第35話「木の試練」

 結界内外での魔物による騒動が収まってから、およそ二週間。王国軍による長い長い事情聴取を終えた一行は、現在、中央部に存在する植物園へと足を運んでいた。

 目的はただ一つ。試練に挑むためだ。


「お久しぶりです。ルスタさん」


 ハクの挨拶に、ルスタが短く頷く。


「改めて、この間、ありがとう」


「いえ。本当に、礼を言われる程のことではありませんよ」


「…… そっか」


 頑なに礼を受け取ろうとしないハク。それを見て何を思ったか、ルスタは微笑んだ後に振り返って歩き始めた。


「試練の場所、向かう。ついてきて」


 顔を見合わせてから、三人もその後に続く。道中、様々な植物に目を向けながら歩いていたが、誰一人としてそれらに関する話を出すことはなかった。

 事に臨む前の、程良い緊張感。それを崩すわけにはいかないと、一人一人が意識したためだろう。


(…… いいところだな)


 数多くの植物が生育しているとは言え、聖樹周辺の規模と比較すると遠く及ばないはずだ。だが、丹念に手入れされたそれらが心にもたらす感動は、勝るとも劣らないものだった。


「ここから、転移する」


 植物園の中央を目指して辿り着いたのは、一つの切り株。人一人分より少し大きいが、ルスタのふくよかな体を収めきることはできない程度の径だ。

 彼はその上に乗ると、緑色の光に包まれて姿を消した。


「こんな所にも、転移魔法陣があるのか」


 切り株の表面に、魔法陣が描かれている。恐らくは、この植物園内を行き来するためだけのものだろう。


「お先にどうぞ」


 径からして同時に転移することはできないとわかったためか、振り向いたハクに対してフィーマがそう返した。


(…… よし)


 視線を戻し、深呼吸をしてから、魔法陣の中に足を踏み入れる。直後、先程のように足下から緑色の光が広がり、ハクの体を包み込んだ。


「────ここは」


 いつか見たような、陽光が射さない半球状の空間。洞窟か地下のどちらかだろうと見受けられる。広々としているが、石壁には出入り口のようなものが存在しなかった。移動手段は、転移魔法陣しかないのかもしれない。


「全員集まったら、試練について、説明する」


 視線の先にいたルスタから、そう告げられた。ハクは頷くと、彼の方に近づいて残りの二人を待つ。

 数秒後、特になんの問題も起こらず、全員がこの場に揃った。


「じゃあ、試練、始める…… これ、持って」


 ルスタから一人一人、何かの種のようなものが手渡される。小指の爪程度の大きさだ。

 それについて尋ねようとしたハクだったが、突如、空間内に轟音が響いたことで閉口させられる。


(…… なんだ?)


 下から上へ開くようにして、三つの空洞が石壁に出来上がった。ルスタが動じていないあたり、彼による仕業と考えられる。


「試練、一人で挑んでもらう。出入り口、どこでも同じだけど、まあ、好きに選んで」


「この、種のようなものは……」


「この先に、魔法陣がある。その中心に、置いて」


 そう言い残して、ルスタは消えてしまった。恐らく、三人の様子を同時に観察できる場所へと移動したのだろう。

 試練の内容等、未だ気になることはあるが、進むしかない。特に示し合わせることなく三人は分かれ、それぞれ出入り口を潜っていった。


「…… 暗いな」


 光源がない割に視界は確保できているが、やはり暗い。足下に気をつけなければ、転んでしまいそうな程だ。


(どこに続いているんだろう……)


 上ったり、下ったり。左に逸れたり、右に逸れたり。分かれ道こそないものの、複雑な作りの経路になっていた。

 歩き続けること、およそ五分。ハクの視界が、唐突に開ける。

 魔法の類か。それとも、同じような景色が続くなか、明度に差が見られなかったことで気づくのが遅れたか。

 単に、集中力が途切れ、注意散漫になっていただけかもしれない。自虐めいたことを考えながら、前方の地面に描かれていた魔法陣へと進み、指示どおりに種を置く。

 いつ試練が始まってもおかしくない。そう考えた彼は魔法陣から離れて杖を構えたが、どれ程待ってもその時は訪れなかった。


(どういうことだ?)


 魔法陣も、種も。一向にそれらしき挙動を見せない。

 何かの手違いだろうか。そんなことを考えていると、視線の先に、緑色の光が集中していった。


「…… こんなことがあるなんて」


 その呟きは、ハクのものではない。

 光の中から現れた、ルスタによるものだ。彼はしばし魔法陣を見つめていたが、やがて正面に立つ挑戦者へと視線を向けた。


「今回の試練。本当は、内なる自分と、戦ってもらう、つもりだった」


「内なる自分?」


「誰の心にも存在する、内なる自分。己を否定する、鏡写しの自分。拮抗する力を持つそれと、戦わせるつもりだった」


 けど、とルスタは続ける。


「君の心に、それ、いない。こんなこと、初めて」


 恐らく、眼下の種と魔法陣は、その内なる自分とやらを出現させるために必要だったのだろう。だが、ハクの心にそれが存在しなかったために、役目を果たすことができなかった、というわけだ。


「…… この場合は、どうすれば?」


 初めてらしい現象。何故、自分だけなのかとハクも気になったが、明確な答えが提示されるとは思えなかったため、本来の目的を優先することに決める。


「仕方ない。試練、変更」


 ルスタは種を回収した後、ハクの方に向き直り、自身の懐から鞭を取り出した。


「オラと、勝負。一対一で勝てとは、言わない。傷一つでもつけられたら、合格」


 見くびられているようにも思える発言。だが、それが適切な内容であると理解できる程度には、ハクも彼我の実力差を把握できていた。


「…… わかりました」


 それでも、胸を借りるような戦いはできない。どうせなら、倒すつもりで臨まなければ。

 ハクは杖を肩に提げてから、再び口を開く。


「始めましょうか」


「うん。いつでも、いい」


 その言葉の後、ルスタから放たれる雰囲気が、変わった。身動きを取れなくなりそうな程に、重く、苦しいものへと。

 だが、ハクが怯むことはない。純白の光を纏いながら、一目散に相手のもとへと駆けていく。


(…… いける!)


 高速移動の魔法により、一瞬で距離を詰めることに成功した。そのまま、相手の顔面に拳を叩き込もうとするが。


「がっ……!?」


 下部から衝撃を感じるとともに、視界が一気に切り替わった。直後、背中にも衝撃を感じたことで、相手の反撃によって天井部分まで突き飛ばされたのだと理解する。


「近づかせないよ」


 再び距離を詰めようとしたハクの体は、ルスタの持つ鞭によって縛り上げられてしまった。

 魔力を放出して破壊しようとするが、失敗する。それだけ、鞭が頑丈に作られているということだ。

 当然、拘束だけで終わるはずもない。相手は鞭を操り、その先で捕らえたハクを容赦なく様々な方向へと叩きつけた。


(まだ、だ……)


 痛みから呻き声を上げながらも、ハクは意識を集中させる。

 まずは、拘束を解かなければ。


「弾けろ」


 先程よりも多量の魔力を瞬間的に放出して、爆発を引き起こす。拘束が緩んだことをその身で確認できたハクは、すかさずそこから距離を取った。


「逃がさない────」


「『ブライトライト』!」


 鞭が迫るなか、ルスタに向けて光の球体を四つ放出する。相手が対処しようとした瞬間、それらは突然弾け、より強烈な光を周辺に撒き散らした。


「ぐっ……!?」


 光を直視したらしいルスタ。彼の操る鞭が、不規則に揺れた。それにより、ハクは間一髪、鞭の追跡から逃れることに成功する。

 だが、まだだ。

 格上相手に目眩しが通用するのは、ほんの一瞬。それを予め知っていた彼は、高度を上げながらも続け様に仕掛ける。


「『ダウンポウリング=レイ』!」


 相手の頭上高くに展開した魔法陣。そこから、光が降り注いだ。

 やはり、目を封じたからと言って有利に立ち回れるわけではないらしい。魔力反応を頼りにしているのか、ルスタは次々と攻撃を躱していく。

 そんな相手の動きを予想できていたからこそ、ハクもそれだけでは終わらない。相手の回避先にも、同様の魔法を発動していた。

 更に。


「『ペネトレイティング=レイ』」


 ハクは再び杖を手に取り、飛行を続けながら光の槍を放出する。

 休む間もなく放たれ続ける、降り注ぐ光と、貫く光。並大抵の相手なら、とっくにそれらの餌食になっていることだろう。

 だが。


(これを、捌ききるのか……!)


 小太りな体型からは考えられないような速度で動き回りつつ、躱しきれなかった槍は鞭で叩き落とす。ルスタはいとも容易く、ハクの猛攻を凌いでみせた。

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