第20話「純白の光」
課題の日まで、残り一週間。レマイオの用意した人形との模擬戦を難なく制することができる程に、ハクは地力を増していた。
彼自身それをよく実感しているが、驕りはしない。更なる高みを目指すべく、この日もある試みを行っている。
(さすがに、速いな……!)
今日戦っている人形が再現しているのは、かつて相見えた剣士。その動きは、強くなったはずのハクが魔法を自由に使わせてもらえない程に素早いものだった。
慢心して衰えたわけでも、レマイオが調整を間違えているわけでもない。現状の自分では対応が間に合わない速度で攻撃が繰り出されるよう、彼の方から申し出たのだ。
(もっと速く…… 魔力を、全身に……!)
魔力を纏わせた杖で相手の剣を弾き、防御と回避をひたすら続ける。激しい攻防のなかで、ハクはある魔法の発動を狙っていた。
人攫いと交戦した際に偶然発動した、高速移動を可能にする魔法だ。
彼は接近戦が特別不得手というわけではないが、懐に入られるとどうしても後手に回りがちになってしまう。そうならないように戦いを運ぶべきだが、対策も考える必要があった。
先の魔法を自在に扱えるようになれば、この状況のように接近されていても、一瞬で距離を開けることができる。それどころか、接近を許さずに戦いを進めることも可能になるだろう。
この魔法を習得することが今最も重要であると感じ、彼はこうして励んでいた。
(…… 来た!)
体が、熱と輝きを帯びていく。
あの時と、同じ感覚だ。今なら、と、ハクは相手の懐へ飛び込み、脇を潜って背後に回った。
それは、まさに一瞬の出来事。彼の移動経路をなぞるように、純白の光が浮かび上がっている。
彼の身体能力は、相対している人形のそれに遠く及ばない。そのため、本来ならば今の行動は相手の剣に捉えられて終わっていたはずだ。
だが、そうはなっていない。
それはつまり、件の魔法の発動に成功したということ。
(あとはこのまま……)
ハクは攻撃用の魔法を相手に直撃させて一本取ろうとしたが、握る杖からは何が放たれることもなかった。
「なっ……」
あれだけ蓄えていたはずの魔力が、霧散している。そう気づき、慌てて準備を始めようとした時には、遅かった。
人形から繰り出された振り向き様の一閃により、手から杖を弾かれる。更に体勢を崩されてしまい、ハクは防御も回避もできないまま剣の餌食となってしまった。
「がはっ……!」
たったの一撃で、遠方まで吹き飛ばされる。ハクは宙を舞った後、受け身も取れずに地面へと叩きつけられた。
人形が握っているのは木剣であるため、彼の肉体が両断されることはなかったが、それでも凄まじい威力だ。当たりどころが悪ければ重傷を負っていたことだろう。
ただ、その危険も承知のうえだった。痛みで鈍る脳を懸命に動かしながら、彼は体に鞭打って立ち上がる。
「魔力が、足りなかったのか……」
一本取ったからか、人形が追撃を仕掛けることはなかった。そのため、ハクはこうして思考に没頭することができている。
魔法の発動そのものは成功していた。問題は、その後。
高速移動が可能な状態の持続。および、その他の魔法の発動。それらを行うための魔力が、先程のあの瞬間に不足していたのだ。
「さて、どうしようか」
いかに知識を授けられたと言えど、膨大な量の中から望んだものを引き出すことは容易ではない。結局、実際に体を動かし、目で見て、耳で聞いて、心で感じたことを基にしなければ、解答には辿り着けそうもなかった。
「魔力は…… まだ残ってるね」
多量の魔力を瞬間的に消費してしまっただけで、完全に空になったわけではない。練ろうと思えば、継戦に充分な量の魔力を得ることができそうだった。
「あれを使うときは、魔力を余分に溜めておくとして……」
人形を放置したまま、ハクは独り言を連ねていく。
この空間もまた、魔法によって作り出されたものだ。故に、発動者であるレマイオは現状を把握しているはずなのだが、それでも彼が助言等を述べることはほとんどない。恐らくは、他の二人にかかりきりなのだろう。
とは言え、教えを乞えば快く応えてくれていたため、ハクが不満を募らせることはなかった。
「…… やっぱり、無詠唱でやるのは少し厳しいかな」
魔法を発動するうえで、詠唱が必要不可欠というわけではない。
最も重要なのは、想像力。魔法陣も詠唱も、それを増幅させるための方法の一つに過ぎないのだ。故に、ハクも詠唱を短縮したり、独自に変えたりと工夫を凝らしながら戦っている。
無詠唱で魔法を発動する最大の利点は、即時発動が可能なこと。威力や精度の低下こそあるが、相手の思考時間すら奪えることを考えれば大した痛手ではない。
欠点は、発動そのものの難易度が上がること。それが、使い慣れていないものだとすれば、尚更。
「『それは寵愛────』」
ハクは瞳を閉じ、自らの全身を巡る魔力の流れに集中しながら、魔法の詳細を想起させる言葉を紡いでいく。それが、現実のものとなるように。
「『それは戒め。それは覚悟────』」
詠唱に、これといった決まりはない。同じような魔法でも、使い手によって詠唱が異なることはざらにある。この詠唱もまた、ハク独自のものだ。
「『光よ、我が身と一つになりて、魂を運べ』」
心臓から全身へと、熱が伝播していく。それを視覚化するように、ハクの肉体は輝きを帯びていった。
「『シャイニング=レイ』」
成功だ。感覚を掴めたからか、詠唱を行えば発動は容易だった。だが、肝心なのはここから。
(魔力を、更に充満させる……!)
既に、肉体がはち切れんばかりの魔力を内部で駆け巡らせていたが、これだけでは先程と大差ない。移動後の動きを想定して、余分に魔力を蓄えておく必要がある。
(…… こんなところかな)
ハクの肉体は尚も輝きを増していき、やがて、ある一定の状態で維持されるようになった。
自身が光源そのものとなっているのに、不思議と眩しさは感じない。代わりに、と言うべきかは不明だが、火傷しそうになる程の熱に全身を襲われていた。
まだ、魔法に慣れていないためだろう。
苦痛に顔を歪ませたものの、彼が魔法を解除することはなかった。
「準備完了…… そろそろ、始めようか」
律儀に待機していた人形へ、合図を送る。それによって相手が活動を再開してから、ハクは動いた。
一瞬で眼前へと移動し、相手の眉間に拳を叩き込む。急加速によって威力が増していたためか、人形は遥か後方にまで吹き飛んでいった。
そのはずだが。
「…… いいね」
高速で宙を飛び続ける人形の背面に、ハクが回り込む。その移動速度は、まさに光のようだった。
接近に気づいたらしい相手は、体勢を崩していながらも彼の方に視線を向け、即座に防御へと移れるような構えを見せている。
だが、遅い。
(ここで、決める)
またしても、ハクが人形の背後を取った。
高速移動は、使えてもあと一回。感覚でそう理解した彼は、杖の先端を相手の背中に向けた。
「『ペネトレイティング=レイ』」
光の槍。ハクが現状使えるなかで最速の一撃が、人形の心臓部を貫く。
致命傷を負ったことで、人形の肉体は瓦解していった。同時に、彼が制御していた光も完全に消滅する。
「…… 実戦での運用は、まだ難しい、か」
今度こそ、魔力は空だ。どれだけ念じようとも、湧き上がってくる気配はない。
時間と、これだけの魔力を消費して、数回動くのがやっとでは割に合わないだろう。せいぜい、終盤での切り札として使えるかどうかといったところだ。
現時点では。
(できるだけ、形にしておかないと)
今の魔法を使いこなすことは、未来永劫不可能というわけではない。努力を重ねれば、いつかは実を結ぶはずだ。たとえ課題までに完成しないとしても、洗練しない選択肢はなかった。
とは言え、魔力が尽きてしまっては鍛えようがない。ならばと、ハクは視線を斜め上に向けた。
「…… もう一回、お願いします。魔力切れになってしまったので、次はもう少し弱めで」
観察しているであろうレマイオに向けて、ハクは新たな人形の投入を要求する。返事はなかったが、数秒程でその願いが聞き入れられることとなった。
(…… 強く、なるんだ)
杖を握りしめるハク。既に体力も限界に近かったが、その壁を越えるべく相手の方へと向かっていった。
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