第45話「銀河の系譜」
天空王国から帰還した翌日。海底王国からの襲撃に関する事情聴取を二人に任せたハクは、予定どおりアイアへと帰還していた。出発は早朝だったが、各国の転移魔法陣を転々とする必要があったため、既に昼過ぎの時間になっている。
懐かしい街並みを通り過ぎて、とある建物の扉を潜り、連なる本棚を抜けて階段と通路を歩いた後、更に扉を開いたことで目的の場所へと辿り着いた。
「久しいな、ハクよ」
目に優しくない色合いで構成された応接室。その奥にある背の高い椅子に腰掛けた一人の老人が、入室したばかりのハクに話しかけてきた。
「お久しぶりです。お師匠様」
お師匠様こと、レマイオ。記憶喪失の状態で目覚めたハクを拾った、彼の恩人とも言うべき存在だ。
「およそ二ヶ月ぶりといったところか。それだけで随分と見違えたが…… 感傷に浸っている暇はないようじゃのう」
ハクが頷くと、レマイオは再び口を開いた。
「定期報告で事情は把握しておる。お前さんさえ良ければ、早速修行を始めるとしようか」
アイアでの課題を終えて火の国に出発してから、昨日の件まで。ハクは包み隠さず文章に起こし、その手紙をレマイオ宛に差し出していた。長旅の土産話を尋ねられなかったのは、そのためだろう。
「その前に、一つ、よろしいでしょうか」
「うむ。なんじゃ?」
「…… この国の、番人についてです」
ハクがそう告げた直後、レマイオは目を丸くした。それは本当に一瞬のことで、すぐに出方を窺うような面持ちに変わってしまったが。
「これは、あくまで僕の独り言。答える必要はありません。ただ、聞いていただければ幸いです」
一人でアイアへ戻るという選択は、何も二人に押し切られて決めたわけではない。ハクは、レマイオと秘密裏に話したいと考えていた。誰に聞き耳を立てられる心配もない状況で。それを実行できる、いい機会だと考えたのだ。
「この国には結界こそあるものの、番人がいない…… とされています」
はぐらかされて終わりかもしれない。あるいは、自身の思い過ごしかもしれない。そうわかっていても、確かめずにはいられなかった。
「後任が見つからない、等の理由であれば納得できないこともないのですが…… それらしき人物がいたという記録すら、どこにも残されてはいない」
少なくとも、この建物に存在する書物には記されていない。棚にある全てを網羅したわけではないが、仮にそうできたとしても結果は変わらないだろう。
「結界が誕生した当初から、この国に番人と呼べる存在はいなかった。それなのに、結界は今もこうして人々を瘴気から守っている」
「要領を得ないのう。いったい、何が言いたいんじゃ?」
あまりに遠回しだったためか、レマイオから口を挟まれた。
とは言え、あまり飛躍しすぎても誤魔化す隙を相手に与えるだけだと思い、ハクは想定していた順序のまま話し進めることにする。
「…… 番人は、身を潜めているだけで、確かに存在しているのではないか。僕はそう推測しています。それも、誰に引き継がせることもなく、数百年前から、たった一人で」
確証があるわけではない。それでも、辿り着いた結論が真実なのだとすれば、説明のつくことが多かった。
「人の寿命を超えながら結界を維持し続けることが可能なのは、僕の知る限り、一人しかいない」
現時点では、顔も名前も知らないことになっているが────そんなことを考えながらも、ハクは続ける。
「瘴気から人々を守るべく、全ての結界を構築した張本人、かの大魔導師」
直後、レマイオの眉が僅かに動いた。その瞬間をハクは見逃さなかったが、特に追及することもなく仮説を述べていく。
「身を潜めているのは、命が狙われることを恐れて、ではないでしょうか。それも、我が身可愛さではなく、死ぬわけにはいかない正当な理由があるはずです。例えば、彼自身の命が、全ての結界の核となっているとしたら…… 現状にも納得ができます」
番人にふさわしい存在が現れていない、というのは、あながち間違いではないのだろう。役目を託せる相手がいないために、数百年もの時を生き永らえてきたとすれば、合点がいく。
秘匿を続けているだけで、既に代替わりしている可能性も充分にあるが、それでも大魔導師が存命だと考えるのには明確な理由があった。
「話は大きく変わるのですが……」
ここからが本題だ。頭の中を整理するべく、ハクは一旦呼吸を整えた。
「お師匠様はどうして、僕に流れる魔力が、英雄のそれと同一であるとわかったのですか?」
「それは……」
もっともらしい答えが返ってくるかと思われたが、レマイオはすぐに閉口してしまった。その様子に手応えを感じたハクは、更に続ける。
「先日、天空王国を訪れた際に知ったのですが…… 英雄の魔力が異質であったという事実を知る者は、そう多くないようですね。少なくとも、お師匠様の魔法で授かった知識のなかに、英雄の詳細についてわかるような情報はない。少し調べただけで辿り着けるようなものでもなさそうでした」
ハクの魔力が普通の光属性のそれとは異なるという事実は、魔法に精通している者ならば容易に見抜くことができるだろう。
ただ、レマイオは、ハクと英雄の魔力が同一であると告げていた。後者の魔力もまた異質であったという情報など、そう簡単には得られないというのに。
「人伝に聞いた、という可能性も充分に考えられます。それをわざわざ、僕に伝えなかっただけだとも。でも…… お師匠様は、英雄と直接面識があったために、その魔力について知っていた。そう考えずには、いられないんですよ」
かの大魔導師と、目の前にいるレマイオは、同一人物である。番人の所在と言い、寿命と言い、英雄の魔力と言い、そう考えればこれまで挙がっていた不可解な点が全て解決するのだ。
その仮説が間違っている可能性は、充分に考慮している。だが、一度抱いてしまった疑念を払拭することは、できなかった。
「お前さんの推測については理解できたが…… それを踏まえて、わしに何を望むと言うのじゃ? 肯定も否定も求めていないあたり、ただ知識欲を満たしたいわけでもなかろう」
真実に辿り着けていたとして、事情が事情だ。本人の口から明らかにさせるつもりはない。隠していたことを責めるつもりもない。
「貴方の全力を、受けてみたい」
脅迫しているわけではない。ただ、レマイオが本当に大魔導師と同一の存在であるなら、その実力を一目見てみたいと考えたのだ。
「自分の実力が、貴方の域に達しているとは思いません。それでも、僕はこれまでの旅で確かに成長してきました。今の僕が貴方にどれだけ通用するのか、試してみたいんです」
拳を強く握りしめ、レマイオの瞳を見つめる。
「長く伸びた鼻じゃのう」
「それを折ってもらうのも、目的の一つです」
自らの心の中に、油断や慢心が少なからずあるはずだ。そう考えたハクは
「…… いいだろう」
その言葉の直後、ハクの視界が切り替わる。
上下左右に広がる暗闇と、そこに点在している、無数の小さな輝き。つい先程まで目の前で座っていたはずのレマイオの姿は、どこにも確認できない。
(これは、宇宙空間……?)
実際に訪れたことなどあるはずもないが、ハクはすぐにそう判断することができた。恐らくは、魔法で再現されているに過ぎないのだろうとも。
「…… この姿を他者に見せるのは、いつ以来か」
そんな言葉が聞こえるとともに、一際眩い輝きがハクの前方に現れる。それが収まった後に彼の瞳が捉えた姿は、老人のそれとは全く異なるものだった。
(これが…… お師匠様……?)
特徴的な髭は消え失せ、代わりに美しい白髪が無風のはずの空間で靡いている。顔立ちは妙に若々しく、青年と呼ぶべき容姿をしていた。
いや、何よりも驚くべきは、その魔力だ。
ただでさえ底の知れなかったそれが、空間に充満している。重々しく感じられるが、殺気等を感じられないあたり、まだ本気ではないのだろう。
「銀河の系譜、貴様の魂に刻み込んでやる」
浮遊するレマイオが、徐に杖を構える。予想以上の迫力に息を呑みながら、ハクもまた杖を握りしめた。
期待、羨望、興奮、畏怖。相手の僅かな動作だけで抱かされたそれらの感情を、力に変えて。
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