第40話「宣戦布告」
「『スラッシング=レイ』」
「『乱れ咲き』」
「『乙女の恥じらい』!」
光の斬撃と、花弁の如き矢と、灼熱の炎が、三方向から魔物の足へと迫る。それらは全て命中したが、有効打を浴びせられたようには感じられなかった。
光によって切断されたはずの足は、即座に接合されている。花弁は魔物の体内に閉じ込められた後、押し潰されるようにして消滅してしまった。炎に至っては、相手の表面に触れた瞬間に蒸発させられている。
(駄目か……)
生半可な攻撃では、届かないらしい。ただ、その程度の干渉でも機嫌を損ねたらしく、魔物がとうとう動き出した。
八本ある足のうち、三つが振り上げられる。ただでさえ長く太いそれらは更に肥大化し、三人目掛けて振り下ろされた。
「『ディフェンディング=レイ』!」
ハクは頭上に光の壁を展開することで、相手の攻撃を防ぐ。躱せない速度ではなかったが、街への被害をこれ以上大きくしないためには、受け止めるしかなかった。
他二人も同様の判断をしたらしく、魔法によって作り出した花と炎を盾代わりにしている。強烈な一撃だったものの、全員、なんとか持ち堪えられていた。
せめぎ合うこと数秒程。このまま続けても押し切ることはできないと理解したのか、魔物が足を引き戻していく。
その瞬間、ハクは左手に魔力を込め、指輪の中石に黄色の輝きを宿した。
「『シューティング=レイ』」
証の力によって変換した魔力を、杖から惜しみなく放出する。
その属性は、雷。相手が闇と兼備しているであろう水属性に、有利を取るためのものだ。
ハクの読みは当たっていたらしく、雷を纏った光の球体が直撃したことで、魔物から叫び声が上がった。
(よし、これなら通用する……!)
魔力を練り直し、次なる攻撃の準備を進めるハク。だが、直後に魔物が激しく暴れたことでそれを中断させられた。
「くそっ」
痛みから、のたうち回っているに過ぎないのだろう。それでも、その図体から発生する衝撃は並大抵のものではない。
加えて、相手の意思が介入していない分、迫る足の軌道が読みづらく、的確に防御することは困難だった。それどころか、回避するだけで手一杯だ。倒壊する建物を横目に、三人はひたすら躱し続けることしかできない。
それさえも、長くは続かなかった。荒れ狂う魔物の足が、フランとフィーマの二人を捉える。掠った程度にしか見えなかったが、その威力は凄まじく、魔法の蛇と炎を一撃で蹴散らしつつ二人を弾き飛ばしていた。
「フラン! フィーマ!」
見る見るうちに高度を下げていく二人。魔力が不足しているのか、飛行を再開することはできないようだった。
軌道からして、落下地点は建物の屋上と予測できるが、衝撃は決して小さくないだろう。良くて重傷、最悪は即死。
助けたい、助けなければならないと感じていたが、魔物の暴走が未だに続いているため、ハクは自由に動くことができない。
間に合ったとしても、一人。その状況が、余計に彼の動きを鈍らせる。
「フランを助けろ!」
袋小路に入りかけた彼の思考を引き戻したのは、フィーマの声だった。
普段とは異なる、真剣な口調。
その言葉を聞いて、ハクは決心する。全身から魔力を放出して魔物の足を弾き、僅かに生じた隙を突いてフランの方へと加速した。
(間に合え……!)
杖を肩に提げ、両腕を伸ばす。
フランの体が建物の屋上と接する寸前、ハクは彼女を抱き寄せ、魔物の攻撃が届かない範囲まで即座に移動した。
「フラン、大丈夫? フラン!」
呼びかけるが、返事はない。致命傷を負ってこそいないものの、先程の一撃で気絶させられてしまったようだった。
「…… フィーマは!?」
彼が飛ばされていた方向を見るが、現在地からそれらしき姿は見えない。安否を確認するべく、ハクはフランを抱えたまま飛行を再開した。
「…… いた!」
十秒とかからずに、フィーマを発見する。予測地点から、そう離れていない建物の屋上に倒れていた。ハクは着地し、フランをそっと下ろしてから、彼の意識を確認する。
「フィーマ、聞こえる? フィーマ!」
彼からも、返事はなかった。
魔法を満足に使えないなかでも受け身を取ったのか、辛うじて息はあるようだ。だが、出血が酷いため、このまま放置していては命に関わるだろう。
「どうすれば……」
この混乱の最中、落ち着いて治療を施せる場所などありはしない。一秒でも早く二人を手当てするには蛸の魔物を倒さなければならないが、ハクにそれ程の余力はなかった。
(魔力が足りない…… 吸収したいけど、あの魔物には大して効かないだろうし……)
先日の試練で使用した花の魔法は、突破口にはなり得ない。あれは、属性を変換した後の相性が有利だったために通用した戦法だ。
元の使い手であるフランならば話は別なのだろうが、そうではないハクが、有利を取れない相手に使っても勝機は作れない。
その他に何か策はないかと、必死に考え続ける────そんな時だった。
「お困りのようだな」
声が聞こえたことで、ハクは二人を庇うような位置に動いてからその方へと振り向く。
視線の先に立っていたのは、左半分だけを編み込んだ赤髪と、容姿からは連想できない低い声音が特徴的な少女。かつてエンと名乗った、
「また、お前の仕業か」
「生憎、他の人員は出払っていてな。お前たちが別行動を取るせいで、こちらも忙しいんだ」
「そういうことを言っているわけじゃない!」
神経を逆撫でするようなエンの物言いにより、現状を打破できないハクの苛立ちが膨れ上がって、爆発した。
「そうかっかするな。俺は交渉しに来ただけだ」
「お前たちの話に乗るつもりなんてない」
「聞くだけ聞いてみたらどうだ。あれを止められず、困っているのならな」
エンが指差した先にいるのは、蛸の魔物。王国軍や自警団によるものと思われる魔法をものともせず、猛威を振るい続けている。
「お前が俺たちに協力すると言うのなら、この国からは手を引こう」
ここで応じたところで、脅威の出現が先延ばしになるだけ。そうわかってはいたが、ハクが即座に否定することはなかった。
「僕だけがお前たちの言いなりになれば、他の人には手を出さないんだな?」
「ああ。約束しよう」
微笑を浮かべるエン。安心させるためのそれでないことは、明らかだった。
「駄目」
突如、背後から聞こえたフランの声。ハクは彼女の容態を確認したい気持ちに駆られたが、ぐっと堪えてエンを睨み続ける。
「そんな奴の、言うことなんか…… 絶対聞いちゃ駄目」
振り絞るようなその声から、体調が芳しくないことはすぐに理解できた。そんな状態でもフランが言葉を紡いだのは、仲間に過ちを犯させまいと考えたからだろう、とも。
「…… わかっているさ」
微笑みかけられない分、ハクは柔らかな声色でそう返す。一度、瞬きをすると、再び力強い眼差しをエンに向けた。
「冥王が復活したら反故になるような口約束、交わすつもりはない」
杖を構え、臨戦態勢に入る。
これ以上、仲間を傷つけさせはしない。その覚悟が、芽生えていた恐怖と絶望を打ち消した。
「それならそれで構わない。この国が堕ちる様を、その目で────」
そこで、エンの言葉が途切れる。こめかみに手を当てる彼女は、何か別のことに気を取られているかのようだった。
「…… 時間切れか」
そんな呟きの後、どこからか轟音が発生する。ハクは正面に立つ敵への警戒を続けつつ、それが聞こえた方向へと視線を動かした。
彼の瞳が捉えたのは、巨大な一つの球体。それと入れ替わるかのように、つい先程までいたはずの魔物の姿は消えてしまっていた。
(あれは…… もしかして、クーレさんの魔法?)
遠方でも感じられる魔力反応が、そう告げている。今の今までそれらしきものを感じなかったのは、木の国での騒動のように、番人が手を離せない何かしらの理由があったということなのだろう。
そう結論づけた直後、ハクの位置からでも確認できる程の速度で球体が圧縮されていく。途中、叫び声のようなものが微かに聞こえてきた。
(あの中に、魔物がいるのか……?)
誰に尋ねることもできず、ハクはその光景を見つめ続ける。
やがて、球体は点程に小さくなり、完全に消滅した。
「あれを瞬殺か。かなりの傑作だと思ったのだが…… さすがは番人と言ったところか」
エンの言葉からして、先程の球体が蛸の魔物を消滅させたと見て間違いないようだ。
「…… あとはお前だけ、か?」
エンを除き、最大の脅威であった蛸の魔物をあれ程容易く屠れるのであれば、他の魔物や海底王国の兵士たちも、クーレは即座に鎮圧できるだろう。
つまり、あとは目の前に立つ少女さえ倒せれば、この国に安寧を取り戻せるということだ。
「やめておけ。前回と同じだ」
「だからと言って、逃がすとでも?」
「案ずる必要はない。いずれ、再び対面することになるだろうからな」
そう返すエンの体が、宙に浮いた。そのまま高度を上げ、あっという間に手の届かない位置にまで達する。
強気な言葉を口に出していたハクだが、手負いの二人が近くにいる以上、深追いすることはできなかった。
「奴の望みと、お前の望み。どちらも果たしたくば、冥府王国へ来い」
「冥府王国、だと……?」
それは、冥王の瘴気の発生源とされる場所。使命を果たすべく長い旅を続けてきたハクの、最終目的地だ。
「次の新月の夜、かの地にて冥王復活の儀式を執り行う」
「なんだって……!?」
「待っているぞ。欠落者よ」
思わぬ宣言に気を取られている間に、エンの姿は煙へと変化し、夜風に吹かれてどこかへ流されてしまった。
そこから数秒程経ってもハクは情報を整理できないでいたが、沈黙が続き、地上の喧騒が次第にはっきりと聞こえ始めたことで我に返る。
「…… まずは、二人を」
考えるより先に、やらなければならないことがあるはずだ。そう思い直したハクは腰を下ろし、再び二人の様子を確認する。
さすがに、フィーマが目を覚ます気配はない。先程意識を取り戻していたフランも、また気絶してしまっていた。
だが、まだ息はある。急いで処置を施せば最悪の事態は防げるだろう。
「…… あともう少しだけ、耐えてね」
ハクは純白の光をその身に纏い直し、二人を担ぐ。直後、雑念を振り切るかのように暗闇の中を駆け抜けていった。
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