第16話「雷の証」
(終わった…… かな)
消滅する、光の柱。結界の外を再現したこの空間には、ハクとフランの二人だけが立っていた。
「フラン、大丈夫かい?」
駆け寄り、彼女の傷を確認する。とりあえず、見える範囲に目立った負傷はないようだ。
「うん。銃を向けられたときはびっくりしたけど…… ハクの壁が守ってくれたから、なんともないよ」
「それなら良かった」
あの瞬間、ハクは攻撃用の魔法を発動すると同時に、新たな光の壁もフランの前方に展開していた。銃撃を警戒してのものだが、もう一つ理由がある。
相手の視線を誘導するためだ。
盾と攻撃の間に角度が存在しなければ、反射はできないのではないか。先の一瞬でそう推測し、ハクは遥か上空に魔法陣を展開した。それに気づかれぬよう、可能な限り接近したうえで二手に分かれたり、杖の先から魔法を発動するかのように見せかけたりしていたのだ。
「試練突破、でいいのかな」
「うん。じきに戻れるはず、さ────」
刹那、強大な魔力反応を感じたことで二人は一斉に同じ方へと振り向く。
視線の先には、先程倒したはずの剣士が立っていた。
「まだ、倒せてなかったってこと?」
「いや…… さっきのとは、また別みたいだ」
つい先程まで、この場には二人しかいなかったはずだ。目の前の剣士は、今の一瞬で新たに出現したものだろう。
そう判断した直後、ハクの視界の大部分を剣士が占有する。
「くっ……!?」
「ハク!」
大股十歩はあるだろうという距離を、たったの一歩で詰められた。
恐るべき身体能力。魔法によって強化されていると見て、間違いないだろう。それが剣士自身のものなのか、彼を再現しているケミーによるものなのかは、定かではないが。
「フラン、下がって!」
フランは接近戦を行う術がないため、相手の間合いに入れるわけにはいかない。
迫る相手の剣を、ハクは杖で受け止める。簡単に破壊されないよう、魔力で何重にも包み込んで。
(速い…… それに、重い……!)
剣が、絶え間なく打ち込まれ続ける。ハクは反応こそできているが、反撃する機会を見出せないでいた。
武器を用いた接近戦は、間違いなく相手の方が上だ。その実力差を覆すには、魔法を使うしかない。だが、杖の補強に意識を向け続けているため、他の魔法を発動する余裕がなかった。
せめて、少しでも隙を作ることができれば。圧倒されながらも思考を巡らせ続けたことで妙案が浮かんだ彼は、息を目一杯吸い込んで口を開いた。
「フラン! 僕らに向けて矢を放って!」
「で、でも……!」
「僕のことなら気にしなくていい! 自分に当たらないよう立ち回る! だから早く!」
二人は何度も立ち位置を変えながら、目まぐるしい速度で打ち合いを続けている。正確な射撃を得意とするフランでも、この状態で相手だけに矢を命中させるのは困難だろう。
あまりに危険な賭け。下手をすれば、ハクの体が射抜かれかねない。それでも、彼にはこの方法しか思いつけなかった。
(いつまで持つか……)
体力、魔力ともに限界が近い。これ以上長引けば、隙が出来たとしても決めきれない可能性が高くなる。
未だ、フランからの返事はない。納得してもらえていないのかとハクは憂慮したが、彼女の魔力反応が強まっていったことで雑念を振り払った。
手数重視の射撃を想定していたが、彼女なりに考えがあってのことなのだろう。そう判断し、相手の剣を捌き続ける。
(…… 来た!)
遠方から射出される、緑色の輝き。それをどちらが受けるかで勝敗が左右されると、両者共に感じ取ったのだろう。矢が達するまでの僅かな時間に、二人は凄まじい速度での駆け引きを行う。
それに勝利したのは、剣士だった。
(まずい……!)
力を受け流されたことで立ち位置が反転し、ハクは矢の正面に立たされる。体勢を崩されているため、回避と防御のどちらも困難だ。
直撃して更なる隙を見せてしまえば、剣士にそこを突かれて決着が付いてしまうだろう。ならばと、彼は致命傷を避けるために身を捩りながら、相手が好機を前に油断することを期待した。
その直後。
「…… え?」
ハクは目を見開いた。
魔力の矢が、屈曲したからだ。矢は突如として天を昇り始める。かと思えば、再び軌道を変えて落下し始めた。
そして、その先にいた剣士の頭部に見事命中する。貫くことこそできなかったが、僅かに動きを鈍らせることができた。
「集まれ!」
呆気に取られていたハクだが、隙を見逃すような愚行はしない。杖に纏わせていたものも合わせ、全魔力を剣士に向けて放出した。
視界が、眩い輝きで満ちる。その奥から感じられる魔力反応は徐々に弱まっていき、やがて消滅した。
それと同時に、輝きも収束していく。
勝利を確信したからではない。ちょうど同じ瞬間に、彼の魔力が底をついたのだ。
「倒し、た……」
相手の消滅を肉眼で確認して気が抜けたためか、ハクはその場に膝をついた。
全身が震えている。杖を握る力すら、残ってはいないらしい。更にもう一人相手にしろと言われたら、勝ち目はないだろう。
「ハク! 大丈夫!?」
駆け寄るフランの肩を借りて、ハクはようやく立ち上がることができた。華奢な彼女に助けられなければ直立すらままならない程に、彼は疲弊している。
「なんとか、ね」
「…… 今度こそ、終わったよね」
「そうだと、嬉しいんだけど……」
そんな会話の直後、視界が白く染まった。光に包まれたかのようだが、不思議と眩しさは感じない。
「────試練終了だ」
ふと聞こえてきたしゃがれ声に、意識を引き戻される。それにより、真っ白だった視界が急激に色彩を取り戻した。
「ここは……」
目の前には、声の主であるケミーが。隣には、フランが立っている。試練を始める前と全く同じ状況だ。
「あれ? 今のは、夢……?」
「当たらずと言えども遠からず、だな」
フランが、きょろきょろと辺りを見回す。表情にこそ出していないが、ハクも彼女と同様に状況を飲み込めていなかった。
「お前たちは実際に戦っていたわけじゃない。俺っちの魔法で、二人の記憶から構築した世界に精神だけを飛ばしたんだ。試練はそこで行った」
「精神だけ……」
呟きながら、ハクは自身の体を確認する。
傷や付着した汚れが、綺麗さっぱりなくなっていた。ケミーの言うとおり、二人の肉体は戦闘を一切行っていなかったのだろう。疲労や倦怠感が未だ残っていることに疑問を抱いたものの、そういう魔法なのだろうと割り切ることにした。
「何故、実戦ではなかったのですか?」
「今のお前たちに適した試練が、それだったってだけだ」
問いに答えたようで、核心は晒していない。知らない方がいいこともあるというケミーなりの気遣いなのか、はたまた番人という立場上明かすことができないのか、それを確かめることすら難しそうだった。
「にしても、突破できるとは思わなかったぜい」
「と言うと?」
「今日お前たちが戦ったのは、言わば心の傷の象徴だ。取り乱して色々やらかすと思ってたんだが…… 甘く見すぎてたみたいだな」
心の傷の象徴と対峙させることで、二人の精神力を見極めようとしていた、ということらしい。勝利が突破条件であるため、それなりの実力も求められていたはずだが、口ぶりからして精神面を主に試されていたようだ。
「おっと、忘れる前に証を譲渡しねえとな。歳を食うと、話が無駄に長くなっちまっていけねえや」
仰々しい前置きもないまま、ケミーの手から黄色の輝きが伸びる。二人の指輪へと繋がると、光はそこに吸い込まれるようにして消滅した。
「ほい、完了だ」
「ありがとうございます」
手に入れた証は、これで二つ目。残る試練は、あと三つだ。
フランは証の輝きに見惚れているようだったが、ハクの反応は至って淡白なものだった。
あくまで、一安心できただけ。彼の最終目標は遥か先にあるのだ。一喜一憂している場合ではない。
「もう特に用事はねえだろうが…… クロの傷が癒えるまではこの国にいるといい。何かありゃ、俺っちも色々と相談に乗るしな」
「すみません。何から何まで」
クロに治療を施すための手段や場所を、ケミーに頼らず用意することはできる。だが、下手に動かず世話になった方がいいと判断した。
件の騒動に関わった危険人物が軒並み捕まったとは言え、同様の企てをする別の人物がいつ現れないとも限らないだろう。
ヒョウと名乗っていた男のことも気がかりだ。そんな状態で、手負いのクロを────闇属性の魔力を宿す彼のことを連れ回すのは、憚られたのだ。
「気にするな。子供を助けるのは大人の責務だ」
「…… では、お言葉に甘えさせていただきます」
「おうよ。どんとこい」
そう言って、ケミーが胸を張る。その体は一際小さいはずだが、ハクにはとても頼もしく感じられた。
「今日はありがとうございました。そろそろ、戻ることにします」
「ありがとうございました、ケミーさん!」
「ああ。クロにもよろしくな」
二人は感謝を述べ、振り返って歩き出す。
暗さに加えて路地が入り組んでいることで、初めて訪れた者は間違いなく彷徨う羽目になるであろうこの空間。二人も未だ全貌を確かめることはできていないが、主要な経路はハクが既に把握しているため、迷わず進んでいく。
「…… 今日はありがとう、フラン」
「え?」
階段を上りながら、先導するハクが告げた。しばらく沈黙が続いた後での言葉がそれだったためか、フランは素っ頓狂な声を上げる。
「君がいなければ、この試練を突破することはできなかった」
「や、やだなあ。大袈裟だよ」
口ではそのようなことを言っているが、満更でもない笑みをフランが浮かべているであろうことは想像に難くなかった。
「そんなことないさ。色々と助けられたよ。特に最後の、曲がる矢はすごかった。あんな魔法が使えたなんて」
「いや、あれはたまたま上手くいっただけっていうか……」
「だとしても、助けられたのは事実だよ」
ハクは立ち止まり、振り返ってフランの顔を見つめる。
「ありがとう」
素直に受け取るか。それとも、照れ隠しの言葉を並べて誤魔化すか。そのどちらかだろうとハクは予想していたが、フランが見せた反応は全く異なるものだった。
「…… 私が頑張れたのは、ハクのおかげだよ」
俯くフラン。暗がりのせいで見えづらい表情が、更に確認しづらくなった。ハクが上方に立っていることも、それを後押ししている。
「ハクが支えてくれたから。諦めない姿を見せてくれたから。一緒に戦ってくれたから。私も、それに応えたいって思ったんだ」
だから、と続けながら、フランは自身の胸に手を当ててハクの顔を見上げた。
「ありがとう」
見えづらいはずのその笑顔が、やけに眩しくて。ハクは思わず視線を逸らしてしまった。それを誤魔化すかのように、再び背を向ける。
「…… そろそろ行こうか。クロも待ってるだろうし」
「うん、そうだね」
足早に階段を上るハク。試練を通して絆が深められたというのに、彼の気分は晴れない。
仲間がいることで、試練を突破できた。それは喜ばしいことだが、課題が残っている。
たとえ一人だったとしても、試練を突破しなければならない。そのための実力が今の自分にはまだないと、思い知らされた。
現状で満足してはいられない。このままでは、いずれ、また。
一人静養している友の顔を思い浮かべながら、彼はフランと共に帰路を辿るのだった。
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