第4話 売れない元ダンジョン配信者。挨拶まわりをする
引っ越してきて数日経過した。今日こそはあいさつ回りをしようと決意した俺は重い腰をあげて手土産を持って近隣の家へと向かった。
最初の家。表札には真木と書かれていた。インターホンを押してしばらく待っていると通話が繋がった。
「はーい」
女性の声が聞こえる。年齢は……わからない。電話越しだと女性の声は無駄に高くなるから。
「すみません。私は先日引っ越してきたばかりの狩谷と言います。引っ越しのご挨拶にやってきました」
「あらあら。わざわざすみません。ちょっと待ってくださいね」
プツっとインターホンの通話接続が切れた。数十秒後、30代くらいの女性と共に40代くらいのハゲた男性がやってきた。
「どうも。私がこの家の主人の
「よろしくお願いします」
「あ、ご夫婦そろってありがとうございます。これ良かったらどうぞ」
俺は手土産を真木夫妻に渡した。
「わざわざありがとうございます」
奥さんが手土産を受け取り深々と頭を下げた。旦那さんの方も少し躊躇しながら頭を下げる……できるだけ彼の頭頂部は見ないようにしたけれど。
「私は工務店をやっています。なにか家でのトラブルとかリフォームの相談とかあれば、ぜひ声をかけてください。お安くしておきますよ。それで、これは名刺です」
真木さんはニカっと笑いながら名刺をくれた。その名刺には会社の名前、電話番号、そして代表取締役、真木 慎吾と書かれていた。すげえ。ちゃんとした会社経営者なんだ。
「はい。その時がくればよろしくお願いします」
挨拶もほどほどにして、俺は真木宅から立ち去った。あまり長話をしても相手方にも迷惑だろう。
続いて、俺は別の家に訪問する。表札には内田と書かれている。またインターホンを押してしばらく待っていると、通話が繋がった。
「こんにちは」
今度は若い男性の声が聞こえる。
「あ、すみません。私は先日ここに引っ越してきた狩谷と言います。引っ越しのご挨拶にやってきました」
「あー。そっすか。ちょっと今は祖父がいないんで、代わりに俺が出ますね」
そう言うと青年が玄関先から出てきた。年齢は……結構若い。俺よりも若いんじゃないかと思うくらいで、白いTシャツにジーンズと非情に簡素な服装をしている。
「狩谷さんだっけ? 俺の名前は、
19歳。思ったより若かった。これでまだ酒を飲んではいけない年齢なのか。なんというか、田舎でもちゃんと20歳未満の若者っているもんだな。
それにしても表札には内田と書かれていたのに、この修二って子が名乗った姓は有泉である。ということは、家主とは苗字が違うってことか。
「ああ。そうっすね。お爺ちゃんは母方の方なんで苗字が違うっす」
俺の心を読んだかのように修二君が補足をする。
「ところで、狩谷さんはいくつなんすか?」
「えっと。最近25歳になったばかりかな」
「おおー。まだまだ全然現役じゃないっすか。この辺はあんまり20代の人が少ないんで若い人が入ってきてくれて嬉しいっす」
19歳の子に25歳で若いって言われるとなんか煽られているような気がする。
「そうかな。俺だって一応は四捨五入すれば30歳だし、修二君に比べたらおっさんじゃない?」
「そうっすかね。お兄ちゃんってくらいの年齢だとは思いますよ」
結構ぐいぐい来てべらべらしゃべる子だな。初対面とは思えないくらいに話してくれる。それにしても、ちょっと話しただけでもそんなに悪い子ではないことが伝わってくる。
「まあ、俺は諸事情あって、高卒でお爺ちゃんとこの家業を手伝っているっす」
「お爺さんの家業とは?」
「養鶏場っすね」
「なるほど……」
「っつーわけで、仲良くしてくれると嬉しいっす」
「いえいえ。こちらも修二君とは仲良くしたいかなと思っていたところだよ。これ、良かったらどうぞ」
俺は手土産を修二君に渡した。
「おお。ありがとうございます」
ニコニコ笑顔で俺の手土産を受け取る修二君。
「それじゃあ、また今度。お爺さんにもよろしく言っておいてね」
「はーい」
内田宅を後にした俺は次の家へと向かう。表札を見ると……新村と書かれていた。
「新村……あの人の家かな?」
早朝に散歩した時に出会った農家の新村さん。ちょうど野菜のお礼もしたかったし、この新村宅が同姓のものでないことを祈る。田舎は同じ苗字の人間が多いとはよく聞く話ではあるから。
俺はインターフォンを押してしばらく待つ。すると、あの日の早朝の見た顔が玄関から出てきた。
「お、おお! 蓮君じゃないか。どうした? 俺になにか用か?」
相変わらずのキレイなまばゆい白い歯を見せる笑顔をする新村さんだった。
「あ、その。引っ越しのご挨拶にきました」
「ははは。いいねえ。今時の若えもんにしてはその辺しっかりとしているじゃねえか。お前のことをますます気に入りそうだ」
ここの住人の人たちに気に入られるのは素直に嬉しい。やはり、地域に住むとなったら、そこの住民に嫌われてはやり辛いことも多い。
「これどうぞ。お土産です」
「おお、悪いな。どうだ? 今夜飲みにでかけねえか?」
「え? 良いんですか?」
俺は酒は嫌いな方ではない。ブラック企業勤め時代はそれこそ溺れるくらいには飲んでストレスを解消していたところだ。あまり良い解消法とは言えなかったけれど。
「ああ。うまい地酒を出す店を知ってんだ。そこの大将にお前さんを紹介してえくらいだ」
「常連客が集う感じのお店ですかね」
「まあ、そうだな。田舎の小料理屋は大体メンツが固まっているからな。でも、お前ならすぐに打ち解けると思うぜ」
こういう時に飛び込み営業で鍛えたコミュ力が役に立つものなんだなと思ってしまう。もし、俺が営業職じゃなかったら、常連で固まっている店は行き辛いと感じていたかもしれない。
でも、なんというか……人と接すること自体には抵抗がないからそういう輪にも俺ならうまく入っていけると思う。
「わかりました。それでは今夜飲みにいきましょうか」
「お、いいねえ。行けるクチだね。いやあ、助かったよ蓮君」
「ん? どういうことですか?」
「実は女房に最近アンタ飲みすぎだよって言われていてな。最近引っ越してきた新入りと仲良くなるって口実の飲みなら許可がでやすいだろ?」
「たしかに。それはちょっと断り辛い雰囲気はありますね」
俺は独身だからその辺の夫婦の事情は知らんけども。
「それに若えやつと飲むのも久しぶりだしな。今夜は楽しめそうだ。わはは」
若いやつか。そういえば、まだ修二君は19歳だったな。新村さんと修二君が面識あるのかは知らないけれど、あったとしても誘えないか。
「それじゃあ、18時くらいになったらまたウチに来てくれ。一緒に行こうか」
「行くときは歩きですか?」
「そうだな。飲むって言うんだから車で行くわけにはいかねえしな。代行頼む金もねえし、ちょっと遠いけれど歩きで行こう」
この辺の倫理観はしっかりとしている人だった。
新村さんと飲む約束を取り付けた俺は一旦は自宅へと戻った。この辺の近隣住民への挨拶周りも大体終わったし、これでご近所とも円滑にコミュニケーションができると良いな。
18時までまだ時間がある。俺はふとスマホを開いて、自分の動画を配信しているチャンネルを確認した。
そこで俺は信じられないものを目にするのであった。
「え? 再生数890回?」
前回のマナナッツを植えた配信のアーカイブがなんと900近い再生数を獲得していた。いつもなら50再生行けばいいくらいなのに。
「そうか。そんなにみんなマナナッツの成育状況が気になっているのか」
なんとなく、ちょっと再生数回数が普段よりも多かったので俺は嬉しい気持ちになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます