第29話「暗黒への期待」

「メ、メア!?」


 その名を呼んだのは、クロだ。少なくとも、フィーマ以外の三人はその人物と面識がある。


「久しいな。ヒョウ」


「お前もしつこいねえ。どんだけぞっこんなんだよ」


「その減らず口も相変わらず、か」


 どうやら、メアはヒョウとも顔見知りのようだ。もっとも、良好な関係ではなさそうだが。


「今日こそ、貴様を殺す」


「悪いが、お前とやり合う程の余裕はねえ。ここいらで失礼するぜ」


「逃がさん」


「どうかな」


 ヒョウが指を鳴らすと、辺り一帯に様々な種類の動物が現れた。恐らく、ただの動物ではなく、魔物だろう。一匹一匹から、禍々しい魔力を感じられる。


「お前なら振り切れるだろうが、残されたこいつらはどうかな?」


 ヒョウのその言葉を聞いて、メアが舌打ちした。


「ま、目の付け所は良かったんじゃねえの? またどっかで会おうぜ」


 笑い声を上げながら、ヒョウはその姿を消す。残ったのは、メアを含めた五人と、二十匹近くはいるであろう魔物の群れ。


(やるしかない!)


 またしてもヒョウに逃げられてしまったこと。それ以前に、まるで歯が立たなかったこと。色々と感じるものはあるが、まずは目の前の魔物たちを倒さないことには始まらない。

 クロも同じ考えだったらしく、彼は近くの魔物に向かって先陣を切るように駆け出した。


「待て」


 だが、メアのその一言により、足を止める。


「何もするな」


 そう言うと、メアは自身の背丈程もある大剣を地面に突き刺した。そこから魔力が広がり、瞬く間に足場を黒く染めていく。


「『喰ライシ影』」


 染められた足場から、黒い腕のようなものがいくつも伸びた。ちょうど、魔物の数と同じ。それらは魔物を絡め取ると、素早く足場の『中』へと引きずり込んだ。

 足場を染めていた魔力は、巻き戻されるように大剣へと戻っていく。やがてメアは、大剣を引き抜いて鞘に納めた。


「な、何が起こったんだ……?」


 目の前の光景に、驚きを隠せない様子のクロ。

 ハクもまた、同じ気持ちだった。

 あれだけいた魔物を、メアは反撃もさせずに全て倒してみせたのだから。しかも、四人がかりで戦っても苦戦は免れないであろう相手に、である。


「…… 悪い。助かった」


 クロがメアの方へと駆け寄り、彼に感謝を告げた。


「そうか。貴様は俺に感謝しているんだな」


「え? あ、ああ。そうだな。感謝してる」


 妙な言い回しのせいか、クロは困惑したような表情を浮かべながらも肯定する。


「ということは、俺に借りができたわけだ」


「まあ、そうなるな」


「ならば、ついてこい」


「え?」


 直後、メアがクロの背後に回り、その首筋に手刀を浴びせた。一瞬の出来事だったため、誰一人として反応することができていない。


「クロ!」


 意識を失ったことで倒れそうになった仲間を見て、ハクはようやく何が起こったのかを理解する。

 だが、その時には既に遅く、クロの身はメアの肩に担がれていた。


「なんのつもりだ!」


 助けてもらったことなどお構いなしに、ハクは鋭い眼差しを向けながら臨戦態勢に入る。他の二人も同様に、それぞれの武器を構えていた。


「まあ待て。そう早まるな」


 対するメアは、至って冷静にそう返す。兜のせいで表情が見えないが、声色からハクにはそう感じられた。強者故の余裕だろうか。


せいりょうは、このガキを狙っているのだろう?」


「…… その可能性が高そうですが、それがどうしたと言うんです?」


 ここで熱くなってはいけない。ヒョウに危険視される程の実力者ならば、力ずくで要求を通すことも可能なはずだ。そんな人物を下手に刺激することは、悪手でしかないだろう。

 相手が痺れを切らす前に、せめてその目的だけでも聞き出さなければと、ハクは湧き上がる感情を必死に抑えながら尋ね返す。


「俺は訳あって四死生霊を追っていてな。奴らを誘き出す餌として、しばらくこいつを預からせてもらう」


「嫌です!」


 そう即答したのは、フランだ。圧倒的な力量差があることは彼女も理解しているはずだが、その表情から恐怖心は感じられない。


「この間助けてもらったのは、感謝してます。でも、私たちの大切な仲間に、酷いことしないでください!」


 フランが弦を目一杯引っ張り、魔力の矢をつがえる。

 同じ過ちは繰り返さない。そんな覚悟が、彼女の瞳から伝わってきた。


「まあ、あんたにも事情があるんでしょうけど、本人の意思も確認せずに連れて行こうってのは、いただけないわね」


 いつもの態度を崩してこそいないが、フィーマも退くつもりはないらしい。メアとは初対面だからか、彼に向けて発する敵意に迷いはなさそうだ。


「…… なら、こうしよう」


 三人を相手取るのは面倒だと判断したのか、それとも殊の外平和主義であるのか、メアは尚も戦意を見せようとしない。


「一つ。預かる間、こいつの安全は保障する。四死生霊の手にも渡さない」


 人差し指を立ててからそう告げた後、続けて中指も同様に動かした。


「二つ。預かる間、こいつに修行をつけてやる」


「…… 了承できかねます」


「何故だ?」


「確かに、クロも僕らも、実力が不足しています。でも、成長する算段は既についているので、メアさんの助力がなくとも大丈夫です。それに、指導者の存在も間に合っていますし」


「その指導者とやらは、闇属性の魔力を扱えるのか?」


「それは……」


 言い淀むハク。その理由は、メアの口から語られることとなった。


「実際に闇を宿す者にしか、わからないこともある。更なる強さを求めるのであれば、悪い話ではないはずだぞ」


 魔法に精通しているレマイオですら知り得ない情報を、メアは有しているかもしれないということだ。そんな彼と共にいれば、クロの実力は飛躍的に向上するだろう。

 だが、ハクはまだ首を縦に振ることができない。


「メアさんが僕らと一緒に来ることは、できないのですか?」


「聞かずともわかる質問をするな。時間の無駄だ」


 メアは今、意識して魔力を高めているわけではないはずだ。

 だが、殺気と間違える程に深く暗い魔力が、彼を中心に渦巻いている。意識して抑えた状態がこれだとすれば、人目につく場所を歩くことはできないだろう。

 ただでさえ、闇属性の魔力は人々に恐れられている。彼が結界内に立ち入ればどうなるかは、想像に難くなかった。

 それでもハクが尋ねたのは、それ以外に、相手の要求を断れるようなもっともらしい理由が見当たらなかったためだ。


「…… わかりました」


「ハク!?」


「交渉成立だ」


 驚くかのような声を上げるフラン。彼女を他所に魔法を発動したらしく、メアの姿は闇に覆われていった。


「何かあれば、雷の国の番人づてに知らせろ。ではな」


 瞬く間に、メアとクロを闇が呑み込む。その後、急速に規模を縮小させていき、やがて完全に消滅してしまった。

 転移魔法の一種だろう。どうやら、一人でなければ使えないというわけではないらしい。


「本当にいいの?」


 武器を納めながら、フィーマが尋ねる。責めるような声色ではないが、ハクの心情を見透かしているかのような物言いだった。


「…… わからない」


 クロが抱えているであろう悩み。自分や、他の仲間にも打ち明けられないそれを、近い境遇のメアになら相談できるのではないか。そんな都合のいい幻想が、ハクの中に生まれている。


「ただ、今のままじゃ、駄目な気がしたんだ」


 このまま旅を続けても、クロの問題を解決できる気がしなかった。むしろ、より悪い方向に進んでしまうのではないかと危惧している。その予想が的中した場合、彼の精神は安定しないため、真実を伝えることもできない。

 ならばと、ハクは一か八か、メアという存在に賭けてみることにしたのだ。


「まあ、クロが四死生霊とやらに狙われてるなら、アタシたちといるよりさっきの奴と一緒にいた方が安全かもね」


「二人がいいなら、私もそれに従うけど…… やっぱり、心配だよ」


 闇属性の魔力を宿しているからと言って、悪しき者とは限らない。番人との繋がりもある以上、メアは信頼できるはずだ。

 以前にも、彼に助けられている。疑いの目を向けては、恩知らずと罵られてしまうだろう。

 そうわかっていても、やはり不安は拭いきれない。


「…… 大丈夫。二人を、信じよう」


 決断を下した当人が迷いを見せていては、二人も安心できないだろう。ハクは自らにそう言い聞かせ、次なる目的地へと向かうことにするのだった。

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