4.
昼休みが終わりを迎え、またいつものように慌ただしく各務はクラスに戻っていき、また史紀は図書室に一人残される。
(……もう、誰もいないわよね。)
本鈴が鳴ってしばらく後。
史紀は図書室に自分以外誰もいないことを念入りに確認する。
そして、懐から小さな一冊の本を取り出す。
本はまるで西洋の博物館に置いてあるように、皮のようなもので装丁されている。
少なくとも普通の高校の図書室にあるような本とはかけ離れた異質な代物だ。
「……
史紀が詠唱すると本が開き、中から泡のようなものが飛び出して史紀の頭の周りをくるくると巡る。
「うっ……!」
頭痛がする。
泡はしばらくすると本の中に戻っていく。
史紀の頭痛も、泡が消えていくのと同じように引いていった。
泡が吸い込まれた本には、古代文字のようでいてまた現代の漢字のような、不思議な文字が記されていた。
「……結構きつかったわね。」
史紀の異能力。
『
記憶を本に封じ込め半永久的に保存する。
能力を使うと頭痛がするが、どうやらこれは自分の寿命を削られているらしい。
ただの頭痛ではなく、自らの命なのか、何かを持っていかれる感覚があるのだ。
無論、こんな能力を気軽にメモ代わりに使う気など到底起きない。
それこそ紙のメモに書きこむなり、パソコンのメモ帳を使うなりで事足りる。
しかし。
史紀はほんの一部とはいえ、自らの寿命を引き換えに記憶を本へ封じ込めた。
「……各務、さん。」
史紀が封じ込めたのは、各務との記憶だった。
各務がこの図書室で「ただいま」と発したあの瞬間、その時の自分の気持ち。
各務が自分にお土産をくれた瞬間、その時の自分の気持ち。
……満たされて、幸せ。
異能力に目覚めたことに気が付いたのは、一か月ほど前だった。
ある日、史紀は奇妙な夢を見た。
自分は皮のようなもので装丁された、いかにもファンタジーに出てくる魔導書のような本を持っていた。
「……
そう唱えると、本が開いて中から泡が飛び出し自らを包んできた。
夢はそこで覚めて、史紀は傍らに、夢で見たのと全く同じ一冊の本が置かれていることに気付いた。
あんまりにも出来すぎだとは思ったが好奇心は抑えられず、史紀は夢で聞いた呪文を詠唱していた。
「……
すると魔導書のような本が突然開いて、夢で見たのと全く同じように中から泡が飛び出して史紀の頭の周りを飛び交った。
「うっ……!」
突然、軽い頭痛に襲われ、史紀はうつむいてしまった。
頭痛が収まって前を見ると、泡は本に吸い込まれて消えていった。
訳が分からないなりに本を開くと、まるで今まさに経験しているかのように、あの夢と今しがた現実で自分が体験した光景が蘇ってきた。
どうやら、これが自分の異能力らしい。
史紀はこの異能力に『
どうも異能力には、いささか恥ずかし……かっこいい名前を付けるものらしい。
だがやはりどうにもそのような名前には抵抗があり、これならなんとか、と名付けられたのが、この『
便利とはいえ、能力を使うたびに頭痛がするので史紀はこの能力を使うつもりはさらさらなかった。
しかし。
……忘れたくない。消えてほしくない。
各務がこの図書室で過ごす時間。
いつの間にか、各務は史紀にとって、替えの利かない大切な存在となっていたのだ。
史紀は本を愛おしげに開く。
まるで各務がそこにいてくれているかのように、史紀は幸せで満ち溢れていた。
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