売れないダンジョン配信者が引退してスローライフを配信したらプチバズった

下垣

第1話 売れないダンジョン配信者。引退する

 7月27日。25歳の誕生日。四捨五入すると30歳になるこの大事な節目に今までの自分の人生を振り返ってみよう。


 俺は狩谷かりや家の長男として生を受けて、両親かられんという名を授かった。成績は中の下。運動神経はそこそこ良かったもののそこそこ止まりで、部活動でエース級の活躍をしたということもない。辛うじてバスケ部のレギュラーになれる程度だった。


 学生時代はバスケをやっていたこともあってか身長は180cmの大台には乗ることができた。そこだけは俺が唯一誇れることである。顔は自分でも普通な方だと思うが、それでも高身長のお陰でからか学生時代は彼女を切らしたことがなかった。でも、高身長だからと言って、それ以上に特になるかあるわけでもない。身長だけで良い企業に入れるんだったら俺はこんなに苦労しなかった。


 三流大学を出た俺はブラック企業に営業職として入ってしまった。営業ノルマがキツくて、まともな方法ではそのノルマを達成するのは難しかった。


 ギリギリ合法の詐欺的な手法を使って契約を勝ち取らなければならない。そんなまともな神経をしていたらとても持たないような仕事。3年以内の離職率が高くて、俺もその離職率を上げる方に貢献した。22歳で入った会社を24歳の時にやめた。


 ついでに学生時代から付き合っていた彼女とも別れた。金の切れ目は縁の切れ目と言うが、無職になったらすぐに捨てられるとは思いもしなかった。


 その後、ダンジョン配信がブームになった。いつの間にか世界中に生えていたダンジョン。そこでダンジョンの様子を配信することによって、人気を集めている配信者たちがいた。


 最初はダンジョン配信なんて危険なものは規制するべきだという声もあったが、ダンジョン内の配信をすることでダンジョンの構造やら攻略法がみんなに共有されたことで却って、探索者たちの生存率を上げることができたとデータで証明されたので規制には至ることはなかった。


 俺も学生時代はスポーツに打ち込んでいたし、それなりに喧嘩も強いだろうと思ってダンジョンを探索しようとした。ダンジョン配信者は当たればでかいので人生一発逆転を狙ってのことだった。


 しかし、既にダンジョン配信者は飽和状態だった。人気のあるダンジョン配信者は固定ファンがついていて強いし、新規の層も美男美女か、滅茶苦茶強い期待の新人とか、そういうものにばかり注目が集まっていた。俺も高身長を売りにしようかと思っていたが、身長190cm超えの大スター配信者もいる中で180cm程度ではそこまで大きなアピールポイントにもならなかった。


 結果、俺は社畜時代の貯金も底を尽きて、ダンジョン配信者としてこれ以上活動できないほどに追い込まれてしまった。経済的事情だけは本当にどうすることもできない。金がなければ食えない。食えなければ人は飢える。飢えれば死ぬのだ。


 そして、今は25歳の誕生日。そろそろ今後の将来のことも考えて身の振り方を考えなければならない。


 幸いにしてまだ無職期間は1年にも満たない。空白期間が短くないけれど長すぎるというわけでもない。社会復帰するには年齢も相まってか問題はない。


 だから、今はまだやり直せるチャンスはある。これで30歳を超えたり、35歳を超えたりすると手の施しようがなくなってしまう。軌道修正するなら今しかない。


 でも、就活をするにも金がかかる。都会に住むのにも金がかかる。家賃が高い。就職先がすぐに見つければ問題ないが、そうでなければ待っているのは経済的な死。


 実家に帰るという選択肢もあるにはあるが、できることなら親に頼るようなことはしたくない。これは俺のプライドの問題である。


 そんな中で俺はある広告を目にした。それは、田舎に住むことで助成金が得られるというものだった。


 なんでも人口減少に悩む市町村が移住者を増やそうとサポートするというものだった。


 田舎に仕事があるのかは知らないけれど、少なくとも都会に住んで摩耗するよりかは田舎でサポートを受けながら生活する方が良いのかもしれない。そう思った俺はその移住者プロジェクトに申し込みをすることにした。


 25歳の誕生日にこの広告を目にしたのもなにかの縁だ。誕生日に見つけた縁に悪いものなんてあるわけがない。


 25年間、特に良い人生を歩んできたわけではないが、これからの人生は良いことの方が多いようにと祈りをささげた。



 そんなわけで、俺は田舎に引っ越してきたわけだ。役所で手続きを済ませて、そのまま自分の家へと向かった。家は自治体の方で貸し出してくれて一定期間、家賃はかからない。昼を少し過ぎたころに家に着くと庭付きの一戸建てと都会では高額すぎて手に入れられないほどの家を借りることができた。


 家は少し古めかしい木造建築だけれど、そこがかえって味が出ていて良いのかもしれない。庭はあまり手入れされていなくて、雑草がボーボーと生えている。庭の手入れは自分でしろということだろうか。


 俺は一旦は簡単な手荷物を自室にする予定の場所に置いた。後日、この家に俺が前の家で使っていた家具が届く予定である。それまではこのなにもない広い空間を堪能するとしよう。


 畳の部屋で大の字に寝転がってそのままぐでぐでと過ごして時間だけが経過していく。目を瞑って畳のにおいを感じていると段々と眠気が襲ってくる。やばい、落ち着きすぎてこのまま寝てしまうかもしれない――


 俺はハッと目を覚ました。現在は8月。この暑い時期だけあって寝汗をびっしょりとかいてしまっている。窓を見ると昼だったはずなのに、うっすらと暮れている夕方になっていた。引っ越してきたばかりで疲れているというのもあるかもしれない。けれど、まさか寝転がっているだけで寝落ちをするとは思わなかった。


 まいったな。近所の人に引っ越しの挨拶をしようと思っていたけれど……今から行っても飯時だし、それを避けても夜遅い時間になってしまう。それはかえって非常識なことだし、あいさつ回りは明日することにしよう。


 それよりも、腹が減ってきた。眠っていて動いていないはずなのに減るものは減るのである。俺はサイフに残された金を使って、買い物をしようと思った。


「えーと……近所のスーパーは……うげ。最寄りのスーパーでも徒歩50分圏内かよ」


 ギリギリ1時間を割っているものの、結構遠いところにあるな。毎日こんな距離を歩くのは正直しんどい。田舎暮らしは車が必須だと言われているような理由がわかったような気がする。


 と言っても俺はペーパードライバーなんだよな。車の運転なんて18歳の時に教習所でやったきりなんだよ。これは車を買うところから始めないといけないと言うか……そこまで稼げるようになるような仕事はあるか?


 まあ、一応は送った荷物の中に自転車はあるから、しばらくはそれを移動手段にするけれど。自転車だけだといつか限界がきそうだ。


 でも、今日は自転車がない。仕方ない。歩いていくか。俺はそのまま日が落ちつつある時間帯に出かけることにした。


 道路の脇には田んぼや畑ばかりある田舎道を歩いていると変な虫の鳴き声が聞こえてくる。街灯にも小さい虫が集まっていてなんとも言えない気持ちになってきた。俺は別に虫が苦手ということではないけれど、かと言って好きなわけでもない。


 自然が豊かだとこういう虫との遭遇もあり、虫が苦手な人にはこの生活はキツいだろうなと思ってしまう。


 歩くこと数分経ってもあまり人とすれ違わない。1人、2人とすれ違った程度で都会だったらこんなにすれ違わないことはない。人がほとんどいない状態でなんだか物悲しさを感じてしまう。そりゃ優遇した条件で移住者を求めるわけである。

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