど、悲しそうな顔が目に浮かぶ。俺もダメ元で植えてみたけれど、もし芽が出なかったら悲しい想いをしていたと思う。ましてや、成功者がいるという状況で。
「植物の育てるのは案外難しいですからね。色々と土を変えてみるとうまくいくかもしれません」
俺からできるアドバイスはこれくらいしかない。植野教授が言うには、俺の庭の土には珍しい微生物が生息しているらしい。そのお陰でマナナッツが育ったのであれば土を変えるともしかしたらうまくいく可能性だってあるんだ。
「参考までに俺の使っていた土はアルカリ性だったんですよね。それが関係しているかわかりませんが、そこから変えてみるのはどうでしょうか」
:土壌の状態とか気にしたことなかった
:うわ。うちの土は酸性だった
:土をアルカリ性にしたいなら石灰を撒くといいらしいよ
「というわけでみんなのマナナッツを育てるのに挑戦してみてください。もしかしたら、第2、第3の成功例になれるかもしれません」
:データなんてなんぼあっても良いですからね
データはなんぼあっても良いというのはまさにその通りで、俺も最初の例だけにかなりプレッシャーがかかっている状態である。正直言って、この状況はちょっとしんどいと言うか、仲間が欲しい。一緒にマナナッツを育てている仲間で意見交換とかしたい。やっぱり、どうしても1人では限界がある。
そういう意味では、土をわけた植野教授は可能性はあるかな。彼ならマナナッツの種くらいはいくらでも手に入るだろうし、もう芽を出していてもおかしくはない。
「おっと、もうこんな時間だ。それではそろそろ、配信の方を終わりにしましょうかね」
:おつかれー。楽しかった
:こういうのんびりできる配信でしか摂取できない栄養がある
:ド派手なダンジョン配信もいいけれど、たまにはまったりしたいね
「ははは。ダンジョン配信ももう飽和状態で新規参入も中々に難しいですからね。わかります。それでは、そろそろ締めましょうか。ここまでお付き合いいただきましてありがとうございます。それでは、また会いましょう。おやすみなさい」
俺は配信を締めた。そして、夜も良い時間だったので明日に備えてねることに寝ることにした。
◇
配信した翌日。俺の家の郵便受けに封筒が入っていた。差出人は植野教授である。
その封筒の中身を開けて見ると、例の俺が育てたマナナッツの検査結果が出ていた。
DNAを検査した結果、マナナッツの種と同種のものと認めるという検査結果が出ていた。
「やっぱり……これはマナナッツで確定だったんだ」
その辺の雑草でなくて良かったと思う反面、これを枯らすわけにはいかないというプレッシャーが余計に感じられてしまう。
でも、ひとまずはこのマナナッツが本物だということに喜びを感じよう。
「お前、本物のマナナッツだったんだな」
俺は鉢のマナナッツにそう話しかけた。その時、風が吹いてマナナッツの葉が揺れた。なんとなくマナナッツの葉が俺の言葉に返してくれたような気がした。
「これをみんなに報告しないとな」
俺はSNSに検査結果を伝えることにした。
『例のマナナッツと思われていた植物。大学のDNA検査の結果、本物のマナナッツであることが判明しました。いえーい!』
その投稿もすぐに反響があった。あっという間にいいねと拡散をされて、どんどん伸びていった。
『おめでとうございます』
『やっぱり本物のマナナッツだったんだね』
『信じていて良かった』
コメントも大量について、通知が追いきれない。更にフォロー数もどんどん上がってきている。
「こ、これは一体……」
俺はSNSのトレンド一覧を見た。そうしたら、トレンドのホットワードに、マナナッツと書かれていた。
「これは……俺の投稿がきっかけでマナナッツがトレンドにあがったのか?」
トレンドに入ったことによって、俺の投稿が更に注目されることになった。これは普通に嬉しい。今までの俺だったら確実にトレンドに入れる力はなかったからな。
ただ、かなり有名になったかと言えばどうでもない。フォロワー数もまだ数百程度で4桁も行っていない。万バズアカウントは数千とか数万行っているのもあるし、そういう次元までは俺はいけないかな。
でも、俺は嬉しい。俺に興味を持ってくれてフォローしてくれて配信を見てくれる人がそれなりに多くいる。そういう人たちを大切にしてこれからも配信していきたい。
人には人の、俺には俺のペースってものがあるんだ。万バズしたらそれは嬉しいけれど、数字だけに囚われるんじゃなくてそれ以上に価値のあるものを俺は見つけていきたい。
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