◆10 深層への道

 空はどこまでも広く、真っ平な地面がどこまでも続くだけの、何もない場所。

「なんだ、ここは――」

『【深層しんそう】へと入っていく道なのよ。オキの国の住人は、これ以上先に行くことはふつう、ないの。たまに迷いこむことはあっても、自然と引き返すか、目を覚ましてオキの国へと帰ってしまうのよ』

 啓斗けいとがつぶやくと、【い】の守りが答える。

『ここからは、わらわの力をつかうべきところなのよ。どうか、ネルの神のこと、お願いね』

「ほんと? すげー!」

「どんな力なんですぞ……?」

 大輝だいきとあおばは初めて見ることになるお守りの力にワクワクする。啓斗も興味はあったけれど、少しむねの中がもやっとした。

「まるで、お別れみたいな言い方をするんだな」

『お別れではないのよ。今までみたいにお話はできなくなるけど、ちゃんとわらわはおそばで守っているからね。指示はほかのお守りにまかせるから、ちゃんとけいとくんも言うことを聞いてほしいのよ』

 そして、啓斗のTシャツのすきまから黄色い光がもれ始めた。お守りが光っているのだ。あわてて取り出して見てみると、お守りの【い】の文字がけるように形を変えていく。それは波うちながらまるくなり、新しい字――【何】となった。

が名は、【何処いずこ】。ここではないどこか。つかめぬゆくえ。ここにはおらぬ者』

 お守りの光はうすく広がり、啓斗、大輝、あおばを包みこんでいく。

『これで、これからけいとくんたちが【深層しんそう】へと入っても、ネルの国の人たちは気にしないわ。なるべく長く効果があるようにしたから力は弱めになっちゃうけれど、目立つことをしなければ大丈夫だいじょうぶなのよ』

 一瞬いっしゅんだけ、ふわりと笑うやさしそうな女の人が見えた気がした。

『短い間だったけど、楽しかったのよ。けいとくん、じゃあね』

 黄色の光はさらにうすくなり、見えなくなる。啓斗はなにも言えないまま、しばらくぼんやりと立っていた。大輝もあおばも、さっきまでお守りの力でもり上がっていたのがウソのようにだまっている。自分たちも今となっては相棒あいぼうのように感じているお守りと、こうやって話せなくなるときが来ることを知ったからだ。

『あまり時間がありません。あなたがたがオキへと帰る前に、ある程度ていど、進んでおかなくては。【何処いずこ】の加護かごがあっても、【深層しんそう】へ入ったらなるべく静かに行動してください』

 【み】の守りが静かに言う。その声に引っぱられるように、三人ともゆっくりと歩き出した。絵のように変わらない景色が続き、前に進んでいるのかどうかすらわからない。ふり返ると、遠くにもやもやとゆれる街が見えた。だからオキから迷いこんだ人は、街が見える方へと引き返すのだろう。

 しばらくがんばって歩き、不安になってお守りにたずねる。そんなことを何度かくりかえしたあと――急に目の前が明るくなった。

「うわ――」

 大輝が思わず大きな声を上げかけ、【み】の守りに言われていたことを思い出して、あわてて手で口をふさぐ。啓斗もあおばも口をあけたまま、同じ方向を見ていた。

 さっきまで何もなかったはずの自分たちのいる場所は、いつのまにかおかの上になっていて、下には町が広がっていた。八角形の屋根がずらっと同じ間隔かんかくでならんでいる。道を歩いている人たちは、着物のような形のカラフルな服を着ていた。

「すごいですぞ……」

「すごいな!」

 あおばが小声で言うと、大輝もひそひそと返し、啓斗はだまって小さくうなずく。

『さぁ、あの坂を下りて。それから、かくれられるような場所をさがしましょう』

 三人は言われたとおり、大きな坂をくだり始めた。だんだんと不思議な町並まちなみが近づいてくる。白い石でできているように見える家は細長く、それぞれ二階建てくらいの高さがあった。まるで大きなエンピツがたくさんならんでいるかのようだ。

 坂道が終わって町に入ったとき、近くを歩いていた女の人が、こっちを見た。三人ともびっくりして動けなくなる。そのまま何も言わずにいると、女の人は不思議そうに首をかしげてから、またどこかへと歩いて行った。

「どっかに、かくれられる場所はありますぞ?」

 あおばが言うが、どこも道はまっすぐで、家のまわりもすっきりとしている。かくれられそうなところはない。走ると目立ちそうだったのでなるべく早歩きで進み、公園のような場所を見つけたときのことだった。――急に、あたりが白く、明るくなり始める。

「やべっ! 目が覚めちゃうよ!」

 大輝はあわてて二人の手をつかみ、少し先にある草むらを目指して走った。の高い草の中へと飛びこんだとき――光ははじけ、体がうかびあがるような感じといっしょに、目が覚める。

 今度は急に体が重く感じた。むねがどきどきとしている。全速力で走ったことを思い出すと、あせがどっとふき出してきた。

「おかえり!」

「おか、えり……」

 あさひとジミーの声が聞こえた。体を起こした三人の顔を見て、少し心配そうな顔をする。

「あおば、大丈夫だいじょうぶか?」

「あ――兄上、だいじょうぶ、ですぞ」

「ちゃんとあの草の中に入れたかな?」

 大輝が聞くと、あさひに飲み物をわたされ、ひと息ついたあおばは不安そうに首をかしげた。

「大丈夫だ」

 かわりに答えたのは、啓斗だった。

ぼくは、あのあとも少しだけがんばれたんだ。大輝とあおばが消えて、お守りが落ちたから、急いで拾って僕も草の中にかくれた。だから大丈夫」

「おおっ! すげーな、けいと!」

「ケイトくん、ナイスですぞ!」

「【い】の守りがせっかく力を使ってくれたんだ。僕もできるだけがんばらないと」

 そう言ってから啓斗は、首からさげたお守りを手に持ってながめる。

「【い】の守りは、ほったらかしにされてて、さみしかったと言っていた。僕がもっと早くネルの国に行ってあげてれば、もう少し長く話せたのに」

「だけどさ、それは……」

 大輝が何か言おうとするが、うまく言葉が見つからない。

「それは、しょうがないと思う!」

 するとあさひがそう言って続けた。くわしいことはわからなかったが、とにかく、はげまそうと考える。

「啓斗くんもなやんで……でも結局こうやって参加してくれて、部屋も貸してくれて、すごく助かってるし!」

「そうだぞ、けいと! おかしもジュースもウマいし!」

「クッションもふかふかですぞ!」

「うん、おいしくて、ふかふか……」

 啓斗はそれを聞いて思わず笑った。

「そうだな。とにかくがんばってネルの神様を助けないと。お守りたちが一番に願ってるのも、それだから」

「そうですぞ! ボクもがんばりますぞ!」

「ぼくも、ネルの国にはいけないけど、手伝えることはなんでもするよ。ジミーくんもいっしょにがんばろう!」

「うん、がんばる……」

「そうだ! みんなでがんばろうぜ! おー!」

 大輝がにぎった手を上げると、みんなも同じようにする。部屋の空気がふわっとやわらかく、明るくなった気がした。

 大丈夫だいじょうぶ、この仲間たちできっとすぐにネルの国の神様を助けられるはずだ。――みんな、そう思っていた。

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