第12話「罠:光」
ヴィオーノに到着した一行は、資金を調達するべく依頼の受注に明け暮れていた。当初の計画どおり、簡単な依頼から徐々に難易度を上げていき、そして今日、とうとう魔物退治の依頼を受注している。
「そっち行ったぞ!」
「了解!」
ハクでもフランでもない声に応じつつ、逃げ出した魔物をクロが追いかけた。手負いの相手に遅れを取ることもなく、勢い良く木剣を振るう。刃がないため斬り裂くことはできないが、気絶させるには充分な威力だった。
それが、最後の一匹。戦闘開始直後には包囲網を作る形で存在していた多くの魔物が、十分も経たないうちに制圧されていた。
「もう終わりか。あっけなかったな」
「他の人たちが強かったからね。かなり助けられたよ」
自身の方へ近づくクロに対し、ハクは周囲への警戒を解きながら歩み寄る。
この場にいるのは、九人。結界外に現れる魔物の数が増えているとのことで、他の請負人との共同戦線を張っていたのだ。
戦闘経験が豊富とは決して言えないハクたちが危なげなく戦闘を終えることができたのは、間違いなく彼ら彼女らのおかげだろう。三人以外は全員顔見知りのようで、その高い連携力を活かして次々と魔物を無力化していった。
(…… 僕も、あれくらい強くならないと)
感心しているだけではいられない。
ヒョウから情報を引き出すため。共にいてくれる仲間を守るため。そして、冥王の瘴気を祓うという使命を果たすため。ハクはもっと強くなる必要があった。
「疲れたぁ…… 早く戻って、明日に備えよう」
「その前に、他の人たちと話してみないか? 強くなる秘訣とか聞けるかもしれないぜ?」
「それもいいけど、後にしようよ…… また魔物が現れたら、さすがに厳しいだろうし」
「フランの言うとおりだよ」
無事魔物を討伐することはできたが、疲労がないわけではない。次、同じ数の魔物に包囲されれば、無傷ではいられないだろう。まずは、安全な結界内まで戻る必要があった。
「…… それもそうだな」
微笑を浮かべるクロ。彼の気持ちはわかるが、かと言って二人を危険な目に遭わせるわけにはいかない。
焦るだけでは駄目だ。常に、冷静な判断を心がけなくては。
(ん……?)
言葉を交わす三人のもとに、一人の男が近づいてくる。それに気がついたハクは相手の方へと向かっていき、手を差し出した。
そして、感謝の言葉を口に出そうとした瞬間。
「てやあっ!」
男が、携えていた剣でハクに斬りかかった。予想外の出来事に、三人とも反応が遅れてしまう。
「なっ……!」
ハクは間一髪のところで斬撃を躱したが、男に次々と攻撃を仕掛けられた。相手の得意とする間合いから抜け出せず、尚も窮地が続く。
「いったい何を……!」
「さあな!」
相手が問いに答える様子はない。故に、推測のみで状況を把握する必要があったが、その余裕すら与えてはもらえなそうだった。
確かなのは、相手が、明確な敵意を持って攻撃してきているということ。
ならば、遠慮する必要はない。ハクもまた、全力で迎え撃とうと魔力を高めた。
だが。
(魔法が…… 使えない!?)
どれだけ集中しても、魔力を体外に放出することができなかった。動揺と相手からの攻撃に襲われながらも、原因を究明する。
そんな彼の視界に映ったのは、相対する男の背に隠れるようにしている、一人の女性。彼女は杖を持ち、なんらかの魔法を行使しているようだった。
その魔力の向かう先が自分であると、ハクは見抜く。
(魔法を妨害する魔法、か……)
種さえわかれば、対処法も追随して思い浮かぶ。だが、それを実行できるかどうかは、また別の問題だった。
「どうした、そんなもんか!」
普段以上に集中し、妨害されている点を考慮して魔法の構築を行えば、発動までこぎつけられる。だが、振るわれ続ける剣を躱しながら進めるのは極めて困難だ。
(くっ…… クロ、フラン……)
瞬間的に、視線を動かす。二人もまた、分断されてしまったようだった。一刻も早く合流しなければ、数分と経たずに誰かが落とされるだろう。
そんな焦りもまた、ハクの集中を乱す要因となっていた。魔法が使えないまま、時間だけが過ぎ────やがて、彼の体が熱と輝きを帯びていく。
(なんだ、これは……)
魔法の発動を妨害されていることによる、副次的な反応か。はたまた、別の魔法を発動されてしまったのか。幾多もの思考と感情が混ざり合い、正常な判断を下せない。
「クロ!」
フランの声。咄嗟に振り向いたハクの瞳が捉えたのは、力なく倒れ伏すクロの姿だった。
(遅かったか……!)
「よそ見してる場合か?」
視線を戻すが、少しばかり遅かったようだ。既に、回避不能な位置にまで相手の剣が迫っている。
防御するしかない。材質的に不安ではあるが、魔法が使えない以上、その手に握る杖を使って受け止める他なかった。
「ぐっ、くうっ……」
金属製と思われる剣を、木製の杖でどうにか受け止める。即座に斬り裂かれることはなかったが、そう何度も防ぐことはできないだろう。
「きゃあっ!?」
また、フランの声が聞こえる。
クロが倒れたということは、彼を相手していた分の戦力が他に流れるということだ。そうなれば、持ち堪えることはより難しくなる。
せめて、彼女だけでも。そう願った瞬間、ハクの視界は切り替わった。
「…… え?」
目の前に、剣を持った男の姿はない。魔法を妨害しているであろう、女性の姿も。
代わりにいるのは、短剣を持つ女だった。
「あ、ありがとう……」
すぐ近くから、またしてもフランの声が聞こえる。それにより、自分が彼女をその腕に抱えているのだと気づいた。どうやら、今の一瞬でここまで移動し、相手の攻撃から彼女を救い出していたらしい。
(いったい、何が……)
相手の魔法、とは考えづらい。一度分断した戦力を、わざわざ一纏めにする必要はないからだ。
そして恐らく、フランによるものでもない。彼女に、そういった魔法を発動した素ぶりはなかった。
増援や助っ人がいるわけでもなさそうだ。と来れば、残るは一つ。
(僕が、無意識に魔法を使った……?)
妨害されている状態で可能なのか疑問ではあったが、そうとしか考えられなかった。一旦結論づけ、フランを地に下ろしてから再度相手の方へと向き直る。
「おい、妨害はどうした!」
「す、すみません……」
「まあいいじゃないの。遅かれ早かれってやつさ」
「対象の生け捕りには成功したが…… こいつらはどうする? 一緒に引き渡すか?」
「依頼達成が最優先だ。口封じとして、他は殺した方が手っ取り早い」
「いやいや、別の組織にでも売り飛ばすべきだろ。杖のガキの方は高値がつくと思うぜ」
二人のもとに、ぞろぞろと相手が集まってくる。目的を推測できそうな言葉が聞こえてきたが、情報を整理できる程の余裕はない。
(逃げきれるか……?)
今し方魔法を発動できたのは、偶然だ。妨害が続いている以上、意識的に行うことはできない。
また、二対六の状況で勝利を信じて戦い続けるのは、あまりに無謀だろう。
何か、何かないかと、ハクは必死に考えを巡らせる。
「フラン。僕が時間を稼ぐ。君だけでも逃げて、誰かに助けを求めるんだ」
それしかない。魔法も満足に使えない状態でどこまで持つかはわからないが、他に希望が見える選択肢はないだろう。そう思い、ハクは相手に聞かれないよう小声で伝えたが、フランからの返事はなかった。
「…… フラン?」
再度語りかけるが、やはり返事はない。何かあったのかと思ったハクが様子を窺うと、突然、フランは弓を構えて相手の方を見据えた。
「こ、来ないで!」
一際眩い輝きが、彼女の弓から放たれる。速く、力強さを感じさせる一撃だったが、直線的な軌道を描き出すそれは、屈強な男が持つ盾によって難なく防がれてしまった。
いや、それだけではない。
盾に当たった瞬間、矢は元来た道を引き返すようにして二人の方へと飛来した。
「フラン、危ない!」
ハクは咄嗟に、フランの前へと出る。
当たりどころが悪ければ、致命傷になりかねない威力だろう。死も覚悟し、彼は目を閉じる。
瞼越しに、白い輝きを感じながら。
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