◆11 近づく異変

 それからしばらく、じめじめといやな天気が続いた。エアコンをつけていても寝苦ねぐるしく、夜中に目が覚めてしまう。

「向こうに行った方がぐっすりねむれるんだけどなー」

 あのあと大輝だいきは一度だけ一人でネルの国に行ってみた。でも一人で草むらの中から出てうろうろするわけにもいかず、お守りたちも出来るだけ力をためておきたいとのことで、それからはお守りを外してている。でも、次にみんなで集まれる日まであと二日もあった。

「神様がピンチなんだから、宿題くらいナシにしてくれないかなー」

 一階にあるトイレに行き、ぶつぶつとつぶやきながら二階へもどろうとしたとき、リビングから声が聞こえてきた。そっとのぞくと、暗い中でスマホが光っている。父か母が動画を見ているようだ。気づかれると何か言われそうだと思った大輝は、足音をできるだけ立てないようにしながら、そっと自分の部屋へもどった。

 

 ◇


「いってきまーす」

 朝になり、大輝は家を出る。そのとたん、大きなあくびが出た。お守りを身に着けて寝ていたときは、あれだけの夢を見ているにしてはよくねむれていたから、ここのところの寝不足ねぶそくがよけいにつらかった。家族みんな寝不足のせいなのか、なんだか家の中が少しピリピリとしているのもユウウツだ。

「早くあさってになんねーかなぁ」

 うっかり寝てしまわないため、お守りはしばらくランドセルの中の小さなポケットに入っている。今日は朝からとても暑くて、なるべく日かげになるところを歩いていると学校がだんだんと近づいてくる。そこでまた大輝は、おなじみの背中せなかを見つけた。

「かっちゃん!」

 この前のこともあり、大きな声でびかける。でもかっちゃんはまた大輝の声が聞こえなかったかのように、こっちを向くこともなく歩いていく。もう一度声をかけようとして、迷った。さすがにこれだけ続くと、無視むしされているのかもしれないと思ったからだ。少し頭にきたが、もしかしたら、なにかこっちがイヤなことをしてしまったのかもしれない。でもそんな大輝のなやみはすぐにふき飛んだ。

「かっちゃん! 信号、赤だぞ!」

 車がスピードを出しながら走っている大通りに向かって、かっちゃんはふらふらと歩いていく。何度大声でびかけても手ごたえがない。

「かっちゃんってば!」

 大輝は走ってかっちゃんに近づき、うでをうしろからつかむ。ふり向いたかっちゃんの顔は青白く、目はぼんやりと遠くを見ていた。

「――わぁっ!?」

 大輝はびっくりし、思わず手を放してうしろに下がる。

「お守り、さがさなきゃ……」

 かっちゃんはそう言って大輝の頭からつま先までをじろりと見たあと、またふらふらとどこかへ歩いていってしまった。大輝はしばらくぽかんとしていたが、やがて足が自然と動き、げるみたいに学校へと走った。

「あれ? ヤマケン休み? キリも?」

 そしてたどりついた学校。いつもよりもさみしい教室を見て、隣の席のハルさんに聞く。学級委員のハルさんは読んでいた本から顔を上げて首をかしげた。真面目なヤマケンが休むのもめずらしいし、キリは勉強はきらいだけど学校は大好きなので、こんなにぎりぎりまで来ないというのは変だった。

 やがてチャイムが鳴り始める。でも、先生もなかなかやってこない。大輝の中に、不安が気持ちがどんどん広がっていった。


 学校が終わり、家へと帰ってすぐに、大輝はいつもの公園へと向かう。遊んでいる子どもたちの中に、知っている顔がいないかさがす。

「だいき?」

 とつぜん、うしろから声が聞こえ、大輝はふり返った。そのぼさぼさ頭を見てホッとする。

「ジミー! 良かった、会えて!」

「今日、あつまる日、だった……?」

「いや、ちがうけどさ、もしかしたら、だれかいないかなって」

「おれ、いた……」

「そうだな! ちょっとけいとの家、行ってみないか? ここから近いし」

「うん、いって、みる……」

 そうして二人は歩き出す。いつもよりも長く感じる道を、あせをかきながら歩いて、ようやく啓斗けいとの家が見えてくる。インターフォンをすと、しばらくしてから久保田くぼたさんの声がした。

「ああ、こんにちは。もうしわけありません、ただいま取りこみ中でして」

「トリコミチュウ? ……いそがしいってこと?」

「はい。ぼっちゃんもまだ帰っておられませんし、お約束やくそくの日にまたきていただけると助かります」

「わかった、また来ます」

 ぷつっと音がして通話がとぎれる。大輝はふり返り、ジミーに言った。

「今ダメだって。またあさってになったら来ようぜ!」

「うん、あさって……」

 それからまた公園にもどり、ジミーと別れる。だんだんと日が落ちていく中、大輝は自転車をこぎながら考えていた。――啓斗の家には急に行っちゃったんだからしかたがない。久保田さんの声はいつものようにやさしかった。でも、教室におくれてきた先生はすごくイライラしていた。別にいつもにこにこしているタイプじゃないけれど、今まではあんなふうに、ちょっとうるさくした子をすごい目でにらみつけたり、大声でどなったりしたことはない。

「ただいま」

 ドアを開けて、小さく言う。ドアをめてふり返ると、母がこわい顔をして立っていた。

「大輝、あんたしょっちゅうどこに出かけてるの? 勉強もしないで」

「だ、だからー、友だちの家で勉強してるって言ったじゃん! 家の人がこの前、電話に出てくれただろ!」

「考えてみたら、執事しつじがいる家だなんてあやしい! あんた、なにか悪いことしてるんじゃないでしょうね?」

「そんなことしてねーよ! なんだよ悪いことって!」

 この前はネルの国から帰ってきたあと、みんなで少しだけ勉強もした。そのときに大輝のケータイに母から連絡れんらくがきたから、久保田さんに話をしてもらったのだ。かくしごとはしているから強く言い返せないところはあるものの、なにも知らないくせに悪いことをしていると決めつけられるのはイヤだった。けれども、母の次の一言で、大輝のいかりはおどろきへと変わる。

「まさかあんた、【所持者しょじしゃ】ってのじゃないでしょうね?」

「は? な……にそれ」

 おどろきはさらにおそろしさへと変わり、背中せなかのあたりがすっと寒くなった。なぜそんなことを知っているのかと聞きそうになったが、ぎりぎりでこらえる。母は大輝をにらみつけるように見た。

「そういうのがいるらしいのよ。変なお守りを持ってるらしいの。見つけてつかまえなきゃいけないんだって」

「捕まえるって……なんで」

「捕まえなきゃいけないからよ!」

 母はそう怒鳴どなると、大輝をまたにらみつける。

「あんたがその所持者ってのじゃなくても、そういう危険人物きけんじんぶつがいるってことなの! だからしばらくは学校以外、外出禁止!」

「なんで――!」

 なにか言わなきゃと思っても、体がふるえてなにも言えなかった。母はリビングへともどっていく。

『お守り、さがさなきゃ……』

 かっちゃんもそう言っていた。急に休む友だち、イライラする大人たち――全部、つながっているのだ。ネルの国の神様がつかまったことや【悪夢あくむ使徒しと】。それは、ネルの国だけじゃなく、この世界さえおかしくしてしまうのだと、大輝はようやく思い知った。

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