第13話 スローライフ配信者。大学に行く

 俺はパソコンの前で作業をしていた。この前のライブ配信の切り抜き動画を作成しているのである。


 こうして、動画編集作業をしていると結構楽しい。俺は営業向けの人間だと思っていたけれど、こうしたクリエイティブな編集業務も視野に入れて仕事を探すのもありかもしれないな。


 今の時代はリモートで作業ができる。編集業務だって田舎でやることができるんだ。


 作業をしているとインターホンが鳴った。2階の窓から玄関先を見ていると新村さんが俺の家を訪ねてきている。一体何の用だろうか。


 俺は玄関先に向かい新村さんを迎えた。


「やあ、蓮君。時間は大丈夫かな?」


「ええ。大丈夫ですよ」


「実はな。先日、解析してもらった土の成分の結果が出たんだ」


「おお! それでどうしてしたか?」


「なんでも蓮君の家の庭の土には、見たこともない微生物がいたらしい。その微生物がどうもマナナッツの成育に関係しているんじゃないかって説が出ているんだ」


「なるほど……微生物ですか」


 植物はなにを栄養にしているのかわからない。地中の微生物でしか摂取できない栄養素もあるんだろうか。


「とにかく。知り合いの教授が蓮君のマナナッツを直接見てみたいって言ってんだ」


「直接ですか……でも、俺これを持って大学に行く“足”はないですよ」


 流石に自転車で遠い大学まで行くのは面倒すぎる。


「それなら俺が車を出してやる。どうかな? 知り合いの研究に協力してくれないか? 俺の顔を立てると思ってさ」


「まあ、良いですよ。新村さんにはお世話になってますし、その新村さんに頼まれたら断れませんよ」


 野菜とかもらったし、小料理屋に連れていってもらったし。


「そうか。それじゃあ、相手方とスケジュールを合わせてくる。そうしたら、大学に行こうか」


「はい」


「それと、蓮君の家の庭の土もわけて欲しいとか言っているんだ」


「ええ。土くらいならいくらでも大丈夫ですよ」


 マナナッツのことについての研究か。なんか大がかりなことになってきたな。大学教授が目を付けるほどの研究か。そんな凄いことを俺はやろうとしていたのか。



 大学に行く当日。俺の家に新村さんが車で迎えに来た。黒い軽自動車に俺が乗る。持ち物はマナナッツの鉢と庭の土が入った袋。ちゃんとあるな。ヨシ!


 新村さんが車を走らせる。新村さんの運転は実に安定していて安全運転を心がけているようである。


 彼の歯もきっちりと手入れされていたし、新村さんは案外几帳面で細かいところに気が効く性格なのかもしれない。


「ところで、蓮君。仕事は見つかりそうか?」


「いえ。今までは営業職で探そうとしていましたが、中々条件にあう会社はなかったんですよね」


「ははは。ここは都会に比べたら職は少ねえからな。見つからなくても無理はねーや」


「だから自宅でもできるような仕事を今は探しています」


「ほう。と言うと……?」


「パソコンを使って動画編集をしようと思うんですよね。俺は動画配信とかやっていたし、編集とかはまあできる方だと思います」


「ふむ……動画か。俺はパソコンをあまり触ったことねえな」


「そうなんですね」


「まあ、でもスマホを使うことはあるな。と言ってもアプリ? みたいなもんはよくわかってねえが」


「慣れれば簡単ですよ」


「そうは言っても俺はチマチマとした機械は苦手だ。トラクターとかそういうド派手なものだったら乗りこなせるんだけどなあ」


 そんな会話をしていると例の大学へと到着した。


「よし。まずは職員玄関へと行こうか」


「はい」


 俺は新村さんの後を付いていった。そして、新村さんが職員玄関に行き、受付の人間に話しかける。


「すみません。16時に植野うえの教授と約束をしていた新村ですけど」


「新村様ですね……少々お待ちください」


 受付の人がなにやらパソコンを操作して手続きをしている。


「お待たせしました。間もなく係の者が到着いたします。係の者が研究室までご案内いたします」


 1分程度待っていると大学の職員の人がやってきた。そして、俺らは彼についていき上野教授とやらの研究室にたどり着いた。


 研究室の入口の前に立つと俺と新村さんの全身にミストがかけられた。


「このミストはなんですかね?」


「これは服とかに付着した植物の種子を落とすためのものです」


 俺の質問に係の人が答えてくれた。


「なるほど。研究室に余計なものを持ち込まないようにしているんですかね」


 俺たちは研究室に入った。研究室は入ってすぐに「関係者以外立ち入り禁止」とプレートが掲げられている扉があった。


「こちらでしばらくお待ちください」


 係の人にそう言われて待っていると、プレートがある部屋から白衣を着た老齢の男性が出てきた。


「おお。久しぶりだな。新村。お前は変わってないな」


「はい。植野教授も変わってませんね」


「では、わたくしはこれで失礼致します」


 係の人は役目を終えたのか去って行った。


「さて、それじゃあ、こちらの部屋に来てくれ」


 植野教授に案内されて、俺たちは長机と椅子がある部屋に通された。部屋にはホワイトボードが置かれていて、ここで研究の議論とか行うような光景が浮かんできた。


「さて、お座りください。では、自己紹介をしましょう。私の名前は植野。そちらが狩谷さんですね。初めまして」


「はい。私が狩谷です。よろしくお願いします」


「では、改めて説明いたしましょう。まず、結論から言うと、わたくし共もマナナッツがどうして発芽して成長しているのか。その理由はわかっておりません」


 まあ、今まで成育の例がないので当然と言えば当然なのである。


「正直、わたくしたちはマナナッツは発芽しないような木の実だと思っていました。実は、我々もマナナッツを植えた実験を行ったのですが、結果は振るわず。しかし、この度は狩谷さんがマナナッツを発芽させたとのことで、我々は衝撃を受けました」


 植野教授は前のめりになって息を荒げている。そんなに興奮するようなことなのか。


「そして、我々は狩谷さんの家の土を調べさせていただきました。その土には私が見たことがない微生物が数種類。更に滅多にいないような珍しい微生物も入っていたのですよ」


「その微生物とマナナッツの成長は関係あるんですか?」


「それは今の段階では何とも言えません。ですから、これから調査をしたいと思うのです。マナナッツの成長に関わっている微生物の特定も場合によっては必要かも知れません。1種類の微生物による作用なのか。それとも2種類以上の相乗効果によってマナナッツの成育に関係するようになるのか。興味が尽きません」


「あー。そういえば、これはまだマナナッツと確定したわけではないんですよね」


「……わたくしはこの葉の形をした植物はみたことがない。恐らくマナナッツでなくても新種か珍種かのどっちかだとは思います。ですが、念のためにこの植物の細胞を調べてみましょう。この植物の細胞を少し採取してもよろしいですか?」


 「ええ。大丈夫ですよ」


 俺は快く許可した。科学の発展につながるのであれば喜んで協力したい。それに、この植物も少し細胞を取られたくらいで枯れるようなことはしないだろう。


「それと……狩谷さん。例の庭の土は持ってきてくれましたかな?」


「はい。これをお願いします」


 俺は土が入った袋を植野教授に渡した。


「ありがとうございます。これだけあれば研究に必要な分はあるでしょう。助かります」


「この土を使ってマナナッツを育ててみるんですか?」


「それもしますが、微生物の研究も必要でしょう。あなたの家の庭には非情に珍しい生物がいた。それは十分研究の対象になるでしょう」


 ほんの軽い気持ちで植えたマナナッツ。大学教授まで出てくる展開になるとは。


「あ、植野教授。そういえば、配信でこのマナナッツを映しているものがあるんです。見ますか?」


「成長記録というやつですか。良いですね。ぜひとも拝見したいです」


 植野教授は食い入るようにスマホで俺の配信を見ていた。ここまで見られると逆になんだか恥ずかしい。


「なるほど。狩谷さん。これは貴重な記録かもしれません。これからも配信を続けられるのであれば、わたくしも時間が空いた時に拝見いたしましょう」


「あ、それはどうもありがとうございます」


 なぜかまた視聴者が1人増えた。

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