第6話 売れない元ダンジョン配信者。小料理屋で満足する
新村さんが他にも色々と料理を注文する。そして、その料理たちが届いた。
「こちら鮎の塩焼きです」
大将が鮎の塩焼きを提供してくれた。長方形の皿に鮎の塩焼きが丸々一匹串刺しにされた状態である。
「鮎の塩焼きかー。うまそうですね」
「ああ、この店の塩焼きは絶品だ」
新村さんから話を聞いて更に期待感が高まる。俺は鮎の塩焼きの串を手に取り、それを口へと運ぶ。鮎の胸部分辺にかじり付いて食べる。
これはかなりうまい。鮎のうまさに塩がそれを引き立てている。鮎の身も引き締まっていて、それでいてふっくらとした食感。素材の味というものを思う存分に味わえる。
「うめえ! うめえ!」
俺は鮎の塩焼きを夢中にかじり付いていた。
「脂が乗っていてうまいですね」
「おお。そうだな。この時期の鮎は産卵に備えて脂が乗っている時期なんだ。ね? 大将」
「うん。和明ちゃんは旬の食材が好きだねえ。丁度良い時期に丁度良いものをいつも注文してくれる」
「そうなんですね。俺はあんまり食べ物の旬とかには詳しくないんですよね」
「あはは。まあ、基本的にうまいものはいつ食ってもうまいからな。でも、旬の食材は更にうまさに磨きがかかっている。そこを意識するのも楽しいもんだ」
基本的に美食とは縁遠くて、食えれば良いという考え方だった俺だけど、こんなうまいものを食わされたら人生観が変わってしまう。たまには旬の食材を意識してみようかなと思うくらいには価値観が変わる。
「そう言えば、魚繋がりで蓮君は釣りとかしたことあるか?」
「釣りですか。そうですね。子供の頃に釣り堀で釣ったきりですね」
「そうか。俺は結構釣りが好きでね。蓮君が釣りを好きなら一緒に行こうかと思っていたけど……」
新村さんが少し寂しそうな顔をしている。なんだか罪悪感を覚えてしまう。
「まあ、俺も釣りも楽しいとは感じますよ。ただ、なんというか……釣りに行く機会というものがなかったんですよね」
「なるほど。きっかけがあれば行くと」
「そうですね。自分から積極的に行くって感じではなかったので、社会人になってからは行くって発想はなかったです」
「それじゃあ、釣り具とかも持ってない感じか」
「あー。そうですね。釣り堀で釣った時も借りた釣り竿ですし……この辺に良い釣りスポットがあるんですか?」
「ああ。そうだな。ここの近場には池があるし、ちょっと離れたところに海があるし、結構釣りスポットには恵まれている。初心者にオススメなのは池の方だな。あそこは近隣の小学校があるんだけど、そこの小学生もよく釣りに来ているんだ」
新村さんが少年のように目を輝かせて語っている。俺が興味を示したのが嬉しいのだろうか。
「へー。生活に余裕ができたら、釣り用品でも買いましょうかね。新村さんの話を聞いていたら興味が出てきました」
「ああ。そうしたら、一緒に釣りにでも出かけようか」
新村さんがニカっと笑う。釣り用品を買うためにも早く仕事を見つけて生活の基盤を作らなくちゃな。
「良いねえ。和明ちゃん。蓮ちゃん。その時は俺も一緒に連れていってよ」
「おう。大将ももちろん一緒だ」
「大将も釣りをするんですね」
「おう。俺の親父は漁師をやってんだ。釣りはまあまあ得意な自信があるぜ」
大将が腕まくりをしてアピールしている。よっぽど自信があるようである。
「へー。大将はお父さんの跡とかは継がなかったんですね」
「まあな。俺は釣りも好きだけど、それ以上に料理の方に興味が出ちまったからな。それに親父の跡なら兄貴が継いでいるからってのもあるな」
「へー。大将にお兄さんがいたんですね」
俺は長男だから兄はいない。だから兄がいるって言うのはどういう感覚なのかはわからないな。
「おっと。そろそろ揚がるな」
大将は揚げ物を救い上げてその油を切ってから更に盛り付ける。
「はいよ。お待ちどうさま。こちら、ゲソ唐揚げ」
「おお、ゲソ唐揚げですか」
「蓮君はまだ若いし、こういう揚げ物系とかの方が良いと思ってな」
「ええ。そうですね。揚げ物は好きですね」
「年取ったらあまり揚げ物ばかり食ってられない。だから、今の内にたくさん食っておこう」
年取ったら油に弱くなるとはよく聞く話である。本当に食えなくなるのか。まだ25歳の俺には半信半疑な部分はある。でも、食っておけって言われる分には全然問題ないので、そこは遠慮せずに食べよう。
「はい。いただきます」
ゲソの唐揚げを食べる。しっとりとした衣。イカの弾力のある歯ごたえ。それが実にうまい。下味にスパイスが効いていて、それも素材の味を邪魔しすぎない程度に抑えられている。
ほのかに香るニンニクもうまさに拍車をかけている。
「うめ……うめえ!」
「おうよ。ウチのゲソ唐揚げは絶品だろ?」
大将が勝ち誇ったかのように笑う。
「うまいですね。これをツマミにしたら酒がどんどん進みます」
俺はビールを一気飲みする勢いで飲んだ。
「うめえ! 大将! もう1杯!」
「あいよ!」
このゲソ唐揚げは酒が進む。進む。俺は提供されたビールを更に一気飲みする。
頭がボーっとしてくる。意識がもうろうとするほどではないけれど、楽しい気分になってくる。
「いやー。本当にいい店ですね。ここ。新村さん。ここに連れてきてくれてありがとうございます」
「おう、良いってことよ」
「大将もこんないい店を構えてくれて本当にありがとうございます」
「へへ。嬉しいねえ」
「さあ、今日はめでたい日だ。とことん飲むぞ。みんなとの出会いにかんぱーい」
◇
「うう……」
気づいたら、俺は頭を抑えていた。ビールのおかわりをしたあたりから記憶があまりない。
小料理屋の帰り道。新村さんと一緒に歩きながら、なんとか家へと帰ろうとする。
「おう。大丈夫か? 蓮君」
「ちょっとキツいかもしれません」
「そうか。あまり無茶な飲み方はするんじゃないぞ」
「……すみません。久しぶりに楽しい酒の席だったんで、ついハメを外してしまいました」
「まあ、別に吐いたりもしてないし、失言とかもないから俺としては全然かまわないよ。でも、俺は蓮君の体が心配でな」
「はい。すみません」
奥さんに酒を止められている新村さんに心配されてしまった。
「新村さん。今日はありがとうございます」
「まあ、気にすんな。俺も蓮君と飲めて楽しかったからな」
「都会にいたころは、酒は辛い時や現実逃避をしたい時にしか飲んでなかったんです」
「まあ、蓮君はブラック企業にいたんだっけ? なら、それもしょうがないか」
「だから、俺、こうして楽しい酒を飲めるのが本当に嬉しくて……酒の席が楽しいものだって大学時代ぶりに思いましたよ」
「そうか。それは良かった。そう言ってもらえると誘った甲斐があるってもんだ……おっと。もう俺の家についたな。それじゃあ、蓮君。気を付けて帰れよ」
「はい」
俺はフラフラとした足取りながらも、自分の家についた。そして、倒れ込むようにして自分のベッドにダイブして、そのまま朝を迎えるのであった。
翌日、寝汗もびっしょりの状態で目を覚ました。喉がカラカラに乾いていて、やけに気持ち悪い。水。水が欲しい。
俺は冷蔵庫に向かい、冷やしてある水入りのペットボトルを手に取り、それを直接口付けてがぶがぶと飲み始めた。
「あー……生き返る」
気持ち悪いのも収まってきた。酒の席は楽しくてそれは本当に良かったけれど、こうした二日酔いの反動はキツいものがある。
ある意味で今は仕事をしてなくて良かったと思う。二日酔いの状態で出勤なんて嫌すぎる。
俺はまだ少しおぼつかない足元で外の空気を吸おうと庭にでた。
「んー。この空気はやっぱりいいな」
新鮮な空気を吸っていたら二日酔いが吹っ飛ぶようである。俺はふと庭にある鉢を確認する。
「ん? んんー!?」
ダンジョンから拾ったマナナッツ。それを植えた鉢から芽が出ていた。
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