第26話「火の試練」

「さて。始めようか!」


 薬のおかげでフランが元気を取り戻してから、およそ一週間後。予定どおり、三人は試練の再挑戦に訪れていた。

 前回と同じ、山の洞窟内部。

 三人の初期位置は少し変化している。テッロから距離を取り、近い順でクロ、フラン、ハクだ。


「いつでも来い!」


 始まりの合図は再び任されたらしい。クロとフランの視線が同時に向けられたことで、ハクは小さく頷いた。

 それを見て、二人がテッロの方へと視線を戻す。


「よーい」


 全員、武器を握りしめ直した。


「始め!」


 その合図とともに、凄まじい速度でテッロが距離を詰めてくる。狙いはクロ。大槌が彼の左側から振るわれた。ここまでは前回と同様。


「『ミツマタ』!」


 前回不意を突かれた行動に、なんの対策もしていないわけがない。

 テッロが飛び出してくるのとほとんど同時に、フランが魔力の矢を放っていた。描く軌道は直線的で、クロを挟む形になっている相手には届かない。

 だが、それで良かった。

 彼女が狙ったのもまた、他でもないクロなのだから。

 相手の攻撃よりも速く、矢が突き刺さった。その瞬間、黄色の輝きを放つ矢は、彼の体に浸透するようにして消滅する。


「いっくぜえ!」


 クロは剣に闇を纏わせた。

 大槌と、黒くなった剣が激突する。

 本来、拮抗することはあり得ないはずの場面。だが、彼は吹き飛ばされることなく、その足でしっかりと踏ん張りながら相手の攻撃を受け止めていた。

 フランの魔法による、援護を受けたためだ。


(よし、作戦どおりだ……)


 そんな二人のせめぎ合いに意識を向けながら、ハクも動く。相手の左半身に、いつでも攻撃を仕掛けられるような位置へと。


「『ミツマタ』!」


 再び黄色の矢をクロに放ってから、フランもハクの後を追ってきた。二人のうち、どちらかから離れすぎては、相手に狙われる可能性があるからだろう。


「うおおおお!」


 二度目の援護を受けたクロが、とうとう大槌を押し返した。

 そして一歩、踏み込む。

 テッロの真横あたりまで移動していたハクも、彼の動きに合わせて魔力を高めた。


「『ペネトレイティング=レイ』!」


「『アカンサス』!」


 光の槍とほとんど同時にフランが放ったのは、白く輝く矢。対象はハクだ。

 その輝きが浸透したことで、彼の胸中に万能感のようなものが芽生えた。

 フラン曰く、先の魔法は一時的に技術を向上させるものらしい。実際に比較してみないことには効果の程を実感することはできないが、決定打を放たせるための準備を彼女も着々と進めているようだ。


「『れんえんつい』!」


 ハクの魔法と、クロの剣。二つが同時にテッロを狙っていたが、相手は大槌から炎を噴出させ、回転した。

 大槌が見事に光の槍を破壊し、次いでクロへと迫る。


「おっと!」


 クロは後ろに跳んでそれを回避した。

 相手の動作を細部まで見て、そこから数通り、次の動作を予測する。その対策を瞬時に考え、そして実際の動作と照らし合わせて最善となる手を選択するよう、意識していたためだろう。


「『クロキダンガン』!」


 回避と同時に、クロは闇の球体を四つ放つ。大槌が空振り、次の攻撃までに時間を要するという絶妙な瞬間に放ったことで、それはテッロに直撃した。


「まずは、お前だ!」


 テッロは怯むことなく、空振りに終わった大槌を一旦下ろし、同時に左腕を伸ばす。その先にいるのは、フランだ。

 相手の掌から、炎が放たれる。

 ハクの位置から彼女までには距離があるため、魔法を使っても庇うことはできない。故に、独力でどうにかなると、信じることしかできなかった。


「咲いて! 『ネリネ』!」


 フランが右腕を伸ばすと、その掌から魔法陣が展開され、紫色の花のようなものが出現する。水色の輝きを纏っているようにも見えるそれは、盾のように、灼熱の炎から彼女を守った。すぐさま焼き尽くされることがなかったのは、水の証の力を用いて火属性への耐性を上げているためか。


「俺とも遊べよ!」


 クロがテッロの方へと駆け出す。

 花の盾が、いつまで持つかわからないからだろう。


「喜ん、で!」


 テッロは炎の放出を止め、その腕を引き戻す。そして、今度は足下に炎を叩きつけた。

 再燃するように炎が地面から伸び、球体の形をした盾となって彼の身を守る。


「あっつ!?」


 炎に直接触れることはなかったが、熱が空気を伝ってクロに襲いかかったらしい。あまりの熱さに、彼は一瞬怯んでしまう。


「貫け」


 移動を続けて相手の後方にまで回り込んだハクは、再び光の槍を放った。テッロがいる方ではなく、洞窟の天井部分を目掛けて。

 槍は高度を上げながらも徐々に減速していく。やがて空中で停止すると、今度は重力の流れに従って加速した。


「ぬっ!?」


 円弧を描いた光の軌道が向かう先にいるのは、当然テッロだ。

 炎の盾から飛び出し、クロを狙っていたらしい彼の左腕に、光の槍が直撃する。分厚い筋肉を貫くことはできなかったが、弾いて攻撃を逸らすことはできた。


「『クロキダンガン』!」


 好機と見たらしいクロが、再び闇の球体を四発放つ。

 またもテッロに直撃。

 だが、大した傷を与えることはできていない。やはり、生半可な攻撃では足止め程度しかできないようだ。


「『ミツマタ』!」


 フランがクロに矢を放つ。援護の効果が切れる頃合いだったらしい。


「させん!」


 瞬間的に炎が伸びたかと思うと、フランの矢が燃え上がって消滅する。

 妨害は覚悟していたが、まさか矢の発射を目視してから、飛来するそれに照準を合わせて炎を到達させるなど、完全に予想外だった。

 ハクのそんな驚きを他所に、炎を纏わせた状態の大槌をテッロが振りかぶる。


(……! 来る!)


 相手の大技を察知したが、ハクの位置から妨害は間に合わない。ならばと、走り出したクロに対処を任せ、自分は援護を受けやすくするべくフランの方へと接近することにした。


「『ようさい』!」


 それは、前回決定打となった魔法。発動後、大地から炎が次々と噴出するそれの詠唱だ。


「うおおおおっ!」


 振り下ろされた大槌を、クロは剣で受け止めた。


「ぐっ!?」


 クロが声を漏らす。フランの魔法による援護が切れかかっているのだろう。先程までとは違って、彼から余裕は感じられない。

 だが、その頑張りのおかげで、事前の予想が的中していると確認することができた。

 大槌が地面に到達しなければ、炎は噴出しない。


「ふんっ!」


 大槌の纏う炎が勢いを増した。

 それなりに離れているはずのハクでも感じられる程の熱。至近距離にいるクロの体力と気力は、凄まじい勢いで削られていることだろう。


「ぐっ、負けるかああああ!」


 クロがテッロの意識を引きつけている、今が好機。彼の雄叫びを耳にしながら、いつでも例の魔法を発動できるよう、ハクは全身に魔力を充満させた。


「『ルリタマアザミ』!」


 フランが、ハクに向けて矢を放つ。先程とは異なる色合いの、青紫色の輝き。無事に命中したが、その様子を見ていたテッロが、動いた。


「ぬんっ!」


「なっ……」


 テッロは一歩退き、クロの剣を受け流すようにして大槌を地面へと到達させる。

 魔法の条件が、整った。


「くっそ!」


 クロが剣をテッロの頭上に投げる。直後、両手から闇を噴射し、ちょうど剣がある位置にまで飛躍した。

 剣をその手に掴み、身を翻してテッロを狙う。


「『シューティング=レイ』!」


 口を開けて見ているわけにはいかない。ハクもまた、光の球体を四発、テッロに向けて放った。

 既に数本、炎の柱が現れ始めている。だが幸運にも、彼の魔法がそれらに遮られることはなかった。


「面白い、が、やはり甘い!」


 炎を噴出する大槌が振り回されたことで、ハクの魔法が全てかき消される。続けて、宙に漂うクロ目掛けてそれが持ち上げられた。


「クロキ……」


 その体勢でも、大槌を防ごうと思えば防げるはずだ。だが、クロがそのような素ぶりを見せることはなかった。


「ヤイバ!」


 既に大技を発動されている以上、下手に勝負を長引かせては勝ち目がなくなってしまう。ならば、少しでも相手に傷を負わせた方が得策だと判断したのだろう。 

 闇の斬撃。玉砕覚悟の一撃が、クロから放たれた。


「ぬっ……!」


 テッロの肩あたりから血が噴き出す。初めて、相手が目に見えて負傷した。

 だが、その代償は大きい。無防備なクロに対し、炎を纏った大槌が容赦なく叩き込まれる。


「クロ!」


 ハクとフランが、揃って声を上げた。

 直後、殴り飛ばされたクロが壁へと激突する。


「次はお前だ!」


 間髪入れずに、テッロがハクに接近した。幸い、不意を突かれることはなかったものの、状況はあまり芳しくない。


(魔法の準備が、できない……!)


 高速状態になる魔法の発動は、既に行える。

 だが、それだけでは勝てない。更なる高みへと上らなければ、テッロを倒すことはできないと理解していた。

 手段はある。それを行使するための時間が、僅かに足りていなかったのだ。


「どうした! 使ってみろ! この前の魔法を!」


 前回の戦いで、件の魔法が充分通用することは証明できている。

 魔力不足の問題が解決できていないために、それだけでは相手を仕留めきれない、ということまで。

 フランから援護を受けたいところだが、今も尚、数を増やし続ける炎の柱により、分断されてしまった。これでは、彼女の魔法に期待することはできない。


(どうすれば……)


 じきに、先程受けた援護が切れる。そうなれば、勝機は完全に消滅するだろう。

 何か、何かないかと、ハクは相手の攻撃を躱し続けながら思考を巡らせていく。

 その時、ふと気づいた。

 ある一点で、膨大な魔力が集中していることに。


(…… そうか)


 その理由がわかったことで、ハクは全身から輝きを放出する。高速状態になる魔法を発動したのだ。そして、相手の間合いから瞬時に離脱した。


「どこへ行こうと────」


 そこで、テッロの言葉が途切れる。

 どこからか放たれた闇が、その身を瞬く間に呑み込んだためだ。

 この場で闇属性の魔法を使える者など、一人しかいない。

 倒れ伏しながらも最後の最後まで力を振り絞ったクロに対し、ハクは感謝の念を抱きながら、左手中指にはめた指輪へと魔力を流し込む。


「『シャイニング=レイ』」


 クロのおかげで、欲していた時間を得ることができた。

 あとは、詠唱を行うのみ。


「『モード:マクア』」


 ハクの輝きが、純白から水色へと変化する。水属性へと変換した魔力も同時に用いて、魔法を発動したのだ。

 直後、闇が霧散したことで再び姿を現した相手に向け、彼は突進を繰り出した。


「ぐはあっ!?」


 テッロの頬に、強烈な一撃。

 それだけでは終わらない。杖を肩に提げたハクは、相手の周囲を凄まじい速度で飛び回りながら、両の拳を次々に叩き込んでいった。


(…… 危ない!)


 足下に魔力が高まっていくのを感じ、咄嗟に距離を取る。直後、先程までハクがいた位置から、炎の柱が噴出した。


「無茶するな……!」


 当然、身動きを取っていないテッロはその中へと呑み込まれる。いくら自身の魔法とは言え、これ程の攻撃を受けて無傷でいることは不可能だろう。

 自傷覚悟での行動を躊躇なく取れるその精神性に、ハクは恐怖すら覚えた。


「なら……」


 圧倒されてばかりはいられない。ハクは両手に魔力を集中させ、その時を待った。


「ふんっ!」


 炎を突き破るように、テッロが駆け出す。

 いや、つい先程まで柱だったそれを、自らの肉体に取り込み、新たな力としているようだった。


「『ギャザリング=レイ』!」


 負けじと、ハクも水色の光を放出して迎え撃つ。これもまた、普段の魔法に水属性の魔力を混ぜ合わせたものだ。光属性故の強みは半減されるが、相性上、テッロに対してはこの方が有効だろう。


「ぬ、おおおお!」


 光の中から、影が広がっていく。テッロの雄叫びと共鳴するような轟音を発生させながら、それは内側から光を崩壊させた。


「なっ……」


 炎が、光を相殺したのだ。その中から現れたテッロが、勢いを落とさずに急接近する。

 ハクは一旦距離を取ろうとしたが、できなかった。魔力の残量からして、移動すれば魔法が解除されてしまうだろうと気づいたためだ。

 かと言って、相手を仕留めるような攻撃を繰り出すには、時間が不足している。

 一瞬。その短くも長い一瞬が、この勝負の明暗を分けようとしていた。


(速く、速く、速く……!)


 迫る相手の拳。それでも、ハクは諦めることなく魔力を練り続けた。

 だからだろう。その未来を手繰り寄せることができたのは。


「『ネリネ』!」


 その詠唱が聞こえた直後、二人の間に紫色の花が咲く。

 フランだ。炎の柱を躱し続けていた彼女が、この場面で二人のもとへ戻ってきていた。

 そんな彼女が展開した盾に、テッロの拳が沈み込む。

 即座に破られることだろう。だが、ハク一人ではどう足掻いても埋めることのできなかった一瞬を、その花が埋めてくれた。


「『ギャザリング=レイ』!」


 花の盾が消滅した瞬間、再び水色の光がテッロの体を覆い隠す。ハクは自身の纏う輝きすらも流し込み、全力の一撃を相手にお見舞いした。


「────はあっ、はあっ」


 今度は破られることなく、時間の経過によって光が消滅する。良好になった視界の中に、立っている者の姿はなかった。

 ただ、一人の大男が倒れているのみ。


「やった、のか……?」


 炎の柱も次々に規模を縮小していき、やがて完全に消滅する。熱は未だ残存しているが、ひとまず身を焼かれる心配はなくなったようだ。


「ぬわっはっはっは!」


 仰向けに転がったテッロから、笑い声が放たれた。

 まさか、まだ動けるのかとハクは冷や汗を垂らしたが、直後、予想外の言葉を耳にすることとなる。


「参った!」


 そう言いながら、テッロが立ち上がった。全身傷だらけではあるものの、その表情や雰囲気は降参する者のそれとは思い難い。


「ほ、本当ですか……?」


「ああ。完敗だ」


「で、ですが、貴方はまだ戦えるのでは……」


「番人の使命は結界を維持すること。それに支障を来たすような状況に陥るわけにはいかんからな。その寸前まで追い込むことに、お前たちは成功したというわけだ」


 納得できるような、できないような説明が、テッロの口から述べられる。

 戦いを続けていれば、先に倒れていたのは自分たちの方だ。そんな状況で勝利を認めることは難しかった。


「そんな顔をするな。お前たちの実力は本物なんだからな…… そら」


 テッロから、赤色の輝きが三方向に広がる。

 その先にあるのは、指輪だ。火の国の試練を突破した証が、三人のそれに授けられたらしい。


「さて、これで試練は終了したわけだが…… あいつを放っておくわけにもいかんな」


 テッロの視線が、ハクの後方へと向く。その先には、未だに気絶しているクロと、心配そうに彼の容態を確認するフランの姿があった。さすがに死んではいないはずだが、一刻も早く手当てをする必要があることは確かだろう。


「宿まで送っていこう。締めの話は、クロが目覚めてからだな」


 豪快に笑うテッロ。ハクが何を言っても、合格という結果を取り消すつもりはなさそうだった。


「…… はい、ありがとうございます」


 番人が言い渡した結果を受け入れるしかない。今はただ、仲間の回復を祈ることにしようと決めながら、ハクは二人の方へと駆け寄るのだった。

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