第37話「サオーロ」

 木の国での試練を突破してから、四日後のこと。充分な休養を取って傷も癒えた一行は、最後の試練を受けるべく、土の国サオーロの結界内に存在するとある遺跡へと足を運んでいた。


「それにしても、広いねえ」


「うん。番人を探すだけで苦労しそうだ」


「なんだってこんな所に引きこもってるんでしょうね」


「…… 極度の面倒くさがり、らしいけど」


 街の住民に話を聞いたところ、番人は試練のときにしか姿を見せようとしないらしい。故に、番人の住居兼試練の開催地であるこの場所を訪れていた。


「だとしても、こんな迷宮みたいな所に隠れられちゃたまんないわよ」


 周辺には角張った山のような建造物が五つ存在していて、それぞれに十を超える出入り口が設けられている。噂によると、続く通路は複雑に絡み合っていて、狙った場所へ辿り着くことは至難の業らしい。


「それでも、行くしかないさ…… ん?」


 一番近くにあった建造物の出入り口。その横の壁に記されていた文字が、ハクの目に留まる。


「『試練に挑む者、一人で進むべし』?」


「いたずら書きかな……?」


 ハクが読み上げたが、フランも自身の目でそれを確認した。

 番人が所有しているであろう土地に、そんな無礼を働く者がいるとは考えづらいが、無条件に信用するのも危険だ。迷いかねない空間に一人で進む気も、進ませる気も湧かない。

 まずは、出入り口を一つ一つ確認していこう────そう提案しようとした瞬間。


「ま、進んでみればわかるんじゃない?」


 フィーマが、建造物の中へと足を踏み入れた。

 ハクが彼を注意しようと思った時には既に遅く、せり上がった土壁によって出入り口を封鎖される。


「フィーマ!」


 壁を叩いてみるが、反応はない。

 どうやら、音が完全に遮断されているようだ。ハクは魔法を使って破壊するべきかとも考えたが、建造物自体が崩壊することを恐れて断念する。

 代わりに、別の出入り口へと一目散に駆けていった。その横の壁にも、同様の記述がされていることを確認できる。恐らく、この建造物の出入り口全てに同じ制限が設けられているのだろう。


「フランはここで待ってて!」


「わ、私も行く!」


「駄目だ! 僕らに何かあったとき、助けを呼べる人間がいないと困る!」


 三人が直接連絡を取る手段はない。だが、一人が待機していれば、二人の帰還が遅い等の理由から外部に助けを求めることができるだろう。そう考えての指示だった。


「絶対、入ってきちゃ駄目だよ!」


 強く念を押して伝えた後、ハクも建造物の中へと飛び込む。後方からフランの声が聞こえたが、せり上がったであろう土壁によってすぐにかき消された。


(早く見つけないと……)


 土に囲まれた茶一色の空間を、ハクはひた走る。

 番人の管轄で、危険があるとは思い難い。

 だが、万が一ということもある。ここ最近、結界内で魔物が出現する騒ぎも頻発しているため、楽観視はできない状況だ。一刻も早く、フィーマと合流する必要があった。


「分かれ道か……」


 数分も経たないうちに、ハクは分岐点に差し掛かる。

 死角に、敵が潜んでいてもおかしくはない。気配と魔力反応に充分注意しつつ、フィーマが使用した出入り口に近づく左へと曲がる。


「…… 行き止まり?」


 ハクを出迎えたのは敵ではなく、壁だった。それも、他とは異なる、赤色の。


「戻るしかないか────」


 振り返って走り出したハクだが、即座にその足を止めた。

 自身の持つ指輪が、赤く輝き始めたからだ。また、呼応するようにして、背後の壁からも淡い輝きが放たれる。

 何事かと思った彼が視線を戻した瞬間、赤い土壁は天井へ吸い込まれるようにして消滅した。

 代わりに、下方へと続く階段がハクの前に現れる。


(もしかして、証に反応したのか?)


 そう推測しながら、ハクは階段を駆け下りた。同様の状況下で同一の現象が起これば、確証を得られると思ったためだ。

 そのまま走り続け、更に数分後。再び、分岐点へと到達する。出入り口の方向と、想定されるフィーマの現在地から、右へ曲がることにした。


(…… 今度は水色か)


 行く手を阻んでいたのは、水色の土壁。しばし待機してみると、先程のように指輪と共鳴し、輝き始めた。

 そして、同様に天井へと吸い込まれていく。今回現れたのは、平坦な通路だった。


(証が関係していると見て、間違いないな)


 自身の持つ証に対応する道を選んで進み、特定の場所を目指せばいいらしい。仕組みからして番人が一枚噛んでいるはずだが、それを第三者が悪用しないとも限らない。

 やはり、早くフィーマを見つけ出さなければ────そう意気込んで、どれ程の時間が経過しただろうか。

 走れど走れど、彼の姿は見受けられない。初めのうちは脳内で地図を作成していたが、疲労と焦りによって情報が抜け落ちたことで諦めてしまった。

 自分がどのあたりにいるのか、見当もつかない。ただ、フランが呼ぶであろう助けを待つしかないかと考えながらも、決してその足を止めることはなかった。


「…… 今度は、なんだ?」


 次にハクの前に現れたのは、茶色の土壁。通路を構成するものとは異なり、魔法陣が大々的に描かれていた。

 どうするべきか。ふと右方に視線を動かしたことで、彼はその答えらしきものを手に入れる。


(『汝の魔力を示せ』?)


 気力がすり減らされていたため、壁に記されていたその文字をハクが口に出すことはなかった。杖を構えるのも億劫になり、突き出した左の掌から雑に魔力を放出する。

 少量だったが、それは瞬く間に土壁へと浸透し、描かれた魔法陣を白く染め上げた。

 やがて、同色の光が広がって彼の体を包み込む。数秒程でそれが収まったことで、彼は眩しさから瞼に隠していた眼球を再び空気に触れさせた。


(どこだ、ここは……)


 ハクが立っているのは、先程とは全く異なる、広々とした空間。壁や天井までもが未だ茶一色であることから、外に脱出できたわけではないのだろうと判断できる。

 彼の視線の先には、一つの土塊が存在していた。心なしか、人の形を模しているようにも見える。一度そう思うと、程良い高さにある二つの丸い穴と一つの四角い窪みが、顔にしか見えなくなってしまった。


『良くぞ辿り着いた。挑戦者よ』


 突然、男性のものと思われる声が聞こえたことでハクは体を震わせたが、何も声そのものに驚いたわけではない。

 彼には、目の前の土塊が言葉を発したように見えていたのだ。

 彼自身、自分の目と耳を疑っていたが、視線をそれに向けたまま続く言葉を聞いたことで、間違いではないのだと認めざるを得なかった。


『私は土の国の番人、クーレ。待っていたぞ。挑戦者ハクよ』


「…… どなたから、聞いたのですか?」


『汝の師レマイオをはじめ、他の番人からも話を聞いている』


 その答えを受けても尚、ハクが警戒を緩めることはない。

 今話している相手が、本当に番人であるとは限らないからだ。レマイオの命によりハクが証を集めて回っている、という事実を知る者は少ないが、味方にしか存在しないというわけでもないだろう。

 例えば、せいりょう。詳細を直接明かしたことこそないが、彼らなら真実に辿り着くことは容易なはずだ。


『さあ、早速試練を始めるとしよう』


「あの、その前にもう一つだけ」


『共に足を踏み入れた仲間なら、既に脱出済みだ。誰か一人がこの場に辿り着いた瞬間、それ以外の全員を外へ転移させる仕組みになっている』


「…… そうですか」


 よほど時間が惜しいのか、クーレと名乗った男はハクの言葉を遮るようにしてそう告げた。求められていた回答がわかったのは、偶然か、それとも何か明確な理由があるのか。

 いずれにしても、フィーマの声や姿を確認できていない以上、やはり安心はできない。


「一度、外に出たいのですが────」


『気を取り直して、今度こそ試練を始める』


 ハクの言葉は聞こえているはずだが、それを拾うことなくクーレは話を続けた。どうしても、今、試練を行いたいらしい。


『突破条件は、私に勝利することだ』


 それを聞き、ハクの体は一瞬硬直した。

 一対一で、番人に打ち勝つ。それがどれ程難しいことか、これまでの旅で思い知らされていたためだ。


『そう身構える必要はない。私が魔法で操る人形…… 汝の目の前にいる土塊を倒せば良いだけだ。簡単な話だろう?』


「…… 簡単、などと僕の口からは言えませんが」


 そう返しながら、杖を構えるハク。

 試練を受ける前に、クーレを信用するための確証となり得る何かが欲しかったが、事前の情報収集で名前しか聞くことができていないため、相手の本当の姿を見たとしても判断はつかないだろう。


「やるからには、全力で行きますよ」


 結局、自分に今できることは相手と戦うこと以外にない。そう結論づけられたことで、ハクの瞳から迷いが消えた。


『いつでも良いぞ。挑戦者よ』


 二人の間に流れる空気が、一変する。

 ハクにとって最後の試練が、今まさに始まろうとしていた。

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