第30話「結界内、畑にて」

 クロが離脱した翌朝。ハク、フラン、フィーマの三人で新たに構成された一行は、番人のもとを訪ねるべく、木の国の結界内、その東部へと足を運んでいた。


「ほんとにこんな所にいるのかしら」


 フィーマがそうこぼすのも無理はない。見渡す限り一面に畑が広がっていて、人の姿はほとんど見受けられないのだから。


「すれ違った人たちの話では、ここで作業してるみたいだけど……」


「もしかしたら、入れ違いになっているかもしれないね。転移魔法を独力で使えないとも限らないし」


「うーん…… ここから戻るのは、ちょっとめんどくさいわね」


 一行は一度、番人の住処へと訪れている。だが、留守であるという貼り紙があったため、道行く人々に足取りを尋ねながら結界内を彷徨うこととなり、ようやくここまで辿り着いたのだ。

 転移魔法陣や馬車を利用していたが、疲労がないわけではない。クロの離脱という一大事からそう日が経っていないこともあってか、心身ともに余裕がなかった。


「場所は覚えたから、私の魔法を使えばすぐに戻れるけど……」


「いや、駄目だ」


 フランの転移魔法は、一度でも訪れたことがあれば使用可能らしい。他にも様々な条件があるようだが、二、三人程度なら同時に転移できるとのことだ。

 まさに、今使いたい魔法。それでも、ハクは首を横に振った。


「条件つきとは言え、独力で転移魔法を使える存在は珍しいからね。人目につく場所で使うのは避けるべきだろう」


「そっか……」


 稀有な力を悪用しようと目論む存在が、どこに潜んでいるかわからない。警戒しすぎかもしれないが、気が緩んでいるよりはいいだろう。


「けど、使うべき時はいずれ来る。頼りにしているよ」


「…… うん。ありがとう」


 フランの表情が和らぐ。それを見て、ハクもまた安堵した。


「あらあら」


 そんな二人を、フィーマが微笑ましげに見つめる。自身の頬に手を当てる彼は、ただ視線を送るばかりで何も話そうとはしない。


「どうかしたかい?」


「いえ、なんでもないわ」


 短く笑ってから、進行方向へと視線が戻される。表面化しないフィーマの思考に気を引かれながらも、ハクは番人探しに意識を向けることにした。


「…… あの人に尋ねてみようか」


 目が留まったのは、近くの畑を耕している一人の青年。彼の鍬が土に突き刺さる瞬間を見計らい、ハクは声をかけることにした。


「すみません」


「…… どうか、した?」


 頭に被った麦わら帽子と、小太りな体が印象的なその青年が、作業の手を止めて声に応じる。

 その畑だけでもかなりの広さがあるが、共同の作業者がいるようには見えない。一人で全てを耕すつもりなのだろう。

 彼の時間を奪わぬよう、ハクは会話を手短に済ませようと試みる。


「お聞きしたいことがあるのです。この国の試練を受けたいのですが、番人の姿が見当たらず…… この辺りで、それらしき人物を見かけませんでしたか?」


「…… なるほど」


 状況を理解したかのような呟き。

 もしや、番人の詳細な居場所を知っているのかとハクは期待したが、直後に相手の口から紡がれたのは予想外の返事だった。


「番人、オラ」


「え……?」


「オラが、番人の、ルスタ」


 自分に向けて人差し指を伸ばす、ルスタと名乗った青年。彼こそ、一行が探し回っていた番人その者だった。一目で見抜けなかったのは、強大であろう魔力反応が人並み程度まで抑えられていたためか。


「し、失礼しました」


 迅速に頭を下げるハク。フランがそれに続いたが、フィーマは同じ姿勢を維持していた。

 王子故の態度か、あるいは謝るようなことではないと思っているのか。なんにせよ、ルスタの気分を害してはいないようで、ハクは一安心する。


「僕はハク、隣にいるのは────」


「いや、大丈夫」


 ハクの言葉を、ルスタが手で制した。


「レマイオさんから、大体、聞いてる…… けど、一人、足りない……?」


 言いながら、ルスタは首を傾げる。

 ハクは毎日、レマイオへの近況報告を欠かしていない。フィーマの加入についても、その日のうちに手紙に書き記している。

 クロの件が番人の耳に入っていなかったのは、昨晩の手紙に記載した情報の共有が間に合わなかったためだろう。


「一人は、今、別行動を取っています。ですので、今回はこの三人で試練に挑戦することになりました」


「了解…… でも、少し、待ってほしい」


 クロの件で、何か気になる点でもあったのだろうか。そう考えたハクは、余計なことを口走らないよう密かに気を引き締めた。


「今日、前々からの、先約がある。だから、試練は、明日以降」


「…… 畑の手入れ、ですか?」


 今し方抱いた考えは、どうやら杞憂に終わりそうだ。肩透かしを食いそうになったものの、変に間を開けてしまっては怪しまれかねないと思い、なんとか言葉を絞り出す。


「うん」


「良ければ手伝いますよ。人手が多い方が早く終わるでしょうし……」


「いや、大丈夫。これから、人、増えてくるから…… 試練に備えて、体、休めてて」


 そう言って、ルスタが鍬を担ぐ。そろそろ、作業を再開したいのだろう。

 当てがあるのであれば、無理に手を出す必要はない。そもそも、試練の前に体力を消耗することは避けるべきだ。

 深く考えずに発言してしまったことを、ハクは内心で自省した。


「明日なら、中央部の、植物園にいるから、そこに来て」


「わかりました。それではまた明日、よろしくお願いします」


 これ以上手を止めさせるのは申し訳ないと思い、二人を引き連れて足早にこの場を後にする。鍬が土に突き刺さる音を背中で聞きながら、ハクは自身の影を踏み締めるように歩を進めた。


「休めって言われたことだし、今日はもう宿に戻る?」


「うーん…… 各自自由行動、でもいいんだけど……」


 フィーマの問いかけに対し、ハクは曖昧な返事をする。

 休息以外に、たまの気分転換も必要だろう。そう考えての呟きだったが、即決できないのには理由があった。


「あのさあのさ」


 理由そのものであるフランが、二人の前に躍り出てから振り向く。何か提案するかのような前置きだ。

 自由行動にすれば、彼女は修行等に励みかねないだろう。以前、過労が祟って病床に伏したことで反省しているはずだが、長期間に渡って取り続けてきた行動をすぐに止められるとは思い難い。先程ハクが言葉を濁したのは、その懸念があったためだ。

 彼女の意志は尊重したいが、やはり無理はさせられない。せめて、修行に結びつかないような提案であってほしいと、彼は人知れず願った。


「私、行きたい所があるんだけど」


「…… 一応聞くけど、修行関連じゃないよね?」


「違うよ…… あ、でも、絶対安全、ってわけじゃないかも……」


 フランは物言いたげな表情を浮かべた後、すぐさま引き攣った笑みへと変化させる。

 前半は、自身が信用されていないと感じたため。後半は、自身の提案が否定されかねない要素を思い出したためと推測できる。


「具体的には?」


「…… 結界の外にある場所なんだよね」


 またか。

 そんな思考をハクはなんとか己の内に留め、続けられるであろうフランの言葉を待つことにする。


「ちょ、そんな顔しないでよ…… 一応、穴場の観光地として有名なんだから」


 いや、表情に出てしまっていたらしい。そうわかったところで、謝る気にもなれなかったが。

 慌てた様子で弁明するフランに呆れつつ、ハクは口を開いた。


「…… 僕もついていくよ。昼だから魔物が出現する可能性は低いけど、安全とは限らないからね」


 それこそ、クロとフランに初めて出会ったときのように。あの日は運良く撃退することができたが、次もそのように事が運ぶとは限らない。

 せいりょうに匹敵する程の力を持った魔物がいたとしても、おかしくはないのだから。


「フィーマも、来てくれるかい?」


「当然よ。一人で戻っても退屈だしね」


「ありがとう」


 快諾するフィーマ。普段から腹の底を探りづらい彼だが、悪意や敵意といったものを感じさせないための振る舞いではなさそうだ。


「それで、その場所っていうのは……」


「それはね……」


 ハクから視線を向けられたフランは、もったいぶるかのような間を開けた後、その緑色の瞳を輝かせながら続けた。


「聖樹、『ガ=テッリテ』だよ!」

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