第5話 売れない元ダンジョン配信者。小料理屋に行く

 時間になったので俺は新村さんの家へと向かった。玄関先には既に新村さんが立って待っていた。


「よ。蓮君。それじゃあ行こうか」


「はい。新村さん」


 俺はまだ日が出ている8月の夕方の道を新村さんと一緒に歩いた。


「どうだ? 蓮君。こっちに来てうまくやっていけそうか?」


「はい。お陰様で。ここの人たちは良い人ばかりだし、うまくやっていけそうです」


「あはは。それは良かった。実は、俺も移住者が来るって言うんで、どういうやつかちょっとばかり気になっていてな。いけ好かねえやつだったらどうしようかと思ってたところだ。そんな心配は必要ねえみてえだな」


「それは俺も同じです。ここの人たちがどんな人かわからなくて不安になっていたんですよ」


「まあ、新しい環境ってのはそれだけでストレスになることもあるからな。蓮君がそういうものを感じてなくてよかったよ」


 新村さんがとある和風の木造建築の建物の前に止まった。そこの建物の看板には『小料理屋 清兵衛』と達筆な字で書かれていた。


「着いたぞ。ここが俺のオススメの小料理屋だ。それじゃあ、行くぞ」


 俺は新村さんの後に続いて店の中に入った。店の中はカウンター席とテーブル席がある。テーブル席の方は座敷席となっていて、和風な店構えは見ているだけで心が落ち着く。日本人としての本能が呼び覚まされるようである。


「へい、いらっしゃい」


 板前衣装に身を包んだ中年男性が入店の挨拶をしてきた。新村さんもそれに対して「よっ」と返した。


「なんだよ。和明ちゃん。もう来たのか? 奥さんに止められてなかったっけ?」


「バカ言っちゃいけねえよ。女房に止められたくらいで俺の肝臓が動きを止めるわけねえだろうがよ。ははは。大将。紹介するよ。この子が例の移住者だ」


「どうも。初めまして。狩谷 蓮と言います」


 俺はぺこりと頭を下げた。


「へー。あんたがその移住者か。嬉しいねえ。ウチの店に来てくれるなんて。まあ、とりあえず、座ってよ」


 俺と新村さんは大将にカウンター席に座るように促された。


「まあ、蓮君はまだこの店のメニューとか知らないだろうから、とりあえず最初は俺のオススメで良いかな?」


 新村さんがメニュー表を持ちながら俺にいてくる。俺も好みの食べ物とかはあるけれど、常連のオススメメニューというのも食べてみたい気持ちはあった。


「あ、はい。それで大丈夫です」


「蓮君は苦いものとか平気か?」


「ええ。大丈夫な方です」


「そっか。それならゴーヤチャンプルがオススメだな。今の季節限定メニューだ。夏が終わる前に食っておかないと損するぜ」


「そうですか。じゃあ、それでお願いします」


「あいよ。酒はどうする?」


「俺はとりあえずビールで良いです」


「そっか。俺も1杯目はビールって決めてんだ。それじゃあ、大将! ゴーヤチャンプルとビール。それぞれ2人前ずつ」


「あい、了解!」


 大将が流れるような動きで、グラスを取り出して、それにトクトクとビールを注ぐ。飲食店をやっているだけあってか、ビールの入れ方も惚れ惚れとするぐらいに芸術的である。ビールと泡の比率も丁度良い具合で見ているだけでビールを飲みたい気持ちになってくる。


 大将がビールジョッキ2つを持って、それを俺たちの前に差し出した。


「はい、ビール」


「おう、ありがとな、大将」


「ありがとうございます」


 俺と新村さんはそれぞれビールジョッキを持つ。


「それじゃあ、乾杯しようか。新たな移住者の蓮君にかんぱーい!」


「かんぱーい!」


 俺と新村さんはそれぞれジョッキをコツンとぶつけて乾杯をした。そして、ビールをぐびっと飲む。キンキンに冷えていて、これぞビールって味がして今日の疲れが吹っ飛ぶような気がしてきた。と言っても今日はそこまで重労働はしていないけれども。


「あ~! いいねぇ! 今日1日の疲れが吹っ飛ぶねえ! 農作業で疲れた体に染みわたる!」


「新村さんは朝から農作業してますもんね」


「おうよ。まあ、大変と言えば大変だな。そういえば、蓮君は就職先とかは見つかっているのか?」


「いえ、まだどこに働くかは決まってないですね」


「そうか。それなら、時間がある時にでも農作業を手伝ってくれると嬉しいな。もちろん、その分の報酬はきっちりと払うぞ」


「本当ですか? いやあ、良いですね。今度お邪魔させていただきます」


 正式な働き口が見つかるまでは休養していようかと思ったけれど、やはり金は重要である。先立つものがなければ行動も制限されてしまう。ある程度、家賃の補助や社畜時代の貯金がまだ残っているとしても、やはり収入が完全に0になるのは不安な気持ちになってしまう。


「蓮君は結構背も高いし、体つきもがっちりしているからな。農作業には向いていると思うぞ」


「ありがとうございます。学生時代にはバスケをやっていたんですよね」


「あー。バスケか。いいな。スポーツマンってやつか。じゃあ、身長とか180超えてたりするんか?」


「ええ。ほぼほぼ身長しか取り柄がないですけどね」


 身長180cm超えている。それだけで目立つ存在だし、それを会話のとっかかりにすることができる。営業している時もよく触れられたっけ。


「ところで、蓮君はここに来る前は何の仕事をしていたんだ?」


「あー。そうですねえ。まあ、営業職をしていました」


「営業職かー。なんだよ。結構いい仕事してんじゃねえかよ。会社の花形的な存在だろ?」


 新村さんの言う通り、世間一般では営業職は憧れを持たれるような仕事だとは思う。特に俺も営業部のエースとかそういう存在に憧れていたこともあったし。


「あはは。そ、そうなんですけどね。ただ、俺の会社はちょっとブラックと言いますか……まあ、あんまり大きな声では言えないようなことも強要されたり?」


「あー。なんつーか。アレか。パワハラってやつか?」


「そうですね。それもありました。ノルマ未達だと暴言吐かれたりして」


 今思い出してみても、背筋が寒くなる思いがする。あんな企業が令和の今でも存在しているなんて思いもしたくない。


「うーん……コンプライアンスってやつだっけ? それが叫ばれている世の中で、まだそんなことしている会社ってもんがあるんだな」


「そうなんですよ。元々、俺ビールとか飲めなかったはずなのに、ストレスがたまったせいで酒を飲むようになってからはビールもいけるようになっちゃったんですよね」


「あー。わかるわかる。俺も最初にビールを飲んだ時はそこまでうまく感じなかったけれど、仕事終わりに飲んだ1杯をうまく感じたから飲めるようになったからな」


 そんなビール談義をしていると大将がやってきて、ゴーヤチャンプルの皿を俺たちの前に提供した。


「はいよ。これがゴーヤチャンプル。うめえから食ってみてくれよ」


「はい。いただきます」


 ゴーヤと豆腐と卵と豚バラ肉。それぞれが混ざり合っている。上にかつおぶしがかかっている。ゴーヤの緑色と卵の黄色の対比がよく映えて見た目的にうまそうである。


 俺はまずはゴーヤチャンプルを箸で一つまみをする。ゴーヤ、豆腐、卵、豚肉がちょうどつかめてそれを口の中にいれる。


 これは……! うまい! かつおだしが効いていてゴーヤの苦みを豆腐と卵のなめらかな味で調和されている。苦いことには苦いけれど不快な苦さではないというか。そして、豚肉も噛めば味が染み出てきて全体的な調和としては100点満点の味である。


「う、うめえ。大将。うまいです! これ!」


 俺は無意識の内に大将に感想を伝えていた。この料理を食べてうまいと言わないのは無理だった。殴られたら痛って反射的に言うのと同じレベルでうまいと言わざるを得なかった。


「ははは。嬉しいねえ。味には自信があるけれど、やっぱりそう言ってもらえると作った甲斐があるってもんだ」

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