第6話 心の傷つかない化け物

 今までに、何度も書いたものの繰り返しなりますが、再度書きます。 


 人は、一人では生きていけません。

 空気や水、地球はもちろん、野菜や魚、肉、過去の記憶、未来への予感、気のあう友人、肉親、恋人、故郷の風景など、私たちはこの世界が生み出す多くのものを必要としています。

 その中には失えば人間として、あるいは、個人として危機的な状況に陥るものがあります。

 それは物であったり、人であったり、思い出であったりするわけですが、失えば心や体が傷つくという点で共通しています。

 肉体が必要としているものを失えば、肉体が傷つき、精神が必要としているものを失えば、精神(心)が傷つきます。 


 失うことで心が傷つき、心が死んでしまうもの、そんなものが本当にあるのなら、それらはもはや、他人や他物として無視できるような、自分にとって無関係なものではありません。自分という存在を構成する一部であり、自分自身です。


 自分一人だけで生きている、みたいな顔をした人間は多いですが、実際にはそうではありません。

 人間として生きていくためにも、自分として生きていくためにも、人は自分の肉体の外に存在する、たくさんのものを必要としています。そしてそれが心が傷つくほどに必要不可欠なものであれば、精神上で自分自身と認識しても不思議ではないし、当然であるということです。


 しかし、個々の人間がそのことを意識して行動することはまれです。

 消防士や警察官が命がけで災害や犯罪に立ち向かっていく行為や、溺れている子供を助けようとする親の行為、自身を犠牲にしてでも最愛の人を守ろうとする行為は理屈ではありません。必死な思いだけがあると思われます。

 それでも、言葉に出来ない彼らの無意識のレベルで、肉体の外側にある「自分自身」を助けるために行動していると推測することは出来ます。

 人間はまったく無関心な物事に対して行動することはできませんからね。

 彼らは、見ず知らずの他人のために命をかけているのではなく、様々な不幸によって傷つくかもしれない自分自身の心を守るために動いている、とも言えるのです。

 ある意味、全ての人間は自分自身のために動いていると言えるかもしれません。

 そのような中で、人間の行為が利己主義や個人主義だけに収束することがないのは、自分の中に他者、他物を取り込めるからです。そして一部のものは自分の命よりも大切なものとして扱うことが出来る。

 ――これは人間的な言葉で言えば、愛です。


 これらの事実は人間が一面だけ、つまり肉体だけで生きているのではない証拠でもあります。

 人間が生きていくためには、肉体が死なないようにすることと同じくらい、精神が死なないようにすることも重要だということです。肉体と精神は繋がっていますからね。

 そう考えると精神上の自分の中に自分より重要なものとして、他人や他物を設定できるのも理解できるでしょう?

 心が死なないようにするための、正常な作用だと。


 人間が普通に行っている、愛するという行為や、精神が認識している「自分」の中には、他者に関心を持たせるだけでなく、人間を社会から遊離させないようにする作用もあります。他人を愛し、「自分」の中に取り込むことで、人間は他者を自分自身として認識し、他人の立場になって考えることが出来るようになります。自分しかいない世界では持ち得ない、奇跡的な視点です。


 逆に、精神上の「自分」の中に自分しか居ない、あるいは自分すら居ない、というような人の心は、何が壊れようと何が死のうと、傷つくことはありません。

 世界や自分以外のものに(あるいは自分のことにすら)関心が持てない、居ても居なくてもいいというのであれば、自分以外のものが存在する意味がなくなり、すべてが幻になってしまいます。それは夢の中にいるようなもので、現実からの遊離に他なりません。


 いじめの加害者の自分の中(心の中)には、いじめの被害者が存在しない。だから、被害者をいくら傷つけても、加害者の心は傷つかず、痛みを感じない。

 痛みを感じないから、際限なく被害者をいじめられる。

 それこそ死ぬまで。いえ、正確には被害者が死んでも心は傷つかないので、被害者が死んだあとも、さらに被害者を傷つけることが出来るのです。


 何をしても心が傷つかない者というのは、連続殺人犯や猟奇殺人犯と同じくらい危険です。いじめの被害者は、このような危険な相手から、攻撃されているのだということを再認識してください。被害者の力だけで戦っても勝てません。よくわかっていない大人でも、無理です。

 警察のような、凶悪犯罪の捜査に長けている人にしか,無理でしょう。


 だから、被害者は、一刻も早く逃げてください。

 あなたの敵は、残念ながら、心の傷つかない化け物です。

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