第10話 スローライフ配信者。庭いじり配信をする
「ふう……終わったぁ……!」
俺は達成感に包まれていた。数日かけて行った庭の草むしり。それがようやく終わった。ビニール袋にパンパンに入っている草、草、草。大草原だった場所がもう草すら生えない。
「まあ、これで配信で映しても耐えられる最低限の庭になったわけだ」
まだ彩と言うか色気がない庭ではあるが、少なくとも草ボーボーというだらしなさはなくなった。みっともない姿を全世界に公開することはなくなったというわけだ。
「よし、それじゃあSNSでライブ配信の告知をするか」
俺がスマホでSNSを開くと、信じられない量の通知が来ていた。
「え……あ! マナナッツの本葉が生えたことに結構反応が来ているぞ!」
そういえば、数日前にマナナッツの写真を掲載してそのままだったのを思い出した。ライブ配信の告知をする前に反応を確かめてみるか。
:成長してて草
:いいなー。俺もマナナッツ植えたけど全然芽が出てない
:これ本当にマナナッツなの? その辺の植物をマナナッツって偽っているとか?
:本物なのかどうかはまだわかってないみたい。まあ、あまり期待せずに待つけれど
:多分本物でしょ。多分
「まあ、疑う声もあるのはしょうがないか。俺もこれが本当にマナナッツである確証があるわけでもないし」
それにしても、マナナッツを植えた人は何人か観測できているけれど、誰も芽を出していない。
俺だけが芽を出している状況。もしかして、本当はこれはマナナッツの芽じゃないのかもしれない。そんな不安が俺の頭をよぎる。
まあ、でも考えていても仕方ないか。もし、間違っていたらごめんなさいって言うのは最初から言ってあることだ。
マナナッツを植えた鉢から植物が出たと言っただけで、これはマナナッツであることを保証するものではないとはちゃんと告知しているわけだし、俺は真実しか言っていない。
だから、俺は嘘つき呼ばわりされることは……多分ないと思う。きっと。
いや、でも最近のネットの炎上を見ていると勘違いで放火されることもあるからな……無名の俺がその被害にあうかどうかはわからないけれど。
「まあ、そんなことは気にしていてもしょうがないか。マナナッツの芽が出たことが結構話題になってフォロワーも倍近く増えたし」
倍近く増えたと言っても元のフォロワーが大したことない数字だったので……いや、よそう。悲しくなるだけだ。
「本日は庭いじり配信をしますよっと……」
庭いじり配信。要は庭に植物を植える配信である。裏庭には畑があって、そこにはまだ作物が植えられていない。つまり、俺が何を植えても良いというわけだ。
◇
配信時間になったので俺は配信を開始した。待機している人数は……マナナッツの芽を配信している時よりかは少ない。でも、ダンジョン配信やっていた時の平均の数字よりはるかに上回っている。
庭いじりをする配信をしているだけで、俺が命がけでやっていたダンジョン配信の数字よりも取れてしまうのは……なんか悲しいものがある。俺の命の価値とは一体……
「はい。どうも。レンです。本日は庭いじり配信をやっていきます。ここが家の裏庭ですね。ここに畑用のスペースがあります」
俺はカメラで畑を映した。庭にある畑にしてはそこそこの大きさの畑。流石に本格的な畑に比べたら見劣りするけれど、これでも十分な大きさだ。
:畑だ! いいなあ!
:家は庭がないから、こういうのに憧れる
「うんうん。そうですね。庭は良いですね。俺も都会にいた時は庭付きの家に住むなんて夢のまた夢でしたけど、こういう庭付きの家に住めるのも田舎のいいところですね」
俺はあえて草むしりの大変さを伏せた。庭に憧れている人に対して、そんなこと言って夢を削ぐようなことをしてはいけない。もしかしたら、この中には将来的に田舎に住みたいという人がいるかもしれない。田舎暮らし推進派としては、ネガキャンは避けたいところである。実際、草むしりに耐えられれば、庭いじりは楽しいわけである。
「本日はこの畑に作物を植えていきます。なんの作物を植えるのかわかりますか?」
:この時期に植えるもの? なんだろう
:人参とか?
:ジャガイモとかもありそう
「お、正解が出ましたね。正解はジャガイモを植えようと思っています。実は……買ってきたんですよ! ジャガイモの種芋を」
つい先日8月になったばかりだと思っていたのに、8月ももう下旬である。ジャガイモを植える季節としては少し早い気がしないでもないけれど、気温も真夏の全盛期に比べたら落ち着きつつあるので一旦植えることに挑戦してみたい。
:秋植えのジャガイモか。難易度高そう
「そうですね。暑さ対策をしっかりしないと難しいですからね。まあ、とりあえず土を作っていきましょう」
俺は畑を掘り起こしてそこに肥料等を混ぜて土を作っていく。ジャガイモが育ちやすいような土壌を作り始める。
「ふう……まだまだ暑いな」
暑い上に動いているから、汗もだらだらとかいてしまう。俺はタオルで汗をぬぐい、適度に麦茶を飲んで水分補給をしながら作業を続けていく。
「まあ。こんなもんで良いだろう」
:お疲れー!
:見ているこっちが暑くなる
「お疲れ、ありがとうございましたー。まあまあ、暑いですね。でも、この汗はいい汗ですから」
ストレスで変な汗をかいているわけではない。それだけでかなり救われる。ブラック企業時代は、暑くないのに汗をかくこともあったから。
「それじゃあ、種芋を植えていきましょう」
俺は土を等間隔に掘り、そこに種芋を植えていく。ざっくざっくと土を掘っていく作業は楽しい。
:あれ? 順番を飛ばした?
:そこの穴には種芋入れないの?
「まあまあ。ここの穴には種芋入れません。でも、この穴は無駄に掘ったわけではない。それを後で説明しましょう」
俺は持っている種芋を全て植え終えた。数か所バラバラに穴があるけれど、これは無駄に掘ったわけではない。
「さて、この穴。無駄に掘ったわけではありません。ここで登場するのがこれ。マリーゴールドの種」
俺はマリーゴールドの種をカメラに見せつけた。
:そういうことかいな!
どうやら気づいた視聴者がいるようである。
「マリーゴールドは独特の匂いで害虫を寄せ付けない効果があると言われています。特にナス科の植物とは相性が良いらしく、ジャガイモもナス科なのでマリーゴールドとの相性は良いはず」
つい先日、図書館で読んだ農業に関する本。そこの知識が役に立った。ジャガイモだけでなくて、マリーゴールドも一緒に植えることで庭全体も鮮やかでキレイになることが期待できる。
:すごい。そういう効果があるんだ
「そうですね。このようにお互いに成育を促したり、病害虫を予防する効果を持つ相性が良い植物同士をコンパニオンプランツと呼ぶそうですよ」
俺はつい先日知ったばかりの知識をドヤ顔で披露する。決まった。これで俺はインテリキャラ路線でもいけるかもしれない。学歴はそこまである方じゃないけれど。
:はえー。かしこい
コメント欄に褒められて俺は嬉しさで自分でも頬が緩んでしまうのを感じていた。
「それじゃあ、マリーゴールドの種も植えていきますよ」
マリーゴールドの種を植え終わったところで本日の作業は終了した。
「ふう、これにて今日やるべきことは終わりましたね」
:おつかれー
:楽しかった
「いえいえ。楽しんでいただけたようでなによりです。こういう配信でも人が来てくれて嬉しい限りです」
:こういう配信も需要あるから定期的にやってくれると助かる
「そうなんですね。検討しておきます」
別に受けを狙ったわけでもない、気まぐれでやった配信にも需要があるんだ。ダンジョン配信みたいな派手さはないし、地味な作業が大半を占めるけれど、こういうのも需要ってあるもんだな。
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