◆8 啓斗の決意

 次の日。啓斗けいとは学校からまっすぐ帰ってくると、自分のつくえの上にあるドゥランのけんのフィギュアをながめた。通りがかった店で見つけてカッコいいと思い、貯めていたこづかいを使って買ったものだ。これがあれば、クラスのみんなが【ドゥラン・クエスト】の話でもりあがっているとき、ゲームをしたことがない自分でも仲間に入れるんじゃないかと思ったこともある。でも啓斗は結局きっかけをつかめないまま、ひとりで本を読むことしか出来なかった。

「……来たのか」

 外からさわがしい話し声が聞こえてきて、そっとまどからのぞく。四人の男子が、家の門に向かって歩いて来るのが見えた。もしかしたら今、はじめて自分には友だちというものができたのかもしれない。――そう、啓斗は思う。それからしばらくして、インターフォンが鳴った。


 大輝だいきとあおばは、今日も気持ちよさそうにねむっている。その様子を三人はアイスを食べながらながめていた。

「ええと、きみ――」

 とつぜん啓斗に声をかけられて、ジミーは首をかしげる。

「おれ、ジミー……」

「そうだ、ジミー。なぜ今日は起きてるんだ?」

「えっと、ね……」

「ジミーくんのお守り、こわれちゃったかもしれないんだって。そうだよね、ジミーくん?」

 こまった顔で固まっていたジミーのかわりに、あさひが答えると、ジミーはこくりとうなずく。

「うん……」

「お守りがこわれることなんてあるのか?」

「わかんない、けど……おれ、ネルの国、いけなくなっちゃった、みたい……」

「じゃあ、今はネルの国に行けるのは、あの二人だけ?」

 あさひとジミーは顔を見合わせてからうなずいた。考えこむ啓斗を見て、あさひは少し緊張きんちょうしながら言う。

「き――昨日も言ったけど、啓斗くんが、いっしょにネルの国にいってくれたら、助かると思うんだ。あおばも、大輝くんも」

「ぼ、ぼくは――」

「ぼくはこっちで啓斗くんのこと、ちゃんと守るから! お願いします!」

 いのるように両手をにぎり合わせたあさひを見て、ジミーも同じようにしてから啓斗を見つめる。

「お、おれも、守る……!」

「いや、勝手に話を進めるなって!」

 啓斗はつい、おこったように言ってしまうが、ここで勇気を出すしかないとわかっていた。

「……やるよ」

「ほ、ほんとにいいの?」

「いい、の……?」

 二人にキラキラした目で見つめられ、啓斗は顔をそむける。

「別に、きみたちにたのまれたからじゃない、自分で決めたんだ。なかなか言い出すタイミングがなかっただけで」

「やった! 啓斗くんありがとう!」

「けいと、ありがと……」

「と、とにかく、お守りを持ってればいいんだよな?」

 なんだか居心地が悪くなった啓斗は、急いでつくえのところまで行き、引き出しからお守りを取り出した。そして首にかけると、自分のベッドの上に横になる。すると急にねむたくなってきた。

「じゃあ、行って……くる……」

 あさひとジミーが見守る中、そう言って啓斗は安らかな眠りに落ちる。


 ――見えたのは太陽だった。急いで体を起こすと、横になっていた場所は草原。やわらかな風がふいている。

『ようやく来てくれたのね、良かったのよ』

 とつぜん聞こえた女の人の声に、啓斗はおどろいてあたりをきょろきょろと見回した。――それから気づく。

「お守りだな?」

『そうよ。きっとわすれてると思うから、もう一度名乗っておくと、【い】の守りなのよ。さあさ、わらわを拾ってちょうだい』

 声のする方を見ると、黄色く光っている場所がある。啓斗はそこへと近づき、草の中からお守りを拾い上げた。白い布に黄色い糸で【い】と刺繍ししゅうしてあり、そのすぐ下にある目のような模様もようがぱちぱちとまばたきをしながら啓斗を見る。

『わらわ、あなたが来てくれなかったらどうしようかと思っちゃったのよ。さみしかったわ』

「それは悪かったよ。大輝たちもここに来てるはずなんだけど、知らないか?」

『あら、お仲間ができたのね? ここには来なかったわ。どこで待ち合わせしたとか、そういうのないのかしら?』

「そんなこと言われてもな……」

 さっさとねむってしまう前に、あさひたちにちゃんと聞いておくべきだったと反省しながら啓斗は考える。すると、公園にいたときに聞こえてきた話を思い出した。

「……確か、湖があって、大きな木が見えるところだって言ってたと思う」

『ああ、それならわかるのよ。そのまままっすぐ歩いてごらんなさい?』

 啓斗はなんとかなりそうなことにホッとすると、お守りをなくさないように首からかけ、歩き始めた。でも、あたりは相変わらず一面の草原だ。

「このまま――」

 啓斗が口を開きかけたとき、景色がぐにゃりとゆがみ、新しい形を作り始めた。草がびよーんと高くのびて茶色くなっていき、頭上で花がくように、い緑がひろがっていく。気がつけば、啓斗は木に囲まれていた。

「ここは、前に来たことがある!」

『そうなのよ。わらわとあなたが初めてお話しした、運命の場所なのよ』

「お守りって動けるのか?」

『この前は、あなたがおどろいちゃったから、ここいらの木が暴れだして、わらわはあわれにも飛ばされてしまったの』

「あっ、それは……ごめん」

 あのときは変なお守りから急に神様の話をされ、さらに大輝までやってきたものだから、とにかくあやしいやつらからげなければという思いでいっぱいだったのだ。

ぼくは啓斗だ。これからよろしく」

『けいとくん、よいお名前なのよ。仲良くしましょうね』

 話しながら歩いているうちに、やがて空までとどくようなかげと、その下に日の光を受けてきらきらと光るものが見えてきた。

「湖だ!」

 啓斗は自然と早足になる。木々の間をぬけると、やがて広い場所に出た。聞いたことのある声がする。すぐに向かうと、話をしていた二人が、こちらに気づいてびっくりした顔をした。

「けいと!」

「ケイトくん!」

 大輝とあおばが同時に声をあげて顔を見合わせたので、啓斗は思わずふき出してしまう。

「……待たせたな」

 何を言ったらいいか少しなやんだ後、その一言だけを言う。

「待たされた!」

 大輝がそう言って笑うとあおばも笑い、啓斗ももう一度笑顔を見せる。

「でも、来てくれて良かったぜ!」

「何かシンキョウの変化とやらがあったんですぞ?」

「まぁ……そうかも。別に、そこまでいやだったわけでもないんだ。ジミーもこっちに来られないんだろ?」

「そうなんだよー。だから助かる! ありがとな!」

「これから三人で動けますぞ! センリャクのハバが広がるってやつですぞ!」

 啓斗はうなずいてから、また湖の方を見る。

「あの木、すごい大きさだな」

「あれは【悪夢あくむの木】らしいですぞ」

「【悪夢の木】? それって【悪夢あくむ使徒しと】ってやつらと関係あるんじゃないのか?」

「ちがうちがう、【使徒】が勝手に利用してるだけで、【悪夢の木】は悪くないんだってさ」

「そうなのか……?」

 あとできちんとお守りの話を聞かないとと思った啓斗に、あおばが声をかけた。

「ケイトくんのおまもりさん、見せてもらってもいいですぞ?」

「ああ、いいけど……」

 啓斗がお守りを見せると、あおばはメガネをくいっとやってからお守りの文字をじっと見る。

「ケイトくんのおまもりは、【い】ですぞ! ダイキくんが【ひ】で、ジミーくんが【ふ】、ボクが【み】だから、い・ひ・ふ・み……?」

「ひふみ……数なんじゃないか?」

 つぶやきながら考えているあおばに、啓斗が言う。

「ひーふーみーよーいーむーなーやー……昔の数の数え方だよ。久保田くぼたさんの名前も【一二三】って書いて、【ひふみ】って読むんだ」

「おお! きっとそれですぞ! でも、そうだとしたら、【よ】がないのですぞ」

「ああ。【い】の次はわからないけど、【よ】のお守りはどこかにありそうだ」

「すげー! もしかしたら【所持者しょじしゃ】とどっかで会うかもしれないし、気をつけておこうぜ!」

 二人の話を聞いていた大輝が

「あとは……いろんなものを作るレンシュウをしないといけないですぞ!」

「作る練習?」

「神様がどんな感じでつかまってるかはわかんねーけど、オレたちじゃないとそれをこわせないかもしれないんだって。だからこうやって……」

 啓斗にうなずき、大輝が地面に手をかざすと、にょきにょきと花が生えてきた。

「すごいな、魔法まほうみたいだ」

「へへー、すげーだろ? ここは夢の中だからな!」

「でもちょっと、ソウゾウリョクが足りないみたいですぞ……」

 あおばの言葉が合図になったかのように、花がぱたんと地面にたおれる。

「紙みたいにぺらぺらだな」

「うーん、あんまり花ってちゃんと見たことがないんだよな……本当にそこにあって、さわれる! って感じで思いうかべないといけないんだってさ」

「ちなみにこれは、ボクが作ったエンピツなんですぞ!」

 あおばが手に持っていたエンピツを見せると、大輝も啓斗も感心してうなった。

「すげーじゃん、あおば! けずれかたとかも本物みたいだ!」

「確かに、かたさもしっかりエンピツだ」

「えへへ、ありがとうですぞ! でもこれは、ボクが持ってて今日も使ってたエンピツだったからだし、エンピツで神様を助けるのはむずかしいと思うですぞ……」

「まずは周りのものをよく観察して、ここに来たらそれを作る練習をしたらいいんだな」

 啓斗がそう言ったとき、あたりが急に白く、明るくなってきた。

「なんだか急に明るくなったみたいだ」

「あっ、そろそろ時間かもしれませんぞ!」

「時間――目がさめるということか」

 大輝は啓斗にうなずいてから言った。

「とにかく待ち合わせは成功だ! これからがんばってこうぜ!」

 そのあと、三人の頭はぼんやりとしてくる。草のにおいが、ほっぺたにふれる風が、湖の音が、まぶしい太陽が――白く、遠くなっていった。

「あっ、みんな、起きた……」

 ジミーの声がし、それからあさひの「おかえり」という声がする。

 ぼんやりとした天井てんじょうはだんだんはっきりとし、三人は体にふれるクッションやベッドのやわらかさを感じて息をはいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る