3.

「ただいまー♪」

「なんでここで『ただいま』なのよ。ここは貴女の家じゃないわよ。」

「いいじゃないですかー。」

「もう、いいわ。……なんでも。」

 まるでこの図書室が彼女の家だといわんばかりの各務の態度に、史紀は表面上はいつものようにそっけなく対応する。

 しかし。

 各務の軽々しい「ただいま」が不思議に心地良く史紀をくすぐる。

「それで。修学旅行は楽しかったの?」

「それなりにねー。担任のひむろんと宇治抹茶ソフトクリーム食べたりとか。」

 クラスメイトの話が出ず担任の話だけが出ることがこの各務らしいと思いながら、史紀はほんの少し、でも確実に心にもやを感じていた。

「あっ、史紀せんせにもお土産ですっ。」

 そう言って各務は小さな袋を史紀に手渡す。

「わざわざ私に買ってきたのね。こんな図書室の素っ気ない先生に。……ありがとう。 開けていい?」

 口ではいつもの態度を崩さないが、史紀は内心、先ほどのもやが晴れたようにほころんでいた。

「もちろん!」

 史紀が袋を開けると、中身は友禅染と思われるハンカチだった。

「お香とか、そっち系の匂いがするコスメとかも考えたんですけど。史紀先生って無香料のやつしか使わないじゃないですか。だから無難にハンカチです。」

 何気によく見ているのね、と史紀は各務に感心する。

 いわゆる、単なるウザ絡みしてくるだけの子じゃないってことだわ。 

「ええ。匂いの強いものは本に匂いが着いちゃうから。少なくともここでは使うことは無いわね。……いいチョイスだわ。ありがとう。」

「嬉しい! じゃあ毎日でも使ってくださいね!」

「洗濯するから毎日は持てないわよ!」

 全く、この子は。

 各務の態度は修学旅行の前と変わらず、無邪気で馴れ馴れしい。

 しかし。

 史紀の受け取り方は修学旅行の前と後で明らかに変わっていた。

 前から各務のことは、距離感が近すぎて鬱陶しいと思っていながらも、心のどこかでは彼女が図書室に来てきゃっきゃと絡んでくることを心地良く思っていた。

 各務が修学旅行から帰ってきて、この図書室で『ただいま』と発したとき、史紀は不思議に満たされた心地がしたのだ。

 図書室に来る生徒だから邪険にするわけにはいかない。

 ……果たして、本当にそれだけの理由で、各務に接しているのだろうか。

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