第22話「役割」

 次第に、魔力反応が近くなる。

 数は三つ。そのうちの一つは、ハクもよく知る人物のものだった。

 つまりは、仲間が数的不利に陥っている可能性が高いということ。反応からしてまだ戦闘不能にはなっていないようだが、事は一刻を争うだろう。いつでも魔法を発動できるよう魔力を高めながら、彼は木々の間を駆け抜ける。


(────見えた)


 視界に映ったのは、二人の少年少女。先程も見かけたアヴァトなる人物の剣によって、フランの身が斬り裂かれようとする瞬間だった。


「『シャイニング=レイ』」


 そうはさせまいと、ハクが躊躇なく魔法を発動し、その身に純白の光を宿して突進する。隠密行動に徹していたわけではなかったためか彼の行動は筒抜けだったらしく、攻撃中のアヴァトから分身が差し向けられたが、問題ない。

 ハクは一切の行動を許さず分身の頭を鷲掴みにすると、そのまま駆け続けて本体へと衝突させた。


「があっ!?」


 分身が、本体に溶け込むようにして消滅する。アヴァト自身はあまりの勢いにより空中で一回転していたが、器用に身を捻って着地してみせた。


「ハク……!」


「ごめん、遅くなった」


 そう返し、フランの方に視線を向ける。負傷しているようだが大事には至らないと理解し、ハクは即座に気を引き締め直した。


(もう一人、木の陰に隠れているな……)


 姿は見えないが、先程出会った少年、フィーマではないはずだ。

 恐らくは、相手側最後の一人。手錠持ちのソティエという少女だろう。奇襲を狙っているのか、はたまた直接戦闘を行うのが苦手なのか。いずれにせよ、警戒しておくに越したことはない。


「フラン、鍵持ちじゃない方の魔法は目にしたかい?」


「えっと…… 味方を補助する類の魔法みたい。今のところ、その子は攻撃に参加してないよ」


「なるほど……」


「ごちゃごちゃうるせえなあ!」


 作戦を立てようとしたハクの思考は、その大声によってかき消された。

 アヴァトだ。彼は首を掻きむしりながら二人の方へ近づいている。長い前髪によって顔が隠れているが、その心情は声色だけで簡単に察せられた。


「いいから黙って斬られてろ、雑魚共が!」


 そう叫んだ後、アヴァトは自身の体を三つに増殖させる。そして、二人を取り囲むような位置へと操作してからそれぞれの剣を振るい始めた。


(円状…… 動きづらいけど、まとめて……)


「ハク、任せて!」


 再び高速移動で相手を圧倒しようとしたが、フランに肩を掴まれたことで中断する。

 いったい、どうやってこの状況を切り抜けるのか────そう考えた直後、ハクの視界は切り替わった。


(ここは……)


 全く別の景色が広がっている、というわけではない。依然として演習場、密林地帯の中にいるようだった。

 気になることと言えば、視点が妙に高く思えることと、平衡感覚に違和感があることぐらいだ。そう思い、ふと視線を下げたことで、気づく。

 ここは、木の上だ。周囲に生えていた木の、太い枝の上に二人は立っていた。すぐ下には、いなくなった二人を探しているであろうアヴァトの姿が見える。

 恐らくは、フランの魔法で転移したのだろう。確認したいことは多々あったが、悠長なことをしている暇はない。

 ハクは杖を翳し、その先に魔力を集中させた。


「『ダウンポウリング=レイ』」


 詠唱によりアヴァトが位置を捕捉したらしいが、遅い。相手が何か動きを見せるよりも早く、その体は上空から降り注いだ光によって呑み込まれた。


「ハク」


 轟音の中、フランから声をかけられる。ハクは魔法の制御を続けたまま、それに耳を傾けた。


「手錠持ちの方は、私がなんとかする」


「…… 逃亡者の君は、手錠持ちから逃げるべきだろう」


「それでも、私がそっちを引きつけないと、勝ち目はないよ」


 相手の連携は自分たちのそれを上回る、ということだ。つい先程まで数的不利な状況で戦闘を行っていたであろうフランの言葉には、説得力があった。

 相手を分断しなければ、勝機はない。そして恐らく、彼女の攻撃手段ではアヴァトを追い詰めることができないのだろう。故に、この分担にせざるを得なかったのだと考えられる。

 それでも、ハクは即決できなかった。


「…… 本当に、一人で平気かい?」


「作戦があるから、大丈夫。ハクは相手の鍵を壊して、クロと一緒に相手の逃亡者を捕まえて。それじゃ!」


「フラン!」


 返事も待たずに、フランは別の枝を飛び移りながら去っていく。

 ハクもその後を追おうとしたが、突如放たれた死角からの一撃により体勢を崩され、枝から落下してしまった。


「あぶな……」


 光属性の魔法が消滅した直後に、剣を投擲されたらしい。ハクは状況を把握しつつ、空中で身を捻ってどうにか足から着地することに成功する。

 だが、まだ窮地を脱してはいない。


「随分と余裕だなあ澄まし顔!」


 正面に、アヴァトの姿があった。先の魔法は直撃したはずだが、すぐに復帰していたようだ。その手には、剣が握られている。

 先程の投擲は分身によるものか、または分身を生み出す魔法を応用して行ったものなのだろう。そう分析しながら、ハクは後ろに跳んで相手の初撃を躱した。


「まだまだ行くぜえ!」


 再び、相手から二体の分身が放出される。先程と同様、ハクを取り囲む位置に。

 回避できる先はない。

 ならばと、彼は魔力を高めた。


「『ディフェンディング=レイ』!」


 光の壁を半球状に展開し、三方向から迫っていた攻撃を防ぐ。即座に破壊されることはなかったが、魔力を充分に込めていないため強度不足であることは否めない。

 現に、続く猛攻によって亀裂が広がっていた。


「守ってばかりじゃ勝てねえぞ!」


 嘲笑混じりに告げながら、アヴァトが剣を振るい続ける。

 今にも突破されそうになっているというのに、ハクは一向に壁を補強しようとはしなかった。姿勢を低くし、右手で杖を握りしめながら、相手の本体をただ見つめている。

 そんなとき、どこからか鐘の音が響いた。


『レマイオ組の鍵が破壊された! これで、インセ組は手錠で逃亡者を捕まえることができるぞ!』


 続いて、引率教師であるインセの声が聞こえてくる。

 ハクたちの鍵を所持していたのは、クロ。つまり、彼が相手と交戦し、敗れた可能性が高いということだ。


「次は、てめえの番だあっ!」


 アヴァトによる、大振りの一撃。

 三方向からの亀裂が結びつくと、光の壁は甲高い音を立てて崩壊した。その破片すらも斬り裂くようにして、三つの剣先がハクの身に迫る────かと思われたが。


「『シャイニング=レイ』」


 次の瞬間、ハクはその場から姿を消した。

 いや、彼だけではない。正面から襲いかかっていたはずのアヴァトさえもが、姿を消している。

 ハクが本来いた位置には、光が残留していた。一直線に伸びたその終点に、二人は移動している。


「が、はっ……!?」


 ハクの拳がアヴァトの腹部を捉え、木へと叩きつけていた。

 彼は壁を展開している間、高速移動の魔法を発動するための準備を進めていたのだ。そして、相手が壁を突破した瞬間に動き、空いている左の拳を容赦なく叩き込んだ。

 一度披露している魔法でも出し抜けたのは、相手が勝利を確信して油断する瞬間に仕掛けたためだろう。


「…… 気絶した、か」


 しぶとい相手だったが、ようやく無力化することに成功した。念のため、ハクは光の紐でアヴァトを拘束してから、その首に掛けられた鍵を奪い取る。そして、魔力を流し込んで破壊した。


『インセ組の鍵も壊された! これで、どちらも手錠を使えるようになったぞ!』


 再び鐘の音が鳴ってから、インセの声が聞こえる。これで五分になったはずだが、喜んではいられない。

 課題開始直後に感じていたものと同じ魔力反応が、接近していたためだ。


(誰か来る……)


 身構えながらその方向に視線を動かすが、意外にも、ハクの瞳が捉えたのは二つの人影だった。


「ハク!」


「アヴァトー、生きてるー?」


 それぞれの声が聞こえる。

 走ってきていたのは、クロと、相手の逃亡者であるフィーマだった。どうやら、鍵が壊されただけで、決着が付いたわけではなかったらしい。

 数的有利を取れるようになったのは嬉しい誤算だ。この機を逃すまいと、ハクも二人の方へと駆けていく。


「ハクって言ったかしら? 見れば見る程に男前ね。食べちゃいたいくらい」


 問題は、フィーマの実力。もし二人がかりでも勝てないとなると、かなり厳しくなる。

 フランのことも気掛かりだ。相手の手錠持ち、ソティエの姿が見えないことから、今も一人で引きつけているのだろうとわかるが、

ここで苦戦していたらいずれ捕まってしまうかもしれない。早急に、フィーマを倒さなければ。


「クロ! 後ろ!」


「え?」


 ハクの声によって、クロは振り向いた。

 その先には何もいなかったが、問題ない。むしろ、疑う素ぶりを見せずに従ってくれたことに感謝すらした。

 相手の視線だけが自身に向いている状況を、作り出すことができたのだから。


「『ブライトライト』!」


 杖の先から放出された、光の球体。フィーマの正面で弾け飛んだそれの内側から、更に眩い輝きが出現して辺りを覆った。


「ぬおああああっ!?」


 フィーマから、苦しそうな声が上がる。目眩しの光を直視したのだろう。

 当然だが、発動者であるハクは自分まで視界不良に陥らないよう直前で目を背けている。クロもまた、先程のやり取りのおかげで反対方向を見ていたため、動きに支障はなさそうだ。


(いける……!)


 身動きが取りづらいであろう相手を、万全の状態で挟み撃ちにできる絶好の機会が訪れていた。クロが自身の剣に闇を纏わせたのを見て、ハクも攻撃用の魔法を発動しようと準備する。

 だが、フィーマを中心とした魔力の高まりを感じたことで、それを取り止めて飛び退いた。

 その判断は、正しかったらしい。


「『ばくえんへき』!」


 クロが剣を大きく振りかぶった瞬間、フィーマは全方位に炎を放出した。さながら、円形の壁のように。


「ぐああっ!?」


 クロの叫び声。恐らくは、炎の壁と黒い斬撃がぶつかったことによる衝撃を受け流しきれず、後方に吹き飛ばされたのだろう。

 だが、心配している暇はない。己のやるべきことをやらなければと、ハクも動き出す。


(『シャイニング=レイ』)


 習得したばかりの魔法。無詠唱では当然効力が落ちるが、仕掛ける瞬間を相手に知られるわけにはいかなかった。

 僅かに残っていた炎の中を、ハクは躊躇なく突っ切る。纏っている光に体を保護する役割はないため、その身が容赦なく焼かれるが、怯まない。


(今しか…… ない!)


 急停止し、僅かに見えたフィーマの頭を掴んで地へと叩きつける。それから、抵抗されるよりも速く、相手の逞しい腕を手錠で拘束した。


『そこまで!』


 三度目の鐘の音が響いてから、インセの声が聞こえる。

 流れる空気は緊張していた。フランの姿が見えない以上、一秒にも満たない程の差で、彼女が先に捕まっている可能性があったからだ。


『激戦の末、勝利したのは』


 心臓の鼓動が速くなる。対照的に、流れる時間は不思議とゆっくりに感じられた。


『レマイオ組! おめでとう!』


 低い鐘の音が連続して鳴らされる。祝福してくれているのだろうか。ともかく、ハクたちは無事に勝利することができたらしい。


「あらら、負けちゃった」


 フィーマがいち早く反応を見せた。両手を拘束されたまま、仰向けになって空を見上げている。その表情からも言葉からも、悔しさは感じられない。


「よし……! よっし!」


 クロは両膝をついたまま、右の拳を握りしめて、喜びを噛みしめるようにそう呟いていた。


「大丈夫かい、クロ?」


 ハクはクロへと近づき、短く笑ってからそう言って手を差し伸べる。


「ああ、ありがとう」


 その手を取って立ち上がったクロからもまた、笑顔が返された。


「おーい、二人ともー!」


 声がした方を見ると、フランの姿が。

 彼女は走って二人の方へと近づいてきた。


「フラン! 無事だったか」


「勝った! 私たち勝ったよ!」


「そうだね。三人で力を合わせたからこそ、得られた勝利だよ」


 勝利の喜びを分かち合う三人。この瞬間だけは、痛みも疲労も忘れられたかのようだった。


『とりあえず、戻ってきてもらうぞ』


 インセの言葉の後、開始前と同様に全員が光に包まれる。

 レマイオの魔法だ。それにより、再び魔法学校前へと転移する。開始前と違うのは、インセ組の三人もいるという点だ。


「まずは傷の手当てをしないとのう」


 鮮やかな緑色の輝きが、戦闘を終えた六人の体を包む。


「すげえ……」


 感嘆を漏らすクロ。

 全員のかすり傷などが、まるで最初からなかったかのように消えてしまったためだろう。全ての傷が治っているわけではなかったが、それでも、彼が目を輝かせるには充分だったようだ。


「今日は付き合ってくれて感謝するぞい」


「いえ、こちらも条件つきでしたからお気になさらず」


「条件?」


 フランが首を傾げた。


「お主たちには関係のないことじゃよ。負けたときの話じゃしのう」


「お師匠様。賭け事をしてらしたんですか……?」


「人聞きの悪いことを言うでない。ハクたちが負けたら、という条件つきで引き受けてもらっただけじゃ。勝ったからどうということもない。万が一負けても、お主たちが不利益を被るような内容でもないしのう」


 呑気に告げるレマイオだが、断固として内容を教える気はないらしい。


「負けてねえ!」


 急な怒鳴り声に、フランが身を震わせた。

 声の主は、アヴァトだ。魔法のおかげか、単に時間経過によるものか、意識を取り戻したらしい。


「落ち着けアヴァト。悔しいとは思うが、ここは相手を称えよう」


「うるせえ! こんなお遊びじゃなきゃ、たとえ一対三だろうとぶちのめしてたに決まってんだろ!」


 インセが諌めようとするが、まるで聞く耳を持たない。


「ちっ、気分悪い。大体────」


「うるさいわよ」


「いでっ!?」


 拳骨が下った直後、アヴァトは前方に倒れかけた。拳骨の主であるフィーマが彼を抱き寄せ、軽々と自身の肩に担ぐ。


「さ、早く帰って反省会しましょ。ねえ、先生?」


「あ、ああ、そうだな」


 あまりの手際の良さにインセも目を丸くしていたが、すぐに気を取り直してレマイオの方へと顔を向けた。


「本日はありがとうございました。生徒たちに自分の実力を見つめ直してもらういい機会になりましたよ」


「礼を言うのはこちらの方じゃ。手を煩わせてすまなかったのう」


「いえいえ。それでは、これで」


 インセがレマイオに頭を下げる。

 ハクたちにも同じようにしてから、生徒たちと共に学校の方へと去っていった。


「さて、わしらも帰るとするかのう」


 レマイオが歩き始める。

 ふと、遠ざかっていくフィーマから視線を向けられたような気がしたが、ハクは気のせいだと思うことにした。

 恐らくは、自分ではなく────


「転移の魔法は使わないんですか?」


 場を茶化すような、クロの言葉。彼もまた、相手からの熱烈な視線に気がついていたようだった。


「年寄りをこき使うんじゃないわい」


「…… 歩く方が疲れません?」


「魔力も無限ではない、ということじゃ。黙って老人の散歩に付き合わんかい」


「はーい」


 夕焼けに照らされながら、三人はレマイオと共に家路を辿る。

 今日の街並みがいつもより色鮮やかに感じられるのは、課題を乗り越えられたためだろうか。

 だが、気を緩めるわけにはいかない。使命を果たすための努力は、どれだけ重ねても足りないはずだ。

 克服できる弱点はないか。より伸ばせる長所はどこか。今回の課題での行動は、適切だったか。より良い選択肢はあったか。

 次に目指す火の国での試練に躓かぬよう、ハクは疲労困憊のなかでも思考を巡らせ続けた。

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