第42話「謁見」
天空王国について、ハクはこれといった情報を持ってはいなかった。詳細な場所も、歴史も、彼は何もかも知らない。まして、王の名前や顔など、知っているはずがない。
だが、彼は一目見て、その者が王であると認識することができた。
「良くぞ参った。ハクよ」
広間の中央に設置された、背の高い玉座。そこに腰を据え、微動だにせず告げる男から放たれる雰囲気は、凡人のそれとは圧倒的な差異があった。
「余こそが、天空王国ウーロレの王だ。この度はご足労いただき、感謝する」
冥王の瘴気や魔物による騒動を除き、比較的平和な状態が続いているこの世界で、王が戦線に立つ機会などそうそうないはずだが、番人に勝るとも劣らない実力を有しているように感じられる。抑えているであろう魔力反応すらも、それに拍車をかけていた。
「いえ、お気になさらず」
だが、緊張などしてはいられない。相手にどういった思惑があるかわからないため、ハクは何が起こっても即座に対処できるよう心を落ち着かせた。
「…… 話を急ぐようで申し訳ないのですが、今回はどういったご用件なのでしょうか」
何が不敬に当たるかわからない。普段よりも自身の言葉遣いに注意しながら、ハクは話を先に進める。
「そなたは、冥王の瘴気を祓うべく動いているらしいな」
「はい。大々的に宣言した覚えはありませんが……」
必要でない限り、明かしたことはなかった。番人でさえ、ハクが背負っている本来の使命は知らないはずだ。
ただ、少年少女が証を集めて回っているという事実は、思っていた以上に注目を集めていたのかもしれない。そういえば、フィーマの兄である火の国の第一王子も真実に辿り着いていたかと、彼は思い出した。
「やはりそうか…… 確かに、そなたであれば、その使命を全うすることができるだろう」
そこから、一拍程の間が開く。
可能性を見出した理由が何か尋ねようとしたハクだったが、それよりも早く、王が再び口を開いた。
「英雄と同質の魔力を宿す、そなたなら、な」
「…… 何故、それを?」
そう尋ねつつ、ハクは気取られないように周囲への警戒を強める。英雄の魔力が狙われているかもしれないと考えたためだ。
魔力反応からして、付近に兵士が潜んでいるということはなさそうだった。もっとも、子供一人抑えるのに、王以外の戦力は不要と判断されただけかもしれないが。
「そなたの魔力が異質なものであることなど、一目見ればわかる」
その事実を知っているのは、レマイオだけだ。他の誰に明かしたことも、気づかれたこともない。番人ですら知覚できなかったそれを、目の前の男はこの僅かな時間で見抜いてみせた。
「では、英雄のそれと同一であるという根拠は?」
英雄の魔力もまた異質なものであったという情報がなければ、先程の結論には辿り着けないはずだ。ハクが授けられた知識にすらなかったそれを、王は────そして、レマイオは、どのようにして得たのか。
「かの者もまた、余と同じ王族の血を引く者でな。出生から晩年に至るまでのあらゆる情報が、代々伝わる書物に記されているのだ」
「…… なるほど」
レマイオから授かった知識には、そのような情報も存在しない。彼ですら知り得なかったのか、それとも、目の前の男が嘘をついているのか。
ただ、英雄が王族であったという話が真実だとすれば、納得のいくこともあった。
「もう一つお聞きしたいのですが…… 貴方も、僕や英雄と同じ魔力を宿しているのではないですか?」
ハクは、自身の魔力に近しいものを王から感じ取っていたのだ。
英雄と血の繋がりがあるのなら、光属性の魔力を王が宿していたとしても不思議ではない。そう考えての発言だった。
「ふふっ…… そういうことか」
突如、王の口角が上がる。
的外れな考察ではなかったはずだがと疑問に思いつつも、ハクは相手の言葉が続けられるのを待った。
「確かに、余は光属性の魔力を宿している。余だけではなく、余の一族皆が、な。だが、英雄のそれとは全くの別物だ」
「どういう意味ですか?」
「光属性の魔力と英雄の魔力は、同義ではないのだよ。故に、そなた以外では、この世界に蔓延する瘴気を根絶することはできない」
「あ……」
光属性の魔力を宿しているから、ではなく、英雄の魔力をそのまま引き継いでいるから、という理由で期待されていたのかと、ハクは今更ながらに気づかされる。
「数十年程前だったか。余の一族のなかにも、世界を救うべく冥府王国に乗り込んだ者がいた…… 世界規模で見ても、屈指の実力者だった。だがそれでも、帰還することはなかった」
遠くを見つめる王。どこか憂いを感じられる表情だったが、それは一瞬で、すぐに視線をハクの方へと戻した。
「どこかに身を潜め、静かに暮らしている、という可能性もあるだろうが…… なんにせよ、光属性の魔力を宿すだけの有象無象では、現状を打破することはできない、というわけだ」
王が、自嘲気味にそう告げる。一人の少年に世界の命運を託そうとしている自分自身に対して、何か思うところがあるのかもしれない。もっとも、当のハクは特に悲観などしていないため、そのような相手の反応を見ても申し訳なく思えてしまうだけなのだが。
「話を戻そう。そなたであれば、冥王の瘴気を祓えると期待しているが…… その期待を確信に変えるべく、受け取ってもらいたいものがあるのだ」
「僕に……?」
「余の一族に伝わる、光属性の魔法。奥義と呼ぶにふさわしいものだ。本来、一子相伝という掟がある故、この行いが露呈すれば余の首は飛ぶことになるだろうが…… その危険を背負うこと自体が、余がそなたを信用する証だと考えてほしい」
奥義。さぞ強力な魔法なのだろう。少なくとも、それを身につけられれば、ハクが今以上に成長することができるのは確かだ。ただ、即座に首を縦に振ることはできない。
「そのお心遣いは、ありがたいのですが……」
ここで頷けば、一子相伝の掟を共に破ることになってしまうからだ。それが露呈したとき、自分や仲間たちにも危険が及ぶのではないかとハクは恐れていた。
「無論、最悪の事態に陥ったとしても、そなたと、そなたの知人友人に迷惑をかけることはないと、ここに誓おう。もっとも、そなたが首を横に振るのであれば、潔く退くこととするが」
その言葉は、保障にはなり得ない。信用を失った王に従う者など、そう多くはいないはずだ。そのときに彼がどんな言葉を並べようとも、自分たちの身が守られることはないだろうと、ハクも理解できていた。
だが。
「いえ」
ハクは片膝をつき、頭を下げる。
「その奥義、授けていただきたく思います」
使命を果たすために、できる限りのことをしなくてはと思い直したのだ。たとえ、危険を背負うことになろうとも。それを、仲間たちに強いることになろうとも。
そうしなければ、冥王の瘴気を祓うどころか、
「うむ。そなたの覚悟に感謝しよう」
ただ、と王が言葉を続ける。
「一つ、問題があってな」
「問題……?」
本来は一子相伝である、という点以外の問題。それが何か推測できず、ハクは膝をついたまま顔を上げて復唱した。
「そなたの実力を見定めたいと言う者がいるのだ。その必要はないと何度も説得を試みたが、聞き入れられなくてな。申し訳ないが、その者に付き合ってもらえぬか」
「承知しました」
大して考えることなく、即答する。
要は、試練だ。証ではなく、奥義を譲り受けるための。
相手が誰であれ、その者に認められる程度の実力がなければ、使命を果たすことはできない。そうわかっていたからこそ、ハクは逡巡せずに言葉を返したのだった。
その覚悟を、王も受け取ったのだろう。再度確認するようなこともなく、ただ一度だけ深く頷いていた。
「感謝する。その者は、王城の正門を出た先に広がる、兵士の演習場にて待機しているはずだ。そこで、一戦交えてやってくれ」
「ええ。では、僕はこれで失礼します」
立ち上がって一礼した後、振り返って歩き始める。背中に声をかけられることもなく、ハクは玉座の間を後にした。
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