◆12 みんなで

 それから大輝だいきは、おとなしく夕飯ゆうはんを食べ、宿題をすると言って部屋にこもった。でも、とてもやる気にはなれない。

「【ひ】の守り……たのむよ」

 大輝はる準備をすすめると、小さな声でお守りに言った。それからひもを首にかけ、ベッドへと入る。眠気ねむけはすぐにやってきた。

『ダイキ、どうした?』

 【ひ】の守りがおどろいたように声をあげる。大輝はなんとか気持ちを落ち着かせながら言った。

「母ちゃんから学校以外、外出禁止って言われて……友だちも、大人も、全員じゃないけど、変なんだ。お守りや、【所持者しょじしゃ】をさがしてつかまえようとしてる」

『なんだって? 【使徒しと】のやつらが動いたのか?』

「わかんないんだ……けいととあおばは来なかった?」

『いや、来てねぇな。だが、もし来たら俺様おれさまが伝えといてやる。オキで連絡れんらくする方法はねーのか?』

「あるにはあるんだけど、子どもだと使うのがむずかしかったりするんだ」

 啓斗けいとのケータイの番号は教えてもらったが、あさひのは家族との連絡用れんらくようだと言っていたし、大輝のも親に番号を登録とうろくしてもらわないと使えない。

『そうか……とにかく気をつけろよ。お前が【所持者】だってことは知られねぇようにしねーと』

「うん、わかってる」

 大輝がそう言ったとたん、あたりがざわざわとし始めた。草のすきまからのぞいてみる。近くを歩いていた人たちが何かをささやき合い、足早に通りすぎて行く。遊んでいた子どもたちは大人たちに連れられ、みんなあわてて家の中へと入っていった。それからしばらくして、ざっ、ざっと、何かが近づいてくる音が聞こえ始める。

『ダイキ、一度オキに帰れ。次こっちに来るときは、なんとかして向こうで話をつけて、みんなで来るんだ。いいな?』

 【ひ】の守りは急にそう言って、やわらかく光った。すると目の前の景色が一瞬ずれ、それから体がうかび上がるような感じが生まれる。目がさめようとしているのだ。

「ちょ、ちょっと待って――」

 のばした手はなにもつかめない。大輝が次に見たのは、自分の部屋の天井てんじょうだった。

「はぁ……はぁ……」

 むねがどきどきして、息が苦しい。あせをびっしょりかいている。まるで悪夢を見たときみたいだった。時計を見ると、まだ真夜中だ。【ひ】の守りが言ったことを思い出し、大輝は首にさげていたお守りを外してランドセルの中へと入れた。それから置いてあった水を飲み、ベッドにもどってみたものの、いろんなことが頭の中をぐるぐると回ってなかなかられない。仕方なくもう一度起き上がり、部屋を出てトイレへと向かう。階段かいだんを下りたところで声が聞こえた。

『……みんな……してたかな……! 新企画しんきかく……』

 きっと母がまた動画を見ているのだ。いつもより大きな音にしているのか、なにを言っているのかも聞こえてくる。

『……アムちゃんねる……お守りをさがそうゲーム……!』

 トイレにちょうど入ろうとしたとき、その言葉が聞こえた。ドアを閉め、大輝はハッとする。そういえば大輝が初めて【ひ】の守りとネルの国で出会ったあの日、かっちゃんは熱心ねっしんにムーチューバーの話をしていた。

「アムちゃんねる……」

 だれにも聞かれないよう、口の中で小さくつぶやく。きっとそれも【悪夢あくむ使徒しと】だ。ああやってこの世界のみんなを少しずつあやつって、今はお守りや【所持者しょじしゃ】をつかまえようとしている。こわくて、足がふるえた。でも、ネルの神様を助けて、みんなを元にもどせるのも、自分たちだけなのだ。

 気持ちが少し落ち着くまでトイレの中にいて、それから出来るだけ静かに外へと出る。もうリビングにはだれもいなくなっていた。


 ◇


「ねぇ、大輝」

 朝食のとき、母がやけにやさしい声で話しかけてくる。

「な……なに?」

「アムちゃんねるって知ってる?」

 背中せなかが寒くなる。なんて答えたらいいのか迷っていると、今日はいつもよりおそく会社に行く父が話に入ってきた。

「なんだい、それ?」

 大輝は父の顔をおそるおそる見た。父は母を見て笑顔をうかべている。ここのところよく二人はケンカしていたから、機嫌きげんのよさそうな母を見て仲直りするチャンスだと思ったのかもしれない。

「今話題のムーチューバーなの。ほら、とってもかわいいでしょ? 大輝も最近勉強がんばってるみたいだし、たまには息ぬきに楽しむのもいいんじゃないかと思って」

 母のスマホの画面には、黒いフードに白いお面をつけたキャラクターがうつっている。

「そうなんだ、えらいぞ大輝。良かったな」

「お父さんも見てみたら? ほら、仕事の合間にでも」

おれは別に……そ、そうだな。見てみるよ」

 母ににらまれ、父はそう言って笑う。たぶん、父はまだ大丈夫だいじょうぶだ。でも、そのうち母のようになってしまうのかもしれない。こわくて泣きたくなるのをぐっとこらえ、大輝は朝食の残りを一気に口へと運んだ。

「うん、ありがと。帰ってきたら見てみるよ。オレ、学校行くしたくしなきゃ」

 そう言って部屋にもどる。学校で使うものをランドセルの中に急いで詰めこみ、お守りが入っていることを何度も何度も確認かくにんした。

「行ってきます!」

 自然に、あやしまれないように……大輝は自分にそう言い聞かせながら、家を出た。そして、走り出す。


 誰かが追いかけてきているかもしれないと思うとこわくて、大輝だいきは何度もふり返りながら走った。まずは学校に行って、授業が終わったらそのまま啓斗けいとの家へと向かおう。そう、大輝は考える。最初から行っても啓斗はいないだろうし、学校をだまって休んだら、きっと母に連絡れんらくされてしまう。

「なんだろ……?」

 遠くに学校が見えてきたころ、いつもとはちがう雰囲気ふんいきを感じて、大輝は立ち止まった。

 校門の前に生徒たちが集まっていた。そのそばには先生が二人立っている。ひとりは大輝の担任たんにん長岡ながおか先生だった。先生たちはみんなのランドセルや、ポケットの中を見ている。――その意味がわかってゾッとした。お守りをさがしているのだ。

 もう迷ってはいられなかった。大輝は学校に背中せなかを向け、いつもの公園を目指して走り出す。その途中とちゅう、あのときのかっちゃんみたいにどこを見ているかわからない目をして、うろうろしている人を見た。大きな声でケンカをしている人たちも見た。

「なんで、急にこんな――」

 そうつぶやいてから、大輝は首をふった。きっと急にじゃない。大輝が【ひ】の守りを見つけたときにも、【悪夢あくむ使徒しと】はなにかをさがしていた。お守りたちが【所持者しょじしゃ】と話し合って神様を助ける準備をしていたように、【使徒】もそれを止める準備をしていたのだ。

「絶対に、負けるもんか!」

 大輝は走る足に力をこめる。それなら、こっちが先に神様を助け出せばいいだけだ。

 でも、仲間たちは啓斗の家に集まれるだろうか。もし久保田くぼたさんもおかしくなっていたとしたら――次々とうかんでくるイヤな想像をふりはらうように、大輝は走り続ける。

 自転車がないし、ランドセルが重くて通いなれた公園がすごく遠くに感じる。それでもあきらめずに進むうちに、だんだんこんもりとした緑が見えてきた。いつもの待ち合わせ場所には、ぼさぼさ頭の男子が立っていた。

「ジミー!」

「あ、だいき……」

 立ち止まり、ぜえぜえと息をする大輝を、ジミーは心配そうに見る。

「だいき、水……」

 ジミーはそう言って大輝を水飲み場まで連れて行った。

「また、けいとの家、いく?」

 大輝は水を飲んで少し落ち着いてからうなずいた。

「うん。会えるかわかんないけど、行かなきゃ」

 言ってまた走り出す。ジミーもそのあとについていった。来たときと反対側の出入り口から出て、住宅街じゅうたくがいをつき進む。ようやくたどり着いた啓斗の家。インターフォンのボタンを強くす。――けれども、しばらく待ってもなんの返事もない。大輝の体から力がぬけたとき、声が聞こえた。

「大輝! ジミー!」

 そちらを見ると、走ってきているのは啓斗だった。

「けいと!」

「あ……あさひと、あおば、も、いる……」

 まずは啓斗が、少ししてからあさひとあおばが大輝たちの前までやってくる。

「みんなも、なにかあったのか?」

「とにかくまず入って。久保田さんは今日出かけてるんだ」

 啓斗はそう言って門を開け、まわりを少し見てからみんなへ手まねきをする。庭をぬけ、全員がドアを通ると、ドアを静かにめ、カギをかけて大きく息をはいた。

「みんなくつを持ってついてきてくれ」

 そして自分もくつを持ち、二階へと上がる。啓斗の部屋までたどりつくと、啓斗は紙を何枚なんまいか持ってきて、その上に自分のくつを置いた。みんなも空いているところに、それぞれの靴を置く。

玄関げんかんにあると、ぼくたちがいるのがバレてしまうからな」

「なるほどですぞ……!」

「でも、大した時間かせぎにはならないかもしれない」

「けいとも、なにかあったのか?」

 大輝がもう一度聞くと、啓斗はうなずいた。

「昨日、父さんの知り合いって人たちが来たんだよ。父さんは仕事で海外に行っているし、久保田さんもそう言ったんだけど、アムちゃんねるとかいうムーチューバーをもっと世の中に広めたいってしつこくて」

「アムちゃんねるだって!?」

「それで早めにじゅくに行ったら、スマホでそれを見ているやつがいたんだ。先生に注意されても聞かないし、お守りと所持者しょじしゃをさがさなきゃってさわぎ出して大変だった」

「オレの友だちも、母ちゃんも、アムちゃんねるを見ておかしくなっちゃったみたいなんだ……」

 啓斗はうなずく。

「【ひ】の守りから大輝の話も聞いたよ。僕がネルに行ったら、あおばもちょうどいたから、学校に行くふりをして、まずは僕たちだけでも会おうと決めたんだ」

「ボクもお守りさんとか、ショジシャの話をしてる人を見ましたぞ。だからヘンだと思ったですぞ!」

 みんなのまわりでも、おかしなことが次々と起きている。大輝は、かっちゃんや母のことを思い出してなみだが出そうになるのをぐっとこらえる。

「とにかく、会えてよかったよ。神様や、みんなを助けられるのはオレたちだけだから、がんばろうぜ!」

 大輝は言って、手を前に出した。

「そうだ、きっと今ならまだ間に合う」

 啓斗がその上に手を置くと、あさひ、あおば、最後にジミーが手を重ねていく。

「ボクも、がんばりますぞ!」

「ぼくはジミーくんといっしょに、みんなを守るから」

「おれも、がんばる……!」

 そしてみんなで大きくうなずき合い、ネルへの旅がまた始まる。

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