第14話 スローライフ配信者。動画編集依頼を受ける

「よし、今日もがんばるぞ」


 朝、目が覚めた俺は早速パソコンへと向かった。俺はなんやかんやあって動画編集の依頼を受けることになった。朝食前に俺はその編集作業をすることにした。


 ダンジョン配信者の切り抜きと字幕編集をするというものであった。


 配信内容を見ながら見どころになる部分を俺のセンスで抽出して、その部分の字幕を入れる。


 ダンジョン配信者が緑色で子供ほどの大きさの小鬼のモンスターと対峙している。そのモンスター相手にダンジョン配信者が剣を振るう。


「とりゃあ!」


 ダンジョン配信者が……あまりうまくない剣を振るった。剣はスカされてしまいダンジョン配信者がこけた。


「いた!」


 この小鬼のモンスターは決して強いモンスターではない。それでも、この配信者は小鬼に苦戦してしまっている。


 よし、このシーンを切り抜こう……それにしてもこのダンジョン配信者。あまり強くない。実力で言えば俺の方が確実に強かったはずだ。


 しかし、この配信者と俺のチャンネル登録者数。視聴者数ともに比べ物にならないくらいに差が開いてしまっている。


 とても悔しい! ダンジョン配信はやはり実力と人気が必ずしも一致するものではないである。


 でも、この芸術的なこけ方は人気出ても仕方ないと思う。このガバガバ具合は普通に面白い。でも、俺の動画配信がこれくらい面白いかと言われると……客観的に見てもあまり面白くないな。


 他人の配信を見ていると嫌でも自分の配信のダメな部分がわかってしまう。俺は淡々とモンスターを倒すだけだったからな。


 かと言って、それでも俺以上にストイックにモンスターを倒す配信者がいて、ガチ勢が好きな人はそっちに視聴者を取られてしまう。


 世の中世知辛くて中々にうまくいかないものであるな。


 編集作業をすること1時間。できた切り抜き動画の再生時間は5分程度。まあまあできた方ではないだろうか。


 そろそろ腹が減ってきた。朝食の時間にしようと俺は2階にある自室から降りて1階のダイニングへと向かった。


「さてと。今日の朝食は簡単に済ませますかね」


 俺はボウル皿にフルーツグラノーラを入れる。その中に牛乳を入れて食べられる状態にする。更に俺の冷蔵庫の中にはとっておきの発酵食品がある。


「よし、これを使うか」


 ビンの中に詰められたヨーグルト。カスピ海ヨーグルトである。スーパーでカスピ海ヨーグルトの種菌が売っていたのでそれを買って育ててみたのである。


 小皿にヨーグルトを盛り、その上にブルーベリージャムを乗せる。少しカルシウムに寄っている気がするけれど、まあまあの朝食になったのではないか。


「いただきます」


 俺はフルーツグラノーラを食べる。シャリシャリとした食感とドライフルーツのぐにぐにとした食感。この食感が好きなのである。


 次に俺はヨーグルトを食べる。適度に混ぜたブルーベリージャムと粘り気のあるヨーグルト。舌触りも滑らかなヨーグルトとジャムの甘さが編集作業で疲れた体に染みわたる。


「実にうまい」


 ヨーグルトを完食した後にフルーツグラノーラを食べる。牛乳を吸って少しふやけて先ほどのシャリシャリとした食感とはまた違う食感が楽しめる。こうした時間経過によって変わる食感というのもまた面白いもので、俺は個人的には好きである。


「ふう……よし、完食」


 俺は食器を片付けて洗ってからまた編集作業を始めた。


 先ほどの配信者がまた別のモンスターと遭遇する。強いモンスターではないものの、それでもこの配信者はそのモンスターに苦戦する。それを見ていると俺はもどかしい気持ちになってくる。


「ああ。もう……そこでその行動は悪手だろ!」


 気分は完全にプロ野球中継を見て選手に文句を言っている酔いどれのおっさんである。そんなんじゃ、こいつこの先死ぬんじゃないかと思ってしまう。


 俺がそんな心配をしていると配信者はモンスターを倒して、モンスターが持っていたアイテムを手に入れた。


「お、おお! これは……! 幻のレアアイテム。世界樹の杖だ!」


「なに!」


 俺は思わず驚いてしまった。そりゃ、こんなリアクションも取れる。世界樹の杖。それはかなりのレアドロップでダンジョン配信者であるならば喉から手が出るほど欲しい貴重なアイテムである。


 なるほど。この配信者は実力はないけれど、持ってはいるんだ。俺はあんまり運が良くなかったのか、こういうレアドロップとかも拾ったことがない。


 こういう運の持ち主はなんだかんだで死なないんだろうな。配信者に必要なのは運だということを俺は色々とわからされてしまった。


「ここも切り抜き対象だな」


 撮れ高しかないような配信。正直言って羨ましい。そりゃ人気も出る。


 その後もこのダンジョン配信者は危うくひやひやとする展開ながらも薄氷の上を歩くかのごとく、ギリギリのラインで生き残って見事に生還した。


 視聴者から生還記念に投げ銭が大量に送られてくる。


「なるほど……これを装備代にしてできるだけ推しに死んでほしくないってことで稼げるのか」


 こういうタイプのダンジョン配信者っているもんだな。放っておけないって感じの人は案外、配信者として強い。


 さて、切り抜いた部分を最終チェック。BGM、SE、字幕、その他演出諸々。問題はない。この動画を先方に送ってチェックしてもらおう。


 一仕事を終えた後に俺は軽く伸びをした。


 ダンジョン配信か。負け惜しみじゃないけれど、俺は早めに足を洗えて良かったように思える。


 配信見ていると客観的に不安定で危険な職業だ。この人もいつ死んでもおかしくない状況だった。


 でも、今の俺はそんな死と隣り合わせの状況とは無縁である。


 スローライフの配信をして、そこそこ伸び始めているし、その配信で生きていけるんだったらそえはそれで幸せなことだ。


 なにもダンジョンに潜って英雄になるだけが人生じゃないもんな。こうして、のんびりと過ごして、色々な人と楽しく交流する。


 そんな豊かな人生こそが人間が最も幸せなのかもしれない。


「さて、昼前だし1回、鉢の状態や庭の状態もチェックしよう」


 昼食前に最後の仕事だ。俺はマナナッツの鉢の状態をチェックする。


 マナナッツと思われる植物の茎も伸びてきて、葉っぱの数も増えてきている。結構成長が早くて中々に面白い。


 これがもし、本当にマナナッツで生育してマナナッツを栽培できるようになったらどうなるんだろうか。


 この研究がなにかの役に立つかもしれないし、立たないかもしれない。


 マナナッツはダンジョンのそこら中に落ちているし、わざわざ栽培して増やさなくても十分に供給量がある。


「まあ、そういうのを考えていても仕方ないか」


 俺はマナナッツと思われる植物の状態を見て微笑んだ。ここまで育つと愛着がわく。この植物がかわいいとすら思えてきた。


 役に立つか立たないかで言えば、もう十分にこの植物は俺に癒しを提供して役に立っている。


 観葉植物としての立ち位置を確保できるかもしれないし、それはそれでこの植物も幸せになれるだろう。


 なにも、食べられる植物だけが、生活の役に立つ植物だけが全てではない。


 役に立たなくても傍にいてくれるだけで癒される。そういう存在だってあるんだ。


 俺はマナナッツの写真を撮った。これもSNSにアップしておこうっと。


 最近は、俺のマナナッツの成長を楽しみにしてくれている人も多い。写真をアップすると必ずと言っていいほどに何かしらの反応がある。


 やっぱり、みんな植物の成長とか観察日記とかそういうのが好きなんだなと思う。なにかの成長を見守るのは人間の本能なのかもしれない。


 さて、マナナッツだけじゃなくて裏の畑の状況も見てみるか。


「お、ところどころ芽が出ている」


 ジャガイモとマリーゴールドを植えた畑から芽が出てきた。俺はこれも記念に写真に撮影した。こうしてちょっとずつでも成長してくれるのはとても嬉しい。


「元気に育つんだぞ」


 俺はまだ独身なのに不思議と親の気持ちになってしまっていた。

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