第15話 スローライフ配信者。収益化する

 9月。暑い。誰だ。9月を秋だって言ったのは。そりゃ、8月よりも気温は下がっているんだろうけれども、まだまだ夏の延長戦が終わってねえじゃねえか。


 早いもので8月に越してきたここでの生活も一ヶ月が経過していた。ここの生活にも慣れたかどうかと言うと……まだまだである。生活の基盤というものがまだ安定していない。


 一応はフリーで動画編集の仕事をしているものの、それだけである。今はまだ社畜時代に貯めた貯蓄を切り崩してなんとか生活している段階である。


 と言ってもその貯蓄もいつまでも持つわけではない。ダンジョン配信者をやっていた期間もその貯蓄は削られ続けていた。


 元は当時付き合っていた彼女と結婚するためにためていた貯金。しかし、彼女と別れてしまった今となってはその金の使い道もなくなってしまった。


「生活が安定さえしてくれればなー」


 いっそのこと、無理してでも車を買うべきだろかと思ってしまう。行動範囲が広がれば通勤エリアも広がって仕事をより見つけやすくなるし、ここでの生活も便利になるというものである。


 でも、無職でローン申請が通るのかどうかが疑問である。車を買ってしまったらその頭金で更に蓄えていた金が削られてしまう。収入が限られている状況で、そんなギャンブルみたいなことをしても良いのだろうか。


 都会だったら、日雇いのバイトはいくらでもあるから生活に困ることはなかったんだよな。ダンジョン配信者やっていた時も、日雇いのバイトをして小遣い稼ぎをしていた時期はあったし。


「あーあ。収入の柱増やしたい……」


 俺は畳がある部屋でぐでんぐでんに寝転がって、あるはずのない妄想に囚われていた。5000兆円なんて贅沢は言わない。その1億分の1でいいから欲しい。


 例えば、ここでスマホをいじる。自分の配信チャンネルを見たとする。収益化できていたらと……


「いや、申請できるようになってるわ」


 動画の収益化には一定の審査基準がある。駆け出しの投降者はその収益化のラインにすら到達しないのであるが、今の俺は動画の再生時間等が収益化の基準に満たして申請できるようになっていたのだった。


「マジかよ。収益化かー」


 ダンジョン配信をやっていた時には到達しなかったこの収益化のライン。どうせ、お前なんか収益化したところで金なんて1円も稼げねえぞ。なんて運営から言われているようで悔しかった。


 でも、こうやってスローライフ配信チャンネルに切り替えて徐々にチャンネル登録者数も伸びてきたところで収益化が認められるようになった。


「ふふ、ぷく、ぷぷぷぷ」


 ダメだ。急に笑いが止まらなくなった。こんなこと嬉しすぎて笑うなって言う方が無理だ。


 動画投稿サイトで収益化することが大変なのは俺が良く知っていることである。実際に俺もかなりの長い期間、収益化できずに底辺で辛酸をなめ続けていた。


 収益化できるということは、一定の数字が見込めると運営に判断されたということで、ある種の承認欲求が満たされていくのを感じる。


 恐らく、俺のチャンネルならそこまで収益があるわけでもないだろう。数百円、数千円、の金が手に入ればいいかな程度でしかない。生活の基盤どころか生活の足しになるかどうかも怪しいレベルである。


 それでも、収益化という1つの目標が達成できただけでこんなに嬉しいものなのか。舐めていた……収益化の歓びを!


「これは……やるしかねえな。収益化記念配信」


 多くの動画配信者がやると言われている収益化記念配信。自分が動画を配信する側になる前までは、なんでこんなもの一々やるんだよと思っていたりもした。


 でも、自分が配信する側になってようやくわかるようなこともある。こんなの嬉しすぎて誰かに報告したいに決まっているだろ。


 というわけで、早速収益化申請をして、収益化が通るのを待つ。早く収益化通らないかなとワクワクしてきた。



 収益化は存外早く通った。これにて、俺は無事に動画配信者で金を稼げるようになるってわけだ。職業に動画配信者って書けるようになるのか?


「みな様に大切なご報告があります。実は、このレンのスローライフちゃんねるですが、無事に収益化申請が通りました! それを記念して、今夜収益化記念配信をしようと思います。 っと」


 俺はSNSにその旨の投稿をした。投稿してしまったからにはもう退くことはできない。今夜枠を取って初めての収益化配信をする。


 今夜が楽しみだ。ワクワクとしながら時間が過ぎるのを待っていた。SNSに投稿してからしばらくすると俺のスマホに通知が来た。これは、修二君からのメッセージだ。


【狩谷さん。収益化おめでとうございます! 友達に狩谷さんのチャンネルを紹介してたりしたんですけど、友達も喜んでいましたよ】


 修二君のメッセージを見て俺は胸が熱くなった。リアルの友人にお祝いされると更に嬉しさが倍増する。しかも、修二君は友達に俺のチャンネルを紹介してくれたとも言っている。本当に修二君はいいやつである。


【ありがとう。修二君。友達に紹介してくれて助かったよ。収益化できたのは、修二君含めたみんなのお陰だよ】


【いえいえ。こちらこそ、動画を楽しませてもらっているからお互い様っす。今夜の配信も楽しみにしてますね】


 そう言えば、修二君も俺の配信を見ているんだったな。いざ、配信を知り合いに見られているとわかってしまうと緊張してしまう。これまでは実際に見られているかどうかは未確定だったからな。修二君だって全ての配信を見ていたわけでもないだろうし。


 SNSにも俺の投稿に反応してくれている人がいる。


【おめでとうございます。いつも配信を見ています】


 ありがとう。その反応が本当に嬉しい。お礼のメッセージを返信してと……さてと。今夜の配信の内容を決めないとな。無難に雑談配信とかでいいだろうか。


 俺の営業で鍛えたトークスキルで無双してやるぜ……営業のトークスキルで配信で活きるかどうかは知らないけれども。


 そんなこんなで俺の雑談配信が始まった。配信開始時の視聴数は113人。ちょっと前の俺には考えられないような数字である。


「こんにちは。レンです。本日はなんと……このスローライフ配信ちゃんねるの収益化申請が通りましたー! いえーい!」


:おめでとー!

:良かった。良かった

:マナナッツの配信の時から見ていました


「あー。やっぱり、マナナッツの配信から見ていた人が多いんですかね。この中でダンジョン配信の時から見ている人っているんですかね?」


 しばらく待ってみる。しかし、俺の問いに答える人はあんまりいなかった。


 おかしいな。ダンジョン配信やっている時も10人くらいは登録者はいたはずなのに。その人たちはどこに行ったんだろうか。


「えー、ダンジョン配信の時から見ていた視聴者さんはいないということで……ということは、マナナッツの人が最古参になっちゃいますかねえ」


:きっと照れてコメントできてないだけでいると思いますよ


「あ、そうですね。ありがとうございます。照れてコメントしてないだけですよね? いやー、良かった。ダンジョン配信時代の俺を知っている人はちゃんといたんだ」


:マナナッツから入ったけど、ダンジョン配信のアーカイブ見ました


「お、アーカイブ見てくれた人もいますね。ありがとうございます。どうでしたか?」


:そこそこ強いし、しゃべりも悪くないし、どうして有名にならなかったのかわからなかったです


「うわ! ありがとうございます。本当にそう言ってもらえると救われます」


 そうなんだよな。俺も身長もあるし、学生時代には運動部に所属していたから筋力と体力もある。弱いわけないのに……


:バズるかどうかは時の運ですので仕方ない部分はあると思います


「運ですかねえ……まあ、でも、こうしてスローライフ配信でみんなと出会えたことに俺は感謝してますよ。ダンジョン配信で伸びていたら、スローライフ配信することもなかったですからね」


 そう考えると逆にダンジョン配信で伸び悩んでいたのは良かったのかもしれない。これも不思議なめぐりあわせというやつだろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る