第43話「天空の試練」

 青天の下、砂が敷き詰められた演習場に立っている、一人の男。その顔は、先刻に見たばかりのものだった。纏う鎧の色が白から黄金に変わっているが、間違いない。

 ハクを連れてきた天空王国の使い、ヌヴォだ。接近には気づいていたはずだが、彼はハクが正面に立ってからようやく口を開いた。


「さっきぶりっすね、ハクさん。あ、これどうぞ」


「あ、どうも……」


 ヌヴォから手渡されたのは、白を基調とした色合いの杖。ハクが普段使用している武器だった。


「いやー、すみません。準備ができてないかもってのを失念してました。自分、すぐ周りが見えなくなる悪癖を持ち合わせてるようでして…… 武器だけですが、回収しに戻りました。他にも何かあれば、今からひとっ走りしてくるっすよ」


「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」


 素直に礼を告げるハク。相手を責めることなく、本題に入ることにした。


「それより、何故ヌヴォさんがここに?」


「…… その理由は、もうわかってるんじゃないっすか?」


 微笑を浮かべるヌヴォだが、空気は和やかになるどころか重々しくなっていく。口を開くことさえ、躊躇われる程に。


「あ、もしかして、ただの使いがどうして王に意見できるのかって話っすかね」


 未だ陽気な態度を崩さない相手の言葉に、ハクは小さく頷いた。


「それも簡単。自分が、ただの使いじゃないからっすよ」


 ヌヴォが、ゆっくりと瞬きをする。それだけで、彼の印象は完全に変わった。


「天空王国ウーロレの、第一王子。それが、自分の本当の肩書きっす。本名も、また別にあるんすけど…… ややこしくなるんで、知らなくていいっす」


 口調こそ変わっていないが、まるで別人のような雰囲気を醸し出している。ハクがそう感じたのは何も、王子だと明かされたからではない。

 視線、息遣い、細かな所作。そして、圧倒的なまでの魔力反応────それらから、相手が番人に匹敵する程の実力を持ち合わせていると理解できたためだ。


「素性を隠しての接触が失礼だとわかってはいたんですが…… 余計な混乱を招かないよう、認識阻害の魔法を使わせていただきました。一緒にいた火の国の第二王子までもが気づかなかったのは、そのためでしょう」


 尋ねる前に、浮かんだ疑問が解消される。この国の王族が宿しているらしい光属性の魔力を今の今まで感じられなかったことも、恐らくはそれが理由なのだろう。


「もう一つだけ、よろしいですか?」


「なんなりと」


「…… 僕を試そうとする理由。教えていただけないでしょうか」


 ハクの言葉を受けてか、ヌヴォが背中を向けて歩き始めた。


「さて、なんでしょうね。ハクさんじゃなく、自分自身の力を試したいからかもしれません。もしかしたら、掟を破られるのが許せないだけなのかも。あるいは……」


 十歩程進んでから、立ち止まって振り返るヌヴォ。笑みはいつの間にか消えていて、引き締まった表情がハクへと向けられた。


「なんにせよ、ハクさんがここに来たなら、やることは一つ。そうでしょ?」


 唾を飲み込みつつ、ハクは杖を構える。

 気圧されるな。力むな。集中しろ────自分を鼓舞しようと思えば思う程に、嫌な緊張感が彼を襲っていった。


「手加減はいりませんし、できません…… いつでも、どうぞ」


「…… では」


 深呼吸をしてから、ハクは魔力を高めていく。

 最早、この緊張に身を委ねるしかない。そう思いながら杖を掲げた。


「撃ち抜け」


 詠唱により、ハクの頭上に光の球体が六つ出現する。杖が振り下ろされると、それらは

円弧を描くような軌道で相手へと飛んでいった。


「『みつよりまんじゅ』」


 ヌヴォの詠唱で現れたのもまた、球体だ。

 数は三つ。ただ、ハクの放った魔法が人間の頭部程の大きさなのに対し、それらは拳程度の大きさしかなかった。


「『おうそうすいそうせきそう』」


 だが、続く詠唱により、三つの球体は三色の槍へと変化する。黄色の槍だけがヌヴォの手に収まり、水色と赤色の槍は彼の周囲を浮遊し始めた。


(この魔力反応、まさか……)


 槍の魔力反応を受け、ハクはある可能性に思い至る。だが、すぐに思考を切り替えて戦闘に意識を集中させた。


(懐に潜り込ませて、爆発させる……!)


 動かずにただ考えるだけの余裕は、ない。

 相手にこれ以上の行動を取られる前に、光の球体を到達させて爆発させようと画策する。だが、脳内に浮かべたそれを実行しようとした時には、既に遅かった。

 三本の槍を全て活用した、目で追えない程の攻撃。それにより、六つの光が全て消滅させられてしまったのだ。


「くっ……!」


 たったの数歩で、距離を詰められる。

 驚きこそするが、全く予想していなかったわけではないため、ハクは後方に下がりつつ魔力を高めた。


「『シャイニング=レイ』」


 純白の輝きが、ハクの肉体に宿る。直後、彼は飛び立ってヌヴォの真上を位置取った。


「集まれ!」


「『がさね:とうじゅん』」


 槍が届かない高所から放った、膨大な量の光。それは、ヌヴォが咄嗟に槍を変形させて作り出した、透明な盾によって防がれてしまった。

 だが、まだ終わらない。ハクは相手の後方に着地し、即座に振り返って杖の先を向ける。


「『ふたがさね:おうほう』」


「貫け!」


 僅かに、ヌヴォの詠唱の方が速かった。

 盾から分離した、二つの球体。そこから放たれた雷により、ハクの魔法は軌道を逸らされて難なく回避されてしまう。それだけなら良かったが、雷は一切ぶれることなく進み続け、その先にいた彼へと容赦なく襲いかかった。


「ぐああああっ!?」


 たまらず、ハクは膝をつく。攻撃自体が終了しても、激痛と麻痺が残存していることで体を上手く動かせない。

 それを、相手が黙って見ているはずはないだろう。


「『ちゃけん』」


 ヌヴォは残っていた球体を茶色の剣に変化させ、ハクへと迫る。何かしらの条件があるのか、雷を発生させた他二つは未だ制御下に戻っていないようだった。


「守れ!」


 いくつかの情報を得たが、それらだけではこの状況を覆すには至らない。窮地を脱するべく、ハクは光を半球状に展開して相手の攻撃を防いだ。


(雷に、この剣…… やっぱり、間違いない)


 光属性の魔力とは、明らかに異なる反応。

 どうやら、ヌヴォは様々な属性の魔法を行使することができるらしい。証の力を使っているのか、それとも、生まれながらにしてそれらの魔力を宿す稀有な存在なのか。


「弾けろ!」


 展開していた光を爆発させることで、ハクは土煙を発生させる。

 目眩しが通用するとは思えないが、多少の時間稼ぎにはなるだろう。そう考えた彼は飛行を再開して後方へ移動し、ヌヴォから距離を取ろうとした。

 だが。


「甘いっす」


 脱したばかりの土煙から、一筋の光が飛来する。

 ヌヴォだ。輝きに包まれた彼が、ハク以上の速度で飛行して追いつこうとしていた。


(僕と、同じ魔法……!)


 同じ属性の魔力を宿しているのだから、同じ魔法が使えてもなんら不思議はない。ただ、自分と相手の実力差をまざまざと見せつけられたようで、ハクは動揺を覚える。


「『せきそうちゃれいすいけん』」


 次に球体が変化したのは、赤い槍と、人の形を模した土塊と、水の剣。そのうち、ヌヴォは槍を。土塊は剣を持って、ハクへと攻撃を仕掛けてきた。


(速い……!)


 様々な方向から繰り出される、刺突と斬撃の数々。反撃に出る余裕など、与えてはもらえなかった。

 とは言え、このまま回避に徹していても意味がない。ハクは魔力を高めつつ、機を窺った。


(…… ここだ!)


 迫っていた相手の槍を、光を纏わせた杖で弾く。それにより生まれた一瞬の隙を利用して、ハクは上空へと飛び立った。


「降り注げ!」


 下方に展開した、大小様々な魔法陣。直後、そこから光が次々に降り注いでいった。

 魔力を惜しみなく使った、決死の一手。大地が震える程の威力を有していたが、それでも仕留めることはできなかったと、相手の魔力反応が告げていた。


「面白い魔法っすね」


 ハクの前方。眼下に広がる魔法陣の隙間を潜り抜けるようにして、ヌヴォが飛び出してくる。

 その周囲に、球体や、それらが変化したと思われるものは見受けられない。


「せっかくですし、件の奥義、見せて差し上げますよ」


 その言葉の直後、三つの魔力反応がハクの背後に出現した。

 否。ヌヴォ同様に、光を降り注がせる魔法陣の隙間から飛び出していたのだ。それらも光属性に変化していたため、気づくのが遅れてしまった。


「守れ!」


 接近していた、透明な人形。ハクが光の壁を球状に展開するが、三体のそれらは衝突寸前に飛行の軌道を変え、彼の周囲を目まぐるしい速度で駆け巡り始めた。


「『理想は光り輝いて』」


 詠唱と思われる、ヌヴォの言葉。人形の動きは、魔法を発動するための時間稼ぎだろう。ハクはそう判断できたものの、人形が通過した軌道上に光が残存しているせいで、相手のもとまで一直線に向かうことができない。


「『悪を滅する希望とならん』」


 詠唱が続く。

 ヌヴォは先程、奥義と口に出していた。まず間違いなく、直撃は避けなければならない威力のはずだ。

 ハクは光の壁を消滅させた後、描き出されている光の軌道に触れないよう飛行し、隙間を潜り抜けて包囲網からの脱出を試みた。


「『我が現すら糧にして』」


 ただ、人形の動きに追いつけず、一向に光の中から抜け出せない。

 光の壁を展開し続けて防御に徹するべきだったか────ハクがそんなことを考えた瞬間、張り巡らされた光はその輝きを増していった。


「『聖なる力に全てを溶かせ』」


(…… まさか!)


 魔力反応が高まっていく。それにより、ハクはようやく気づいた。

 周囲に存在する光こそが、魔法を構築しているのだと。

 そして、既に手遅れだとも。


「『しんばつこう』」


 その詠唱で、魔法の準備は完了したらしい。直後、眩い輝きが広がり、ハクの体を瞬く間に呑み込む。

 発動者にとっての光。同じ属性の魔力を宿していると言えど、敵対している存在に容赦はない。

 瞼の裏さえも照らされながら、押し潰されるような痛みに襲われる。すぐにでも意識を手放してしまいそうだったが、彼は必死に堪え続けた。

 やがて、光は収縮していき、消滅する。

 輝きを失った彼の体は、重力に従って地面へと引き寄せられていった。

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