第11話 スローライフ配信者。BBQに呼ばれる

 俺が自宅でのんびりと過ごしているとインターホンが鳴る。それに出てみると工務店を営んでいる真木さんが玄関先に立っていた。


「どうも。狩谷さん。真木です。覚えていますか?」


「ええ。ご近所さんですから忘れるわけありませんよ」


 真木さんの方から訪ねてくるなんて一体何があったんだろうか。


「狩谷さん。今度、ウチでバーベキューをやる予定なんですけど、良かったら狩谷さんも一緒にどうですか?」


「え? 良いんですか! 俺、バーベキューめっちゃ好きなんですよ!」


 これは素直に嬉しい。真木さんとも交流を深められるし、うまい食事にもありつけそうだ。


「ええ。ご近所さんと親睦を深めるために定期的に開催しているので、ぜひとも狩谷さんには参加して欲しいんです」


「もう行きます行きます。ありがとうございます」


「わかりました。日時は8月29日を予定していますが、ご都合はよろしかったですかね」


「ええ。もう予定は空いています」


 実質、無職みたいなもんだし、早々予定なんてない。


「わかりました。それでは、当日、私の家までお越しください。食材はこちらの方で用意しています。待ってますね」


「はい、誘ってくれてありがとうございます」


 これはテンションが上がってきたな。当日はどうしよう。なにか肉でも持っていった方が良いんだろうか。いや、肉を持ってこいなんて言われてないし、肉を持っていったところで食いきれないかも。それに食材は用意しているってことは、暗になにも持ってくるなって言っているようなもんではないだろうか。俺の考えすぎか?


 でもなあ。せっかく、場所まで提供してもらったのになにも持っていかないのも気が引けてしまう。


 こういう時の正解ってなんなのか……それは永遠に答えのでない謎なのかもしれない。



 結局、俺は手ぶらで真木さんの家に向かうことになった。結構急に言われたし何も準備できなかったという心の中で言い訳をする。スーパーの安い肉を買ってくるのもなんだか違うような気もするし。


 真木さんの家の庭に着くとすでに何人か集まっていた。その中には修二君の姿もあった。


「真木さんこんにちは」


「お、狩谷さん。来てくれてありがとうございます。今は丁度火の準備をしているところですよ」


 よく見ると修二君が大きな紙袋の中から炭を取り出して、それをバーベキューグリルの中に投入している。


「こんなもんかな」


「修二君。君も来ていたんだね」


「あ。狩谷さん。こんちわっす」


 軽快に挨拶をした修二君。初めて会った時と同じような人懐っこい笑顔を俺に見せてきた。


「狩谷さんも呼ばれたんすね」


「うん。今日はお祖父さんは来てないの?」


 周りには修二君のお祖父さんらしき人物はいなかった。


「あー。今日は用事があって来れなかったんすよねえ」


「そっか。挨拶しておきたかったのに残念」


 最初に挨拶した時も留守だったし、つくずく縁がない。


「火はもうついているの?」


「そっすね。今は温まるのを待っている感じっすね。まあ、火が温まるころには人もいい感じに来ると思うっす」


「火を起こせるのはすごいね」


「へへ。結構アウトドア系の趣味を持っているんすよね。キャンプとか好きっす」


「へー。キャンプかー。いいなー」


「お、狩谷さんもそういうの好きなタイプっすか?」


「うん。俺もアウトドアタイプだと思う。キャンプはあまり経験ないけど、やりたいとは思っていたよ」


「そっか。それじゃあ、今度一緒にキャンプとかしましょうよ」


 修二君がノリノリで俺を誘ってくれている。


「あー。でも、修二君が想像するようなものじゃないキャンプはしたことあるかな」


「え? どういうことっすか」


「俺、ちょっと前までダンジョン配信者やってたんだよ」


「お! マジすか。俺、結構ダンジョン配信とか見るんすよね。結構、儲かる感じっすか?」


「いいや。全然。ダンジョンに数日間潜ってもなんの成果も視聴者も得られない日々だったよ」


「あー。やっぱり、ああいうのって一部のトップ層しか儲からないタイプっすか」


「ああ。そうなんだよ。だから、俺はもうダンジョン配信者を引退したんだよ」


「マジっすか。まあ、この辺はダンジョンとかあんまりないっすからね。でも、ダンジョン配信の話とかは興味あるっす。今日のBBQの時に聞かせてくださいよ。狩谷さんの武勇伝ってやつを」


 修二君が少年のようにキラキラとした目で俺を見てくる。そんな目で見られても俺は後から参入してすぐに引退したようなイナゴみたい感じだからなあ。


「あまり期待するような話も聞けないと思うけれど」


「それでも良いっす。実際にダンジョンに潜った人の話とか生で聞ける貴重な機会なんすから」


 そんな期待されるとかえって話し辛くなるんだよなあ。


「まあ、今はダンジョン配信やめて別の配信をしているんだよ」


「へー。どんな配信っすか」


「ここでのスローライフを配信しているかな。この前は、庭に作物植える様子を配信したよ」


「おお。結構面白そうっすね」


「面白そうって感じるの? 修二君も似たような生活しているんじゃないの?」


 都会の人が田舎の人の生活を覗いてみたいって思う気持ちはわかるけれど、田舎暮らしでも同じことを思うのだろうか。


「当たり前じゃないっすか。他の人のそういう配信見て、あるあるとか、ここが自分とは違うところだなーって比べながら見るのも楽しいっすよ」


「そういうものなのか」


「そういうものっす」


 まあ、考えてみれば俺もクリアしたゲームの実況動画とか見ることあるしな。そういう感覚に近いんだろうか。


「狩谷さん。配信チャンネル教えてくださいよ。俺、絶対見に行きますから」


「うーん。わかった。このチャンネルだよ」


 俺はスマホの画面を修二君に見せた。知り合いに配信を見られるのは恥ずかしい気がするけれど、新規の視聴者を獲得できるチャンスだから活かさない手はない。


「おお。このチャンネルっすか。チャンネル登録したっす」


「ありがとう」


 こうして俺は新たなチャンネル登録者を獲得したのだった。


「お、若者同士でなに話してんだ?」


「新村さん! こんにちは」


「ちわっす」


 新村さんがやってきた。彼もこのバーベキューに呼ばれていたんだ。まあ、近所だから呼ばれててもおかしくないか。


 新村さんだけでなく、俺と修二君が話している間に結構な人が集まっている。


「そろそろみんな集まりましたかね。有泉君。火の調子はどう?」


 真木さんに言われて修二君が火の様子を確認している。炭がパチパチと気持ちの良い音を鳴らしていて、真っ赤に燃えている。


「ちょうどいい感じっすね」


「それじゃあ、そろそろ始めましょうかね」


「おー!」


 みんなが盛り上がる。こうして楽しいバーベキューが始まった。


 熱い鉄板の上に肉が乗せられていく。肉が焼きあがるのが待ち遠しい。


 大人たちは早速、ビールで乾杯をして飲んでいる。肉が焼きあがる前なのに随分と気が早いことである。


「そうだ。狩谷さんはモンスターの肉とか食ったことあるんすか?」


 修二君が肉を焼きながらそんなことをいてくる。


「俺はないかな。モンスターの肉もちゃんと食べるには血抜きとかの技術が必要だし」


「あ、そっか。そう言うのは家畜もモンスターも同じなんすね。ただ、焼いて食えばいいってもんじゃないと」


「ダンジョンで食料を現地調達できるとは基本的に思わない方が良いかな。きっちりと食料を持っていかないと最悪餓死するかも」


「ダンジョン配信者も大変なんすねえ。あ、狩谷さん。その肉焼けたっすよ」


「あ、本当だ。俺が食っても良いの?」


「ええ。どうぞ。まだまだ肉はあるし、他のもすぐに焼けるっすから」


「そっか。では遠慮なく」


 俺は肉を取り、タレを付けて食べる。その瞬間、俺は衝撃を受けた。


「う、うまい! 口の中で肉がトロけるような味。それでいて脂もしつこい感じはしない。中々良い肉じゃないかこれ」


「ね。うまいでしょ。これだから真木さんちのバーベキューはやめらんねえす」


 たった一口でわかることがある。今日来て本当に良かったと。

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