第2話 売れない元ダンジョン配信者。スローライフを満喫する

 俺は新天地のスーパーへとたどり着いた。都会では聞いたことがないようなスーパーの名前。この地域にしかないようなものなのだろうか。スマホの時計を見てみると時刻は20時少し前くらいだった。


 この時間帯のスーパーはそれほど混んでないが、商品の品ぞろえもそんなに良くない。既にめぼしい商品が売れた後というか、今日は弁当か総菜で簡単に済ませようとか考えていたので、それらはほとんど売れてしまっている。


 でも、その分残った総菜たちは値引きシールが貼られていてとてもお得である。閉店間際に行けばもっと安くなるんだろうけど、俺はこれくらいの値引きで十分かな。別に金がないわけでもないし。


 米を炊いてないというか、そもそもの話まだ炊飯器が届いていないので今日は弁当にするか。白身魚のフライが乗っているのり弁がとてもうまそうである。


 でも、のり弁の隣にある焼きジャケ弁当もうまそうである。どっちにするべきか……これは悩みどころだな。


 俺が悩んでいると俺の横からすっと白い女性の手が伸びてきた。赤いマニキュアが塗られているその手は躊躇することなく、値引きシールが貼られている焼きジャケ弁当を取っていった。


 その手の持ち主はスタスタと歩いてその場を去っていく。顔は一瞬見えた。見た感じは化粧が濃い感じの若い女性だった。肩甲骨の辺りまで伸びている茶髪で耳にはピアスをしている。


 移住者を募集している田舎だけあって、老人しかいないかと思ったけれど意外とああいう感じの若い人もいるんだな。でも、ちょっと都会とは違う感じのオシャレというか……田舎特有の雰囲気みたいなものは感じられた。


 失礼を承知な一言でいえば、垢ぬけきれない田舎のヤンキー感。


 初対面ですらない。見知らぬ相手にこんなことを思うのはちょっと自分でも嫌な感じがするが……まあ、心の内ということで自分でも大目に見るか。口に出したらトラブルに発展することも、心の中で思うのは自由だ。


 ただ、まあ。焼きジャケ弁当を奪ってくれたのは助かるかもしれない。こうなれば選択肢はのり弁しかない。ああ、でも、もう1つ隣のシウマイ弁当も気になる。


 いや、これ以上の目移りはダメだ。俺はのり弁にすると決めたんだ。こんなところで時間を使っている場合ではない。


 俺はのり弁とペットボトルのお茶を買ってスーパーを後にした。食料品の買い込みは冷蔵庫が届いてからで良い。


 俺は家に帰るためにまたあの長い道を歩いていく。でも、それも少しの辛抱だ。自転車が届けばこんな長い道を歩く生活ともおさらばである。なあに、散歩はかえって健康に良い。この時間も無駄にはならないさ。


 家に帰ってくるころには20時43分とかなり中途半端な時間だった。俺はのり弁を食べる。電子レンジがなかったので冷えたまま食ったが、これがまあまあうまい。


 冷めていてもうまいように工夫して調理しているのだろうか。白身魚のフライも衣がしっとりとしていて、良い感じに油の味がする。この健康に悪そうだけどうまい味。これが良いんだ。


 添えてあるきんぴらごぼうも良い味を出している。ほんの少しピリ辛で実に俺好みの味である。


 ふう。満足だ。このスーパーの弁当は中々にうまい。田舎にある地元に根付いたスーパーだからと言って舐めてはいけない。また買いにいこうっと。


 食事も済ませて、お茶の飲んで一息ついた俺はシャワーを浴びることにした。今日は疲れたしさっさと眠りたい。シャワーだけで体を洗うだけで済まそう。夏だし、湯舟にじっくりと浸かるなんてこともしなくていいだろう。


 シャワーを軽く浴びた俺はそのまんま眠りについた。ベッドもまだ届いていないので、その辺で適当に雑魚寝。夏だし、毛布がなくても風邪をひかないというのはありがたい。



 翌朝、俺は目が覚めた。まだ日が昇り始めて明るい頃。夏だから日の出の時間も早い。


「ふあーあ……んー……」


 俺は寝起きで腕を伸ばしたり、肩を回したりして体の凝りと眠気をしっかりと取る。実に気持ちの良い朝である。昨日は早く寝たお陰ですっきりと目が覚めた。


 こんなに気持ちの良い朝はどれくらいぶりだろうか。ブラック企業に務めていた時は、朝が来るのが怖かった。仕事にいくのが嫌だった。仕事をやめてからは、明日になるのが怖かった。このまま何もしないで一生を終えるかもしれない焦燥感があった。ダンジョン配信者になってからは、明日が来ないかもしれないのが怖かった。今日ダンジョンで死ぬかもしれないと不安になる日もあった。


 でも、今は違う。こうして、新たな生活を始めて、全てのしがらみから解放された気分だ。実に清々しい。


 窓を開けて外の空気を吸う。うーん、鳥のさえずりも聞こえてくるしなんだか爽やかな気分になってくる。


 なんか変な鳴き声の鳩も鳴いているし、これが聞こえるってことは都会から離れることができたんだなって実感する。


 さてと。これからどうしようか。この時間帯からすることがなにも思い浮かばない。


 テレビもパソコンもまだない。スマホでゲームして遊ぶのもなんか都会でもできることだし……かと言って、この時間帯に外に出てもまだみんな眠っているのかもしれない。


 こんな早朝に近隣に挨拶しに行くのは迷惑以外の何物でもないな。


 あれ? 意外と田舎ってできることが少ないのか?


「……とりあえず散歩にでかけるか」


 俺はまだこの辺の地理をよく理解しているわけではない。地理の把握もかねて散歩にでかけることにした。


 朝早く散歩に出かける。昨日のスーパーとは反対方向に行ってみよう。反対方向の道も相変わらず畑だらけである。そんな中で畑で作業をしている人を見かけた。


 こんな朝早くから畑仕事をするなんてすごいな。それとも、俺が農業エアプなだけで農家の朝は早いものなのか?


 どうしよう。ここは声をかけるべきか? 都会だったら知らない人には声をかけることはないけれど、ここは田舎である。もしかしたら、ご近所さんかもしれないし、近所づきあいは大事である。ここで挨拶をしなかったとかで近所の人との交流に軋轢あつれきが生じるのも嫌である。


 ここは勇気を出して挨拶をしようか。


「お、おはようご……」


「あんれー。あんた、この辺で見ない顔だな」


 農作業をしている人に挨拶を遮られてしまった。


「あ、えっと、昨日引っ越してきたばかりで」


「あー。なるほど。どおりで知らねえわけだ」


 農作業をしている男性はニコっと笑った。推定年齢は40歳くらい。歯はキレイに真っ白で歯並びも良い。歯を大切にしている人なんだろう。


「おはよう。そして初めまして。俺はこの辺に住んでいる新村にいむらっちゅうもんだ。下の名前は和明かずあき。生まれも育ちもここ。まあ、よろしく頼む」


「あ、新村さん。よろしくお願いします。俺は狩谷蓮です。よろしくお願います」


「狩りやれん? なんだ。狩りをやれねえのか。それじゃあ、猟友会には入れねえっちゅうことだな。がはは」


 初対面でいきなり名前をいじられてしまった。人生においてこのいじりをされるのは12回目である。成人してからは3回目。


「まあ、いきなりこんな辺鄙へんぴな田舎に来て生活に困ることもあるだろう。あんたからは都会のにおいがするからな」


「は、はあ……都会のにおいですか……」


 鉄のにおいとかか?


「なにか困ったことが有ったら相談してくれ。いつでも乗ってやる」


「あ、ありがとうございます」


 新村さん。思ったよりも良い人そうだ。挨拶しようとして良かった。


「それにしても、蓮君。いつもこんなに朝早いのか?」


「いえ、昨日は早く寝ちゃったから朝早く起きてしまったんです」


「それで散歩に出かけたってか? なるほど。いいね! そういうの。気に入った! ウチで作った野菜を持っていけ」


「え? いいんですか? でも、ちょっと悪いような……」


「おうよ。早起きすると良いことがあるとか言うだろ。だから遠慮なんかすんな」


「ありがとうございます」


 俺は新村さんから夏野菜をもらった。ものすごい良い人じゃないか。

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