第9話 スローライフ配信者。料理をする
清々しい気持ちの良い朝。俺は目を覚ますと庭に向かい大きく背伸びをした。
「んー……さあ、今日もがんばるぞ!」
まだ就職先が見つかってないのにもかかわらず、なにをがんばればいいのかは俺もよくわからない。
とりあえず、比較的暑くはない夏の朝。今日一日のスケジュールを考えていると、俺の視界に入ったのはマナナッツの鉢だった。
マナナッツの鉢を見るとなにか違和感を覚えた。その違和感の正体はすぐにわかった。マナナッツ(?)が少し成長しているのだ。
昨日までは双葉だけだったマナナッツの芽に本葉が生えてきた。
「お、おお! これは……みんなに知らせないと」
俺はすぐさま、スマホでマナナッツの鉢を撮影した。そして、俺はSNSを開いてその写真をすぐにアップした。
『今朝起きたらマナナッツを植えた鉢から出た芽に本葉が生えてきた。すごい!』
まだ朝っぱらということもあって語彙力が死んでいるような気がするけど気にしてはいけない。俺はこの投稿に対する反応を想像して一人ニヤニヤと楽しんでいた。
◇
陽が本格的に出てくる前。7時台から俺は自転車を走らせていた。ここら辺の近場に図書館があって、そこで本を読みながら涼もうと思っていたからである。開館時間は9時からであるが、7時台から自転車を走らせるのには理由がある。一番近場の図書館でも自転車で一時間以上かかるのである。
そりゃ、田舎暮らしでは車は必須と言われるわけである。車がある前提での立地すぎる。というか大人はまだいいけれど、子供とかは図書館が遠いと不便ではないのだろうか。学校の課題とかで図書館で調べ物をするとか……いや、今はスマホがあるからその必要もないのかもしれない。
それでも子供たちに紙の本に触れる機会をなくさないで欲しいと思うのは俺の傲慢なのだろうか。まあ、図書館も施設である以上は維持費もかかるし、ポンポン建てるわけにはいかないのはわかるけれども。
そんなこんなで俺は図書館に着いた。初めて行く道ということで多少迷いながら向かったせいで、9時前に着く予定だったのに、9時過ぎてしまっている。まあ、あんまり早く行きすぎても会館まで待っていなければならないけれど。
俺は図書館へと入り、本を読むことにした。本は結構久しぶりに読むかもしれない。学生時代はそれなりに娯楽小説等を読んでいたけれど、社会人になってからはそんな余裕がなくなっていたな。時間的には余裕がなかったし、精神的にはもっと余裕がなかった。ブラック企業勤めの時は余暇を楽しむこともできなかったな。仕事をやめてからもダンジョン配信をやるために鍛えたり、配信で人気になるためのノウハウを学んだりで本を楽しむ余裕はなかった。
俺は農業に関する本を探して、いくつかピックアップしてそれを読み込んでいく。少しでもマナナッツの成育を成功させるためには、知識はあって損はないから。それに、読んでいると結構楽しいものである。学術的な勉強ではあるし、俺の学生時代は勉強嫌いで成績もそんなに良かった方じゃない。
でも、社会人になってから、こうして自主的に勉強をすると「勉強ってこんなに楽しかったんだ」と思えてしまう不思議である。今のこの勉強に対する熱意の半分でも学生時代の俺にあったのなら……もう少しマシな経歴を作れたのかもしれない。
いや、でもなあ。学生時代はバスケに夢中だったし、学校の勉強は二の次、三の次だったからな……バスケかあ。久しぶりにやりてえな。学生時代は部活動でチームメンバーはいたけれど、今はチームを集めるのにも、対戦相手を探すのにも一苦労だな。
社会人のチームとかもあるにはありそうだけど、こんな田舎にあるのだろうか。対戦相手を探すために隣の市に出向くなんてことも普通にありそうだ。
時計を見るともう16時になっていた。帰宅にかかる時間を考えるとそろそろ帰らないとな。俺は本を戻して図書館を後にした。
◇
「腹減った」
家に帰って最初に出た言葉は「ただいま」でもなんでもない。その言葉だった。一人暮らしなのに「ただいま」も変であるが、「腹減った」よりかはマシであろう。
昼飯も食わずに夢中で本を読んでいたから、そりゃ腹も減るというものである。1日2食の力士みたいな食生活になってしまう。
今から夕飯の材料を買いに行く気力もない。今ある食材で間に合わせるか……カレールーがある。新村さんにもらった夏野菜もある。だとすると答えは1つだ。夏野菜カレー! それを作ろう!
というわけで、俺は米を研ぎ、その後に野菜を切り始める。幸いにして肉もちゃんとあるのでカレーの材料には困らない。今日はがっつりと食いたい気分だから野菜は大きめに切ってゴロゴロとした食感を楽しもうか。
肉、野菜を炒める。次にやることは水を投入してからカレールーを入れるのが一般的であるがここで一工夫。水をあえて少なくして、トマトをミキサーにかけてから、それを入れてみる。
トマトの旨みとコクがカレーのルーに足されてこれがまた旨いのである。水とトマトジュースの混合物が煮えてきたらカレールーを投入。ルーを焦がさないように適度にかきまぜつつ様子を見る。
んんー。実に良い匂いである。カレールーとトマトの香り。これだけで飯が食える。子供の時に外で遊び終えて家に帰る途中に、全く知らない家からカレーの匂いがしてきて、カレー食いたくなってきた記憶が蘇る。まあ、そう都合よく、我が家もカレーということは早々になかったわけである。母さんには申し訳なかったけれど、当たりのはずのハンバーグとかもなんか違うってなるものだ。
じっくりコトコトと煮込んでトマトジュース入りのカレーが完成! と思っていたのか? こっちにはまだ具材を作る予知が残っている。そう。夏野菜のカレーと言えばナスを忘れてはいけない。
トマトカレーは一旦寝かせて、俺はナスの素揚げを作ることにした。ナスを縦に半分に切り、それを素揚げする。
ナスの素揚げはもちろんうまい。だが、今日の俺は空腹である。それだけで満足する胃袋はしていない。ここで最後の食材。茹でたオクラを加える。
トマトカレーに素揚げしたナス。茹でたオクラを添えて……完成だ! これが俺の至高のカレーだ!
見ているだけで惚れ惚れとする出来栄えである。自分の才能というものが恐ろしい。もし、俺が料理の道に目覚めていたら星を獲得していたかもしれない。そんな謎の自信がわいてくる。
「いただきます」
俺はトマトカレーを食べる。一口食べるだけで天にも昇るような気分になるほどにうまい。危なかった。毒が入ってないのに天国に逝きかけるところだった。
新村さんが作るトマトはかなりうまい。俺も前にかじったことがあるけれど、あれは本当にうま味の爆弾である。その爆弾が……! 俺の口の中を焦土にする!
うますぎて逆に味覚が破壊されそうになる。自分で作る料理というものはどうしてこんなにうまいのだろうか。そりゃ、自分好みの味付けに調整しているからだ。当たり前である。
いや、それを差し引いてもこのカレーうますぎないか? これ店出せるんじゃね? そんな謎の慢心がわいてくる。
俺はあっという間にこの天才的にうまいトマトカレーを食い終わってしまった。トマトカレーはまだ残っている。これは一晩寝かせておいて明日の朝食べよう。
一晩寝かせたカレーはうまい。絶対にうまい。俺はそんな期待を胸に眠り、明日の朝を迎えるのであった。
ワクワクとした気持ちで俺は昨日のトマトカレーを食べる。期待値は爆上がり、一晩寝かせたカレーがまずいわけなかろう!
……いや、うまいな。普通にうまいんだけど。なんか物足りない。昨日のような感動がまるでない。
なんだろう。これは1回目の感動がすごすぎて2回目はそうでもないとか。無駄に期待を上げすぎたとか、空腹は最大の調味料とかそういうのがかみ合わさって1日目のカレーが2日目のカレーを凌駕したのだろうか。
このカレーもうまいことにはうまい。でも、至高のカレーには程遠い。
「くそ! こんなんじゃ俺! 料理人になれねえよ! 星取りにいけねえよ!」
料理人になって星を取るという謎の自信は完全に消え去った。俺には料理人の才能はなかった。ただの凡夫だった。調子に乗っすみませんでした。
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