第7話 スローライフ配信者。本格始動
「どう見ても芽だな……」
俺は地面からちょこんと芽を出した双葉を見てそんな言葉しか出てこなかった。俺は早速スマホでその双葉を撮影した。
「……これ本当にマナナッツの双葉だよな? どっか適当な植物の種子が飛んできて発芽しただけの雑草とかじゃないよな?」
土を掘り起こして確認するのは植物に負担だからできないけれど、それでも中身を確認したくなる気持ちにとらわれた。
「どうしようこれ……」
とりあえず、俺は鉢を直射日光を避けるような場所に遠ざけた。8月の太陽は植物にとっても良くないかもしれない。葉焼けする可能性だってある。
この得体のしれない植物。なにがきっかけでダメになるのかわからない。これは慎重に繊細に取り扱わなければならない。
「そもそも植える時期はあっていたのだろうか……」
何事にも時期というものはある。植物にだって、この季節に植えた方が良いですよってものもある。
「どれくらいの量の肥料が適切か、土壌のpH値の適正はいくらか……うーん。データがなにもない」
既存の植物であれば俺が挙げたデータが既に研究され尽くしているから適切な方法で生育することができる。でも、今回の場合は本当に一発勝負だ。適切な育て方をしなければ枯れてしまう危険がある。
肥料1つ取ってみても、肥料をあげすぎると植物にもよくない。人間だって食べすぎは毒になるのと同じように。でも、人間と同じく多く食べなきゃ気が済まない植物だっている。例えばトウモロコシなんかも肥料食いと呼ばれる肥料を多く必要とする植物である。このマナナッツが肥料食いでない保証はどこにもない。
「うーん……とりあえず、新村さんに相談してみるか」
まさか本当に芽が出ると思わなかったマナナッツ。俺だけで対処するには荷が重いのでここは農業のプロに相談してみることにした。
◇
「なるほど……事情はわかった。とりあえず、結論から言うとマナナッツの育て方に関しては俺もわからねえ」
「ですよね。無茶なこと言ってすみません」
急遽できたダンジョンから拾ってきた種だ。その生態は謎に包まれている。新村さんが知らなくても当然なのである。
「ただ、わからないならわからないなりに対処のしようってもんがある。例えば、データを取ることだな」
「データ……」
「ああ、成育環境のデータを取ることで、今回はダメだったとしても次に育てる時に活かしやすい。例えば酸性の土壌でダメだったら、次は中性、もしくはアルカリ性にしてみようって感じでな」
「そうですね……」
「今ある植物のデータも先人がそうやって積み重ねてきたデータがある。だからこそ、俺たちもその知恵にあずかれるわけだ」
「ってことは……俺がその将来の先人になるかもしれないってことですか?」
「まあ、そうなるかもな。なにせ新種の植物だ。芽を出した例なんて俺も聞いたことねえ」
マナナッツを植えるなんて発想は他にもあるにはあると思うけれど、それで芽が出たなんて話はあんまり聞いたことないな。
「とりあえず、この植物の正体が本当にマナナッツのものなのかもわからねえ。特に植物なんて目に見えねえ種子が勝手に飛んで勝手に繁殖するようなもんだしな。外に放置していたら知らねえ植物が生えてくるなんて珍しい話でもねえ」
本当に植物の繁殖力と生命力には恐れ入る。
「それでもマナナッツかもしれないって言うんだったら、一応はデータの研究の余地はあるかもな。ちょっと待っててくれ」
新村さんは家の中に入り、しばらくして戻ってきた。手にはなにか測定器のようなものがあった。
「これは土壌のpH値を測る機械だ。念のためにpH値を見てみよう」
新村さんが機械で俺が持ってきたマナナッツの鉢の土壌を測定する。
「おお。なるほど……これはアルカリ性の土だな。ふむふむ。日本の土は大体酸性のものが多いから珍しい」
「そうなんですか。家の庭の土をそのまんま持ってきたのであんまりその辺を意識してませんでした」
「まあ、蓮君の家に住んでいた前の住民がpH値をいじった可能性はあるな。あの人も確か庭いじりが好きだったな。毎年、梅雨の時期になると庭先にピンク色のアジサイが咲いたっけ」
「ピンク色のアジサイ。確かにそれなら土壌はアルカリ性になりますね」
詳しいメカニズムは知らないけれど、アジサイは中性かアルカリ性だとピンク系統の色になるって聞いたことがある。
「蓮君。ちょっとこの土をわけてもらうことはできるか?」
「ええ。大丈夫ですよ」
「知り合いに農学部の研究者がいる。そいつにこの土壌を調べてもらおうと思ってな」
「それはぜひお願いします。俺もデータが欲しいですから」
今回のマナナッツ(?)が育ち切るかどうかはわからない。けれど、今回がダメだったとしても失敗例のデータは無駄にはならないはずだ。そうやって科学というものは発展してきたのだから。
「それでは、新村さん。ありがとうございました」
「ああ。またなにかあったら遠慮なく相談してくれよ」
俺は新村さんにお礼を言って自宅に戻った。そして、自宅に戻ってやることと言えば……
「配信! 配信! こんなの配信せざるを得ない!」
既に配信の予約枠は取ってある。世紀の大発見かもしれないこの状況、配信者の血が騒ぐというもの。
「うわ、すげえ。既に待機人数が50人もいる。そんなにマナナッツの芽がみたいのか。みんな」
そりゃそうだ。今までマナナッツの芽が出たなんて話は聞いたことがない。俺みたいな無名配信者でもそこそこ話題になることはある。
まあ、そんな珍しいことが発生しても50人が限界なところに俺の配信者としての華のないという悲しい現実がある。
そんなことは良い。時間になったから配信を開始するまでである。
「みなさん。どうもー。レンです。よろしくお願いします。本日は動画タイトルにあるように、なんとマナナッツを植えた鉢から芽が出ました」
:おお!
:早く見せて!
:俺も植えたことあるけど芽が出てきたことないな
やっぱり俺以外にもマナナッツを植える発想をした人間はいたようである。
「これが本当にマナナッツの芽かはまだわかりませんが、それだったら大変なことですね。それではこちらどうぞ」
あまりもったいぶって視聴者が離れるのも嫌なので俺はさっさとマナナッツの鉢を映した。もったいぶるなんてことが許されるのは一部の大物配信者だけだ。俺みたいな弱小がやれば、反感を買うだけである。
:お、おお!
:すごい
:本当に芽が出ている
コメントが一気に盛り上がる。高評価の数も増えてきて、俺の自己肯定感が爆上がりである。ダメだ。今は配信中だ。にやけてはいけない。変なやつに思われてしまう。
「このマナナッツですが、なんで芽が出たのかは俺もよくわかってないんですよね。土壌の成分が関係しているかもしれないってことで、今はそういう検査をしてもらおうかなって段階です」
:なるほど
:へー
:本当にマナナッツの栽培法がわかったらすごいかもね
すごい……すごいのか? ダンジョンを探索すればそこら中に落ちている木の実。食べると力が沸いてくる便利なものだけど、それほど貴重ってわけでもない。
栽培方法がわかったところで貴重ではない木の実が栽培できるようになるだけだと思う。
実際、そこまで貴重な木の実ではないからこそ、栽培方法を本気で研究している人間もいないみたいだし。
俺がやっていることは学術的には意味があることかもしれないけれど、実用性があるかと言われたら……
「いやー。でも実用性はどうなんですかね……マナナッツはその辺で拾えるし」
:研究に実用性なんて考える必要はないでしょ
:こうして見に来てくれる人がいるだけでも、実用性はあると思うよ
俺はこれらのコメントにハッとさせられた。そうだ。俺には配信がある。実用性がなくても興味を惹くようなものであれば、それを見に来てくれる人はいる。
:この謎の植物の成長記録配信楽しみに待ってる
「ありがとうございます……またなにか変化がありましたら配信をします」
俺は流石に自然と口角が上がってしまった。俺の配信を待ってくれている人がいる。一昔前の俺には考えられないことだった。売れないダンジョン配信者をやっていた時にはそういう人はいなかった。
待ってる。その言葉だけで配信を続けられるんだ……!
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