◆7 ドゥランの剣

 ジュースとおやつをごちそうになったあと、四人は啓斗けいとに連れられてダイニングから移動する。大きなまどから庭が見える広いリビングを通ってゆるやかに曲がる白い階段かいだんをのぼり、二階にある一番おくのドアの前で止まった。

「準備が出来ましたので、どうぞ」

 いつの間にかいなくなっていた久保田くぼたさんがドアから出てくる。啓斗は小さくお礼を言ってから、先に部屋の中に入った。

「入っていいよ」

 その部屋には、たくさん本がならんだ大きな本棚ほんだなと、となりに勉強用のつくえ、光がさすまどのそばに寝心地ねごこちがよさそうなベッドがあった。ゆかには、まるいふわふわなじゅうたんの上にテーブルがあり、そのまわりを囲むようにして人数分のクッションが置いてあった。

「すげー! ここ、けいとの部屋なのか? 広いしカッコいいな!」

「このクッション、ふかふか……」

「ほんとですぞ! きもちいいですぞ!」

「うわ、むずかしそうな本もいっぱいあるね」

 みんな部屋の中を見回し、うろうろしては感動の声をもらす。

「もういいだろ、そろそろすわれよ」

「おっ! こんなとこにドゥランのけんのフィギュアがある!」

 その様子を見ていて落ち着かなくなった啓斗が声を上げたのと同時に、机をながめていた大輝が大きな声を出した。それを聞いてあおばとジミーも集まってくる。

「ほんとですぞ! カッコいいですぞ!」

「かっこ、いい……」

 それは大人気のロールプレイングゲーム【ドゥラン・クエスト】に登場する勇者ドゥランが持っている剣で、剣なのにおのみたいな形をしているのが特徴とくちょうだ。強そうなフィギュアは、黒いつくえの上でかがやいていた。

「勝手にさわるなよ!」

 啓斗はあわてて机のところまで行くと、ゴールを守るキーパーのように両手を広げる。

「えー、いいじゃん別に。オレそれほしかったけど、高いからダメって言われたんだもん。もっとよく見たいー!」

「ケイトくんもドゥラン・クエスト、すきなんですぞ?」

「どうでもいいだろ! とにかく君たち、ないといけないんじゃないのか? 時間なくなるぞ?」

「あっ、そうでしたぞ、ダイキくん! いまはネルの国に行くのが先ですぞ!」

 あおばはそう言って大輝とジミーの服をつかみ、クッションのあるところへと引っ張っていく。

「オレ、この赤いクッションにする!」

「ボクは、この白いのにしますぞ!」

「おれ、黒。かっこ、いい……」

 三人が自分のクッションを選んでいる声を聞きながら、啓斗がカーテンをめて部屋を暗くしようと窓に近づいたとき、寝息ねいきが聞こえてきた。

「もうたのか?」

 おどろいてふり返ると、クッションをまくらにしたり、だきついたりしながら三人ともねむっている。啓斗はそれぞれの目の前で、何度か手をふってみた。

「……本当にすぐ寝るんだな」

 それからしずかに、ベッドへとこしかけた。しばらく、三人の寝息ねいきだけが聞こえる。

「あんまり気にしすぎなくてもいいと思うよ。たぶん、ふつうにしゃべったくらいじゃ起きないから」

 あさひはそう言ってみたものの、なにを話したらよいのかわからない。啓斗もしゃべろうとしなかったから、結局あさひがまた口を開いた。

「啓斗くんも、お守りを使ったことあるんだよね? 大輝くんが向こうで会ったって言ってたけど」

「あのときはなにも知らなかったから、拾ったお守りを見ていたらそのまま寝てしまったんだ。気持ち悪いから今は引き出しにしまってある」

「お守りは拾ったんだね」

「それは……自分でもおどろいているよ。なぜだかわからないけど、拾わなきゃいけない気がしたんだ」

「それが、きっと、【えんがある】ってことなんじゃないかな」

 つぶやくように言ったあさひを、啓斗が見る。

「あおばがお守りにそう言われたって言ってた。あおばがお守りを見つけて拾ったのも、えんがあったからなんだって」

 あさひがそこで、しずかにねむるあおばの方を見た。

「ぼくも、最初はぜんぜん信じられなくて。【所持者しょじしゃ】じゃないから、みんなみたいな体験はできないし。でもあおばが本気で言ってるのがわかったから、手伝おうって思えたんだ」

 啓斗はだまって、それを聞いている。

「そしたら、ジミーくんにも会って、大輝くんにも会って、啓斗くんにも会った。お守りのことがなければ、こうやって会うこともなかったのかもしれないし、せっかくなら、もっと仲良くなれたらいいなって思う」

 だまったままの啓斗に不安になりながらも、あさひは続けた。

「それで……できれば、あおばたちといっしょに、ネルの国に行ってあげてほしい。ぼくは行けないけど、行ける仲間がふえたら、きっとみんな助かるから」

「ふぁーあ」

 話は、大輝の大きなあくびでストップする。

「よく寝たんですぞ……」

「よく、ねた……」

 それが合図になったかのように、あおばとジミーも起きた。啓斗も立ち上がり、部屋にある時計を見る。

「今日はここまでにしよう。別にぼくはどっちでもいいけど、君たちがまたどうしても来たいと言うなら……」

「ありがとな! けいと。――あっ! もう五時になるじゃん! 帰らねーと!」

「けいと、ありがと……!」

「ケイトくん、ありがとうございました! ですぞ。ボクたちも早くおいとまするですぞ! 母上ははうえがシンパイするですぞ!」

 どたどたと部屋を出ていく大輝たちを見てため息をついた啓斗に、あさひはぺこりと頭をさげる。

「啓斗くん、すごく助かったよ。ありがとう。えっと……また、よろしく」

 それから急いで三人のあとを追いかける。下の階から久保田さんにお礼を言う大きな声が聞こえてきて、啓斗は思わず、小さく笑った。


「やー、なんかけいと、結構いいやつだったな!」

「おいしいおかしと、ジュースもいっぱいあった……」

「クッションはふかふかでしたぞ!」

 夕日がまぶしい帰り道、四人はわいわいと歩きながら公園へと向かう。

「そういやジミー、どこ行ってたんだよ? あおばといっしょにさがしたんだぜ?」

 大輝がたずねると、ジミーは不思議そうな顔をした。

「さが、した……?」

「ネルの国での話? どういうこと?」

 事情を知らないあさひに、あおばが説明をする。

「前に話した、ネルの国のみずうみのところで待ち合わせしたですぞ。ダイキくんとは会えたけど、ジミーくんはいなかったから、二人であちこちさがしてるうちに目がさめちゃったですぞ」

「そうそう。ジミー、迷子になってたのか?」

 大輝にもう一度聞かれ、ジミーはこまったような顔で頭をかく。うーんうーんと言いながらしばらく考えたあと、こくりと首をかしげた。

「おれ、ネルの国、行けなかったみたい……?」

「えっ? ほんとか?」

「ジミーくん、ねむれなかったですぞ?」

 大輝とあおばがおどろいて聞き返すが、ジミーはこまったような顔をするばかりだ。

「ジミーくん、しっかりてたと思うけど……」

 あさひが寝顔ねがおを思い出しながら言うと、ジミーはまたこくんと首をかしげた。

「お守り、こわれちゃったの、かも……?」

 その首は、今度はすとんと前に下がる。落ちこむジミーを見て、あさひが明るい声で言った。

「ならジミーくん、ぼくといっしょに、みんなを守ろうよ!」

「……まも、る?」

「そう、みんなが安心してネルの国に行けるように、寝てるみんなを守るんだ!」

 するとジミーの顔がパッと明るくなった。それから何度も何度もうなずく。

「そっか……うん、おれ、守る、がんばる……!」

「だけどさ、ジミーがいなくなっちゃうと、神様助けに行くの、あおばと二人だけになっちゃうよなぁ」

 大輝が不安げに言うと、あさひはにっこりとする。

「でも、啓斗くんも参加してくれるかもしれないよ。そんな気がするんだ」

「そうかなぁ? すごくいやがってたじゃんか」

 大輝はそう言ったが、あさひは前向きだった。そんな兄の様子を見て、あおばも話に入る。

「でも、ケイトくんのお部屋に入れてくれたですぞ! イッポゼンシンですぞ! ボクたちを見てたら、そのうちやりたくなるかもしれないですぞ!」

「うん、おかしと、ジュースもくれた……おいしかった……」

「そっか、そうだな!」

 大輝も急に元気が出てきて、にぎった手を空へとつき上げる。

「そうなってくれるように、説得しようぜ! おー!」

「そうだね、おー!」

「おー! ですぞ!」

「おー……!」

 そうして四人は、見えてきた公園に向かって走り出した。

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