◆13 神様をさがせ!

 気がつくと、大輝だいきたちはあの草むらの中にいた。あたりから人の声は聞こえず、やけに静かだ。

「みんなで来たよ! 早く神様を助けに行こう!」

 大輝はなるべく小さな声を出そうと思ったが、自然と力が入ってしまう。

『オキの国も大変なことになっているようですね』

 【み】の守りがいつものように落ち着いた声で言った。あおばはうなずく。

「【悪夢あくむ使徒しと】のせいで、おかしくなるひとがどんどん増えてるですぞ!」

「こっちでの【使徒】の動きはどうなんだ?」

『それは見てもらったほうが早いかもしれません』

 啓斗けいとの質問にそう答えてから、【み】の守りは続けた。

『まずはここを出ましょう。ここからはわたくしたちが、あなたがたが目覚めてしまわぬよう出来る限り手助けしますが、それでも時間との勝負になるでしょう』

 三人は顔を見合わせ、大輝、啓斗、あおばの順に、おそるおそる草むらの外へと出る。

だれもいないですぞ……」

 通りには誰も歩いていなかった。最初に見たときには不思議で面白く思えた八角形の家がずらっとならぶ風景が、今はこわいものに見えた。

『まずはこのまま、道をまっすぐ進んでください。家がとぎれるあたりまでは歩いて行きましょう。何を見てもさわがないように』

 【み】の守りに言われるまま、三人はきれいな灰色はいいろの石で整えられた道を歩き出す。すると少し先に、人が立っているのが見えた。――黒いフードに白い仮面。【悪夢あくむ使徒しと】だ。

『静かに。あなたがたには、【何処いずこ】の加護かごがあります。落ち着いて通りすぎれば見つかりません』

 だれかが声をあげるまえに、【み】の守りが言う。大輝はくちびるをかみしめ、啓斗は両手をぎゅっとにぎり、あおばは手を口に当て――それぞれ爆発ばくはつしそうになる緊張きんちょうをなんとかおさえながら、あたりを見張っている【使徒】の目の前を通りすぎて行く。それからもしばらく歩いて、【使徒】が指先くらいの大きさに見えるあたりまで来たころ、【み】の守りが言った。

『これでこの街を出るまでは大丈夫だいじょうぶでしょう。普通ふつうに話すくらいであれば問題ありません』

 その一言で、三人から一気に力がぬける。気持ちが落ち着くまでには少し時間がかかった。

「び、びっくりしたですぞ……」

「でも、ぜんぜん気づかれなかった。【い】の守りの力はすごいんだな」

「いてて、くちびるみすぎた……だけどこれなら気づかれずに神様のところまで行けるな!」

『【悪夢の使徒】は、これからは自分たちがこの国を支配しはいすると宣言せんげんし、反対の声をあげる人々も次々とらえたのです。残された人々はかれらをおそれ、家から出てこなくなりました』

 【み】の守りは静かに言う。大輝がうしろをもう一度ふり返ると、さっきすれちがった【使徒】以外にはだれもいない。

「【使徒】の数は少ないみたいだけど、そんなに強いの?」

『神がつかまったことで、ネルの国の人々が今まで使えていた魔法まほうのような力は使えなくなりました。【悪夢の使徒】もネルの国の住人である以上、それは同じですが、そうなっても戦えるように準備をしてきたようです』

「ネルの人は【悪夢の木】にさわれないから、神様を助けられないんだっけ?」

『ええ。【悪夢の使徒】たちが【悪夢の木】を利用して神をらえたのはまちがいないでしょう』

「でも、どうやって神様をじこめたんだ? 誰も【悪夢の木】にはさわれないんだろ?」

 大輝の言葉を聞いて考えていた啓斗が、顔をあげる。

「そうか。ぼくたちみたいにオキの住人であれば、さわれるんだ」

 【み】の守りは『はい』と言った。

『オキの人々をあやつりり、働かせ……神に気づかれぬよう、少しずつ計画されたことなのでしょう。あなたがたが見たムーチューバーというものも、計画のひとつにすぎないはずです』

「で、でも、そんな強い木を、ボクたちだけでこわせるのですぞ?」

『あなたがたには、創造そうぞうする力があります。その力を使えば、きっと打ちくだけるはずです。さて……そろそろ頃合ころあいですね』

 いつの間にか家がとぎれ、先には野原が広がっているのが見えた。 【み】の守りは、少しさびしそうに言う。

『【ひ】の守り、あとはたのみましたよ』

『おう、まかしとけ!』

「もしかして、力を使うんですぞ!?」

『ええ。わたくしの力で、神の居場所がわかるようになるでしょう。あおばさん、あなたがみなさんを導くのです。少しの時間だったけれど、いろいろとお話しできてよかったわ。お兄様とこれからも仲良くね』

「も、もう少し待ってほしいですぞ!」

 お守りをあわてて手に持ち、声をふるわせるあおばの目の前で、白い光がかがやき始めた。まるで糸がほどけるように【み】の文字がバラバラになり、新しい字――【道】へと変わる。

が名は、【道芝みちしば】。だれとも知れぬ草。教え導き、道しるべとなる者』

 白い光はやさしく、透明とうめいなマユのようにあおばを包みこむ。一瞬いっしゅん、メガネをかけたおばあさんが見えた。おばあさんはにっこりとすると、あおばの頭をそっとなでてから消える。

「おまもりさん……」

 あおばはお守りを持ったまま、かたをふるわせた。それからメガネをはずし、うでで顔をごしごしとやると、またメガネをかけなおしてから前を見た。

「……と、とにかくがんばって神様を助けますぞ!」

『おう、その意気いきだ! 俺様おれさまもまだまだついててやるからな!』

「【ひ】のお守りさん、ありがとうございますですぞ!」

 大輝と啓斗にもあおばの悲しみは伝わってきたが、急がないといけないのも確かだった。

「あおば、【み】の守りはネルの神の居場所がわかるようになるって言ってたけど、わかるか?」

「えっと……」

 啓斗に聞かれてあおばは少し考え、それからあたりを見回すと、小さく声をあげた。

「あの草が光っているですぞ!」

「どの草だ?」

 あおばの指さす方に目を向けても、他の二人にはどれも同じようにしか見えない。

「でも、わかったですぞ! あれが、神様のいる方向ですぞ!」

「そうか、それが【み】の守りの力なんだな」

「よし、早く助けに行こうぜ!」

 それから三人は、あおばが見つける光る草を目印に、草原を走る。急ごう、急ごうと思うと足はどんどん速くなり、景色がどんどんうしろへと流れていく。

「次はこっちですぞ!」

 これだけ走り続けているのに、ただ走っているだけなら体もつかれないし息も苦しくならなかった。やっぱり、ここは夢の中なのだ。

 とちゅうでまたいくつかの町の近くを通った。どの町でも【悪夢の使徒】たちが見張りのように立っていたが、走る大輝たちを見ても、何事もなかったかのように目をそらす。自分たちがまるで目に見えない風になったような、不思議な気分だった。

 そのまま三人とも風のように走って、走って、やがて、黒くもぞもぞと動くものが道の先に見えてくる。――それは、黒いフードをかぶった人たちの集団だった。黒フードの人々は広場の中でバラバラに、あちこちの方角を向いて地面にすわっていた。

『止まれ!』

 【ひ】の守りが小さく言う。三人はすぐに足を止めた。

『気づかれねぇよう、なるべく静かに通りぬけるぞ』

 あおばはうなずき、だまって次に光っている草を指さした。そこへとたどり着くには、【使徒】たちがすわりこんでいる広場を通っていかないといけない。

悪夢様あくむさまわれらがあるじ……」

 近づくと、黒フードの人たちはぶつぶつとそれだけを言いながら、時々何かを投げては拾うということをくり返していた。動きはゆっくりだったし、よけながら歩くのもそうむずかしくはなさそうだ。もっと近づくと、投げているものは細い木の枝だということがわかる。

『まずい、あの枝には絶対当たらないように進め』

 そのとき、【ひ】の守りが緊張きんちょうした声で言った。三人も緊張きんちょうしてきていまい、何度もうなずいてから進む。

 それから気をつけて歩いていき、向こう側にたどり着くまであと少し、というところまで来たときだった。とつぜん枝が大きく飛んできて、三人はあわててよける。ほっと息をついたとき――パキリ、と音がする。はっとしてあおばが足を上げると、くつの下で細い枝が折れていた。

『走れ!』

 【ひ】の守りがさけぶ。わけもわからないまま、三人は目的の場所に向かって走り出す。夢中で走っているうちに、足の下でパキパキ、パキパキという音がした。

「いたぞ! 【所持者しょじしゃ】だ!」

 そう叫びながら黒フードの人物がふたり、木のうしろから出てくる。ふたりは絵の具でえがいたような模様もようのある白いお面をつけていた。

「だまっていてもムダだ! 貴様きさまらがふみつけたものは悪夢様あくむさまのおからだ。そのすばらしいおちからにより、貴様らのあやしげなじゅつはもうけている!」

『ダイキ、よく聞け。俺様おれさまが合図したら、ケイトとアオバの手をつかんで、あいつらに向かってつっこめ』

 【ひ】の守りが大輝にだけ聞こえる声で言う。このピンチを切りぬけるために、力を使おうとしているのだとわかった。大輝は歯を食いしばりながらも小さくうなずく。

『ダイキ、行け! ――が名は、【引目ひきめ】! ひびく音。を退け、道を開くもの』

 言われた通り大輝は啓斗とあおばの手をつかみ、お面の黒フードたちに向かって走り出す。ピンチを切りぬけたいという強い思いがあるからなのか、普通ふつうなら動かないはずの二人の体は地面からうかびながら大輝に引っぱられていく。最初はおどろいていた二人も、やがて自分の足で走り出した。

『ダイキ、神さんをたのんだぜ! お前らなら出来る! 自分の力を信じろよ!』

 親指を立てた強そうな男の人が一瞬いっしゅんだけ見える。急な別れにむねのあたりがぎゅっとしたが、大輝はうなずくと前だけを見て走った。

 びぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃんんんんん――!

 ピンと張った糸をはじいたときに似た大きな音があたりにひびく。そして強い風が大輝たちのまわりに生まれ、広がっていった。草木がざぁぁぁぁっと鳴り、【悪夢の使徒】たちは動けなくなる。

「このまままっすぐ行くですぞ!」

 まるで石になったように動かない、お面の【使徒】たちの横を通りぬけ、あおばの指さす方へと全速力で走る。

「草の色が変わったですぞ! きっともうすぐ神様のところですぞ!」

 他の二人にはあいかわらずその草は見えなかったけれど、あおばの言葉を聞いてホッとした。もうすぐ、神様を助けられる。――そう思ったとき、どん、と何かにぶつかった。

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