第21話「課題当日:光」
「いよいよ、か……」
約束の課題の日。密林地帯を再現した魔法学校の演習場に、ハクの姿はあった。
課題は、魔法学校に通う生徒との戦いに勝利すること。三対三で、『鍵』と『手錠』を用いる変則的な戦闘だ。
(まずは二人と合流しないと……)
周囲に、他の参加者の姿はない。どうやら、無作為で転移させられたようだった。
ハクが所持しているのは、手錠。その役割は、相手の『逃亡者』を捉えて勝利条件を満たすことだ。相手の鍵を破壊しなければ使用できないため、先にその所持者を見つける必要があるが、彼は仲間との合流を優先しようとしていた。
(なんだ……? この、魔力反応は……)
視界に人影はない。だが、ある方向から強大な魔力反応が確かに感じられていた。それだけ遠方にいても感知できる程に、膨大な魔力を有する者がいるということか。少なくとも、クロやフランではなさそうだ。
「…… 行くしかないか」
現在地から、他の魔力は感じられない。
先の反応が相当な実力を有する者のそれであることに間違いはないだろうが、役割によっては遅かれ早かれ相対することになるため、ハクは臆せず向かっていくことにした。
(クロとフランは、大丈夫かな……)
自分たちの鍵を所持しているのがクロで、逃亡者がフランだ。そのため、どちらも相手に狙われることとなる。
それぞれ修行の成果を見せ合ってこそいないものの、二人の実力が向上していることはハクも理解していた。だが、数的不利をはじめとする逆境を覆せるか、どうしても心配になってしまう。
加えて、件の魔力反応。一つが抜きん出ているだけとは言え、その他を軽視できる程ハクも楽観的ではない。もしかしたら、一人一人が圧倒的な実力を持つ存在かもしれないと彼は危惧していた。
(────来る!)
突如、正面方向から魔力反応が接近する。
数秒程経ってから視認できたそれは、炎を纏っていた。
「『ディフェンディング=レイ』!」
ハクは光の壁を展開しつつ、右方へと転がって射線上から脱する。相手の炎を防ぎきれないと、即座に判断したからだ。
その読みは正しかった。
炎を纏いながら急接近していた相手が、光の壁を難なく突き破ってから静止する。もし回避していなかったら、ハクは突進を受けてそれだけで気絶させられていたことだろう。
「君は……」
立ち上がって臨戦態勢に入りつつ、声をかけようとしたハク。だが、舞い上がっていた土煙の中から現れた相手を見たことで、続く言葉を飲み込んだ。
「あら、いい男」
女性を思わせる口調。服装も、胸元にある大きな結び目が印象的な上着と、丈の短いスカートという女性らしい物を身につけている。髪型もそれなりに長く、三つ編みにして頭の両端から垂らされていた。
だが、肝心の顔が、明らかに男性のそれなのだ。化粧で誤魔化しているようだが、若干の青髭が残っているのが遠目に見てもわかる。
加えて、野太い声と、筋肉質な体。
脳内で情報が混雑した結果、ハクは一時的に思考を停止してしまったのだ。
「…… どちら様ですか?」
課題を始める前に確認した映像の中には、目の前の人物はいなかった。となれば、乱入者か。課題の一環かどうかは定かではないが、驚きながらもハクは警戒を続ける。
「良くぞ聞いてくれたわ!」
男か女かわからないその人物は、ハクを指差して声を張り上げた。
あまりの喧しさに、ハクは身を震わせる。
「体は男、心は女。恋の炎を滾らせ続けるアタシを、人はこう呼ぶ」
一旦閉じられた瞼は、息を大きく吸い込んでから再び開かれた。
「炎の恋愛乙女王子、フィーマ!」
名乗りとともに両腕を広げた直後、その後方で爆発が発生する。驚きを見せていないあたり、恐らくは彼自らが引き起こしたものだろう。
「フィー、マ……?」
耳にした名前を、繰り返す。
(言われてみれば、確かに……)
逃亡者に選ばれた相手がそのような名前だったはずだと、ハクは思い出した。
課題開始前に見せられた映像で判明した『フィーマ』の髪色と、今目の前に立っている人物のそれは一致している。厚化粧でわかりづらいが、顔立ちについても同様だった。
髪型や服装は違うものの、本人で間違いないのだろう。認めざるを得ないとわかったハクは、仕方なく驚きを飲み込むことにした。
(彼…… いや、彼女か……? どっちでもいいけど…… 確か、逃亡者だったはずだ)
相手の鍵を壊せていないであろう今、手錠でフィーマを捕まえることはできない。だが、それ以外の手段で無力化することは禁じられていなかった。
いずれ交戦しなければならないのなら、互いに邪魔が入らない今こそ好機。そう考え、ハクは杖を構えた。
「随分と乗り気みたいね。興奮しちゃうわあ」
その言葉を聞いて、背筋が凍る。現状を理解できたとは言え、すぐに受け入れられる程ハクは柔軟な思考を持ち合わせてはいなかった。
「でもごめんなさいね。アタシ、今急いでるのよ」
フィーマが、再び炎を纏う。それを見てハクも魔力を高めたが、やや遅かった。
「また、遊びましょ」
そう言って、フィーマは炎を噴射するようにして先程と同じ方向へ飛行する。ハクもその後を追いかけようとしたが、あっという間に引き離されてしまった。
「熱っ……」
飛び散った炎が木々に移り、燃え広がっている。フィーマが移動した経路は更に酷いことになっていて、とてもではないが近づけない程の有様だった。
火の海、とはこのことか。
「…… こっちに行くしかない、か」
進める方向が、かなり限られてしまった。
自身が転移した位置と、フィーマがいたであろう位置、それから、彼が目指している方向を踏まえ、仲間がいる位置を推測して走り始める。
(さっきの彼は、魔力の感知に長けているのか……?)
フィーマは、何か明確な目的があって移動しているようだった。相手にする必要のない手錠持ちに時間を割くことは無駄だという考えがあるのだろうが、それだけとは思い難い。
「とにかく、早く合流しないと……」
高速移動を可能にする魔法。あれを用いれば手っ取り早いだろう。今からフィーマに追いつくことも、不可能ではない。
ただ、魔力の消費が激しいという問題点を未だ解決できずにいた。それ故に序盤で使うことが躊躇われ、ハクはこうして自らの足で密林地帯を駆け抜けている。
(…… 今度はなんだ?)
後方から、魔力反応の接近を感じた。
振り返った先にいたのは、一人の少年。金色の長い前髪に隠されていて顔を確認できないため性別がわかりづらいが、服装からそう判断できる。
魔法学校生の一人、アヴァト。その手には、剣が握られていた。
(速いな……)
徐々に、距離を詰められていく。逃げきることはできないだろうと判断し、ハクは相手と向き合うことにした。
(確か、鍵を持っているはず)
ハクは杖を翳し、その先に魔力を集中させる。
「『バインディング=レイ』!」
今回は球体の形を挟まず、直接、紐状にして光を放出した。長く、素早く伸びた四本のそれらが、接近する相手の体を絡め取ろうとするが。
「…… まあ、そう上手くはいかないよね」
全てが、簡単に斬られて瓦解する。大して驚きもせず、ハクは相手が接近してくるのを待った。
だが。
(近づいてこない……?)
一定の距離に達してから、相手はぴたりと止まって動かなくなってしまった。ハクが数歩動けばそれに倣って移動するため、全く身動きを取らないわけではなかったが、それでも、自分から何か事を起こす様子は見られない。
(出方を窺ってるのか……?)
先に動いた方が負ける、という言葉がある。アヴァトはそれを意識しているのかもしれない。
もし、相手が反撃を得意としているのなら、ハクの方から攻め込むのは悪手だろう。だが、このまま膠着状態を続けることもできない。
「…… 行くよ」
意を決して、ハクは距離を詰めることにした。
移動速度からして、身体能力は相手の方が上だ。運良く懐に潜り込めたところで、剣の餌食となって終わりだろう。
なんの準備もしていなければの話だが。
「集まれ!」
アヴァトの剣が自身へと達する寸前に、簡略化した詠唱で魔法を発動する。直後、ハクの杖から膨大な量の光が放出された。
相手の体が呑み込まれ、押し流されるとともに剣もまたその中へと消えていく。
回避と反撃を一体にした行動を、ハクは間一髪で成功させた。
(あれ……)
光が収まり、土煙も晴れ、視界が良好になる。だが、アヴァトの姿はどこにも見受けられなかった。
躱されたはずはない。先の魔法は、確かに命中していた。どこかに身を潜めたのかとも思ったが、周辺にそれができそうな場所は存在しない。
まさか、木っ端微塵になってしまったわけではないだろう。そこまでの威力を簡略化した詠唱で出せる程の実力は、今のハクにはない。
ならば、いったいどこへ。
「────囮、か?」
今のが、魔法で作り出された簡素な分身だとしたら。たった一撃で消えてしまったことにも納得がいく。手錠持ちのハクに差し向ける刺客としては、的確と言えるだろう。
「急がないと……!」
再び、目指していた方向へと走り出す。そこまで時間は経過していないはずだが、既に相手が合流していないとも限らない。
その状態で、クロとフランが接敵していたら。
せめて、自分が到着するまで持ち堪えてくれと願いながら、ハクは必死に足を動かし続けた。
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