◆9 作戦開始

大輝だいき、ここのところどこに遊びに行ってるの?」

 家に着いたとたん、おこった顔の母が玄関げんかんで待っていた。

「えー……友だちん

「もっと勉強しないとダメでしょ!」

 めんどくさく思いながらも答えると、いきなり大きな声を出されてびっくりした。ムッとして言い返そうと口を開いたが、なんだかうまく言葉が出てこない。しかたなく「はーい」と返事をした。母は大輝をしばらくにらみつけていたが、くるりと背中せなかを向けると早足でリビングへと帰っていく。

 大輝はモヤモヤしながらも手をあらい、飲み物を持って静かに二階へとあがる。勉強をしろと口うるさく言われることもあるが、いつもならいきなりどなられたりはしないのに、わけがわからない。

 それから夕飯のときも母とはロクに口をきかないまま時間をすごした。


 ◇


 次の日の朝、母はいつも通りだった。大輝はまたモヤモヤしたが、いつまでもそうしていたってしかたない。

「あっ……わすれてた」

 学校に行く準備をしているときに、昨日はお風呂ふろに入ったあと、お守りを身に着けずにたことに気づく。大輝はお守りを首からさげたが、鏡で見るとヒモの部分が意外と目立つ。少し考えてから、お守りをはずしてズボンのポケットの中へと入れた。それから時計を見る。

「いけねっ! またギリギリだ!」

 急いで家を出て走った。しばらく走ってから、だんだんとスピードを落として歩く。このペースなら遅刻ちこくはしないだろう。学校も見えてきて安心したころ、少し先の道路をかっちゃんが通りすぎていくのが見えた。

「かっちゃん!」

 名前をんでみたものの、かっちゃんはこちらを見ないままで歩いていってしまった。

「聞こえなかったのかな……?」

 かなり近くだったのに。大輝は不思議に思いながらも、そのまま学校へと向かった。


 放課後になり、急いで家に帰る。今日は母も仕事でおそくなる日だから、会わなくてすむことに少しホッとした。大輝はランドセルを置いて、すぐに啓斗けいとの家へと向かう。

 チャイムを鳴らすと、久保田くぼたさんが笑顔で出てきて中へと入れてくれた。

「こんにちは。みなさんおそろいですよ」

「こんにちは! 久保田さん。けいとの部屋?」

「ええ。これをどうぞ」

 久保田さんはジュースとおかしがのったトレイを大輝にわたす。大輝はお礼を言って受け取り、階段かいだんをのぼった。

「よっ! おまたせ」

 ノックをしてから啓斗の部屋に入り、ため息をつきながらすわる。

「大輝くん、どうかしたの?」

 あさひに聞かれ、大輝は昨日のことを思い出してもう一度ため息をついた。

「母ちゃんにさー、どこに遊びに行ってんの、もっと勉強しろって、いきなりどなられたんだよ」

「本当はしているのに?」

「して……ないけどさ」

 啓斗に言われ、大輝は口をとがらせてからジュースを飲む。

「これからもネルの国にいかないといけないわけだし、お母さんともめちゃうのはこまるかもね……」

 あさひが言うと、啓斗がポンと手をたたいた。

「じゃあ、ここで勉強してるってことにすればいいんじゃないか?」

「えー? したくねーよ!」

「だから、友だちの家で勉強することになったって言うんだよ。もしあやしまれるようだったら、久保田くぼたさんにたのんで電話してもらえばいい」

「クボタさん、なんでもしてくれるんですぞ……」

 びっくりしたような声を出すあおばに、啓斗は少しだけ笑う。

「なんでもというわけじゃないけど、久保田さんもきみたちが遊びに来るのを楽しみにしてるみたいだから、できるだけ協力はしてくれると思う。それに、本当に勉強すればウソをついたことにはならないだろ?」

「ええーっ!? だってオレたちにはネルの国に行くっていう、重大なミッションがあるだろ!」

「おお! ミッション! なんだかカッコいいですぞ!」

「でも、ネルの国に行ってる時間って、そこまで長くはないよね」

 思いきりいやがっている大輝を見ながら、あさひは静かに言う。啓斗はうなずいた。

「こうやってしゃべったり、食べたりする時間もあるからな」

「じゃあ、べんきょう、できる、ね……」

 それまでだまっておかしを食べていたジミーが、とつぜんそんなことを言う。

「こら! ジミー、よけいなこと言うなって!」

「だけど、あやしまれないというのは大事なことだ。大輝の母さんに外出禁止って言われたら、ここに来られなくなってしまうんだぞ」

「それは、そうだけどー! あと、ほら! 新しい仲間もいるかもしれないし!」

「ああ、あおばから聞いたよ。見つかるといいよね」

「一応、ぼくも気をつけてはいるけど、今の時点で会ってないなら無理なんじゃないか?」

「なか、ま……?」

「そうか、ジミーには話してなかったんだな、ごめん。【よ】の守りを持っている人がいるかもしれないんだ」

「よ……よ?」

「ジミーくん、なんかピンと来たですぞ?」

「ピン……うーん、来ない……かも」

「ジミーのカンってそんなに当たるのか? とにかく、いるかいないかもわからない仲間より、いまの計画をちゃんと進めるのが大事だ」

「ケイトくん、セイロンってやつですぞ」

 みんなにじっと見られ、大輝はがまんできずに大声を出す。

「――わかったよ! やればいいんだろ! みんなもいっしょだからな!」

「ぼくはいいよ。どっちにしても家で宿題しないといけないからね」

「ボクもわからないところ、みんなに教えてもらえたらうれしいですぞ!」

「勉強? おもしろそう……」

「ほら、みんなやる気だぞ、大輝。ぼくももちろん問題ない」

 せめてみんなもきこんでやろうと思って言ってみたが、まさかジミーまで乗り気だとは思わなかった大輝は、大きくため息をついた。

「もー、とにかく、今日のところはネルの国に出発! これからの作戦立てなきゃいけないんだからさ!」

 そう言ってすぐに大輝はクッションの上にころぶ。そして、さっさとねむってしまった。

「じゃあ、ボクも行ってくるですぞ!」

「僕も行ってくる。もし久保田さんがなにか言ってきたら、適当てきとうにごまかしておいてくれ」

「わかった。行ってらっしゃい!」

「いって、らっしゃい……」

 あさひとジミーに見送られ、三人ともネルの国へと旅立っていく。


 ――ぼんやりとした景色がだんだんとはっきりしてくる。体を起こし、まわりを見ると、三人ともあの湖のそばにいた。

「イイカンジですぞ!」

 あおばが言うと、大輝と啓斗もうなずく。みんながすぐに会って動けるよう、それぞれがネルの国へとやってきたときも、なるべく目をさます前にはこの場所にもどってくるように気をつけていたのだ。

「ここからだな。まずはあやしまれないように、【深層しんそう】というところへ行かないと」

「バレないように進んで、かくれられるとこをさがして、そこで起きる――だな!」

「ゲームのセーブポイントみたいなカンジですぞ!」

 三人はそれぞれのお守りから聞いた作戦をもう一度たしかめる。

「【悪夢あくむ使徒しと】は、黒いフードをかぶっているんだったな?」

 啓斗が小さな声で聞くと、大輝はうなずく。今のところ【悪夢の使徒】を見たことがあるのは大輝だけだ。

「ちがう服を着てるってことは、ないですぞ?」

「わかんねーけど、とにかくあやしいやつがいたら知らんぷり! だ。【深層】の近くまで行ったら、お守りたちがくわしく教えてくれるみたいだけど」

 今、お守りたちの口数は少なくなっている。何かあったときのために力をためているらしい。

 ここのところは湖の近くをうろうろしながら、いろんなものを作る練習をしていただけだったのでわすれていたが、やっぱりネルの国は夢の中だった。【深層】に向かって歩いていくと、森、街、海、大きなしろの中――景色が目まぐるしく変わり、自分たちがどこにいるのかさっぱりわからなくなる。

 はぐれてしまわないように、三人はあおばを真ん中にして手をつなぎ、時々立ち止まってはお守りの話を聞きながら進んでいく。

『あまりあちこち見ないで、まっすぐ前を見て。人様ひとさまのユメにきこまれますよ』

 あおばの持つお守り――【み】の守りは、そう言った。やさしいけれどしっかりしたその声は、少しきびしいおばあさん先生という雰囲気ふんいきだ。きょろきょろとあたりを見ていた三人は、はっとして前を向く。

 それでも、不思議の世界の旅は順調じゅんちょうだった。たくさんの景色といっしょに、たくさんの人たちともすれちがったけれど、だれもこっちのことを気にしていない。黒フードの人物を見かけることもなかった。

 やがて、急にぱったりと人がいなくなる。

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